第10話 強気にズイッと
「お兄ちゃん、電車に遅れちゃうから急いで」
妹の凪がこっちを振り返りながらパタパタと前を歩いている。
「そんなに焦らなくても大丈夫だって凪。一本遅いやつでも遅刻にはならないから」
春休みも終わり、俺は二年生になった。校内限定の専属執事も本格スタートだ。そして妹の凪も今日から俺と同じ私立東峰高校に通うことになる。不審者騒ぎもあったことから一緒に登校することにしている。
俺と和人、倉橋さんに委員長は全員同じ1組になった。
俺が倉橋さんの執事になったことも既に公表されているので、倉橋さんとは席も隣だ。おかげで周囲から嫉妬の視線がグサグサ刺さる。
執事といっても、授業で習った内容を倉橋さんに解説するのが主な仕事だ。休み時間や放課後迎えの車が来るまでの時間にパパっと教えればほとんど理解してくれる。倉橋さん、別に頭が悪いわけじゃないんだよね。席が隣だから気づいたのだけど、授業中にボーっと別の事を考えていたり、小説読み始めたりするから授業について行けなくなっているだけだった。
そういう時はわざとらしく咳払いとかして注意すると、小説をサッと隠して「授業ちゃんと聞いてましたけど何か?」みたいな顔を見せる。とぼけ方が下手すぎて笑いそうになる。子供かよって感じ。
たまに数学の課題とかで難しそうなのは放課後に一緒に片付けることもある。その時は委員長も一緒だ。委員長は未だに俺を警戒していて、なるべく倉橋さんと俺を二人きりにはしないよう気を付けている。俺としても倉橋さんと二人きりは緊張するので有難い。
新学期から一週間ほど経った日の放課後、倉橋さんを乗せた車が走り去るのを見送っていると、見知らぬ男子生徒が声をかけてきた。
「倉橋さんの執事ってのはお前?」
うん、初対面の相手に「お前」呼ばわりしてくる奴は好きにはなれないね。身長は俺より10センチほど高い。俺が165だから175かもう少し上くらい。雰囲気イケメンなルックスで、女子にはモテるだろうなって感じ。
「そうだけど、お前誰?」
「2組の前沢兼人。知ってるだろ?」
『生意気な』『口の利き方』『気に入らねえ』
同級生みたいだし、こっちも「お前」って返してやったらイラッとしたみたい。自分は良いけど他人が同じことをしたらダメなタイプか、やっぱり好きにはなれないね。
「いや全く知らね」
ホントに知らない。
「前沢建設の息子だよ。知ってるだろ?前沢建設」
「いや知らんて」
『マジか』『貧乏人が』『底辺はこれだから』
「……まぁいい。ちょっとお前に頼みがあるんだよ。明日の放課後、倉橋さんに『楽園』に来るよう伝えてくれ」
『逆玉』『いい女』『俺の女に』
早くも来たか。にしたって、人に物を頼む態度じゃないよね。物を頼む態度だとしても断るけども。
「あ~無理。そういうのは受け付けられないんだよ」
「なんでだよ!伝えてくれるだけで良いんだ、俺がそう言ってたって聞けば彼女も喜んで来るはずだから」
なんだこいつ、この自信はどこから来てるんだ?
「俺さ、護衛でもあるのよ。お嬢様に近づく虫を駆除するように言われてるんだよね」
「は?なんだよそれ、俺が虫だってのか?俺は前沢建設の息子だぞ!その辺の奴と一緒にするなよ」
「一緒だよ。お嬢様に言い寄ってくる奴は俺が全て排除する」
300万円のために。
「ふざけるな!執事になったからって調子に乗ってるだろお前。うちの若い奴呼んでボコってやろうか?」
「若い奴とかじゃなく自分で来いよ。先に言っておくけど俺、けっこう強いよ?」
強気に一歩前に出る。佐伯先輩にさんざん扱かれたから強くなっている!はず!たぶん!
「あ、いや、やっぱり暴力はいけないな。話し合いで解決しないとな」
弱気に一歩下がる前沢兼人。
「とにかく、お前の頼みは受けない。どうしても楽園に呼び出したいなら倉橋家に了解を得てからにしな。じゃないとそれこそ倉橋の若い奴が大勢で挨拶に来るぞ?」
前沢建設がどの程度の規模か知らんけど、天下の倉橋グループとは比べ物にはならんでしょ。
「ぐっ……」
苦々しそうに顔を
「用はそれだけか?なら帰らせてもらうぞ」
肩で風切る感じでのっしのっしと歩いてみる。強そうに見えたかな?今後こういう奴がどんどん現れるのだろうな。面倒くさいけどこれも300万円のためだ、頑張ろう。
翌日、廊下で前沢兼人にまた話しかけられた。
「おい執事、今日の体育の授業で俺と勝負しろ。それで俺が勝ったら倉橋さんとの仲をお前が取り持てよ。わかったな」
意味が分からない。こいつの頭をカチ割って見てみたいと本気で思ったよ。
「嫌だね、なんでそんな勝負しなきゃならないんだよ」
「いいから勝負しろ。勝負しないのならお前が逃げたって言って回るからな」
「ガキかお前」
「いいのか?執事がビビって逃げたって噂になっても。クビになっちゃうかもよ?」
こいつ……。
「仕方ない、受けてやるよ。ただし!俺が勝ったらお嬢様には二度と近づくなよ」
俺にだって男のプライドくらいはあるのだ。
「いいぜ。俺が負けることなんて絶対にないけどな」
『勝ったな』『ボコボコにしてやる』
相変わらず凄い自信だな。
「なあ和人、今日の体育って何やるんだ?」
そういや何やるのか知らなかったので、教室に戻って和人に聞いてみた。
「ん?バスケだろ。今日からバスケやるって言ってたじゃん」
バスケか。中学の体育でやったからルールぐらいは知っている。あんまり得意じゃないけど。
「実はさっき2組の前沢兼人って奴に勝負を吹っ掛けられたんだよ。体育の授業で勝負して、負けたら倉橋さんとの仲を取り持てって言われて」
「マジで?」
「うんマジ」
「ヤバいじゃん。前沢ってバスケ部だぞ。しかもレギュラーのはず。お前、完全に
「……うそん」
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