第8話 妹に報告

 執事に関しては、春休みの間に基礎訓練を行い、2年生になってから本格的に就業するという契約になった。


 基礎訓練の内容としては、基本的なマナーや護身術を学ぶことになるらしい。校内限定の契約とはいえ、最低限の知識とボディーガードとしての強さは必要とのこと。もちろんこの間も報酬は出るらしいので有難い。


「そうと決まれば彩香君、藤野君は君の後輩ということになる。色々と面倒を見てやってほしい。藤野君、君の指導を任せることになる佐伯彩香君だ。わからないことは彼女に聞くようにしてくれ」


「はい、佐伯先輩、よろしくお願いします」


 この怖い人は佐伯って苗字だったのか、ずっと下の名前で呼んでたよ。俺は立ち上がって少し深めに頭を下げた。挨拶は大事。


「ぐっ、ぐぅぅぅっ……ごぢらごそ、よ、よろしぐぅぅっ」


 俺を睨みつけ、歯を食いしばりながら返事をする佐伯さん。分かりやすく怒りを抑え込んでいる。そこまで嫌わなくても良いでしょうに。


「よし、では今日の所はこれで解散だ。藤野君はご家族の方に当家で雇われたことをきちんと報告しておいてくれ。以降のことは追って連絡することにしよう。彩香君に連絡先を伝えておいてくれ」


「れ、連絡先?自宅の電話番号でいいですか?」


「ん?携帯番号で……スマホは持ってないのか?」


「はい。そんな贅沢品を持つなど夢のまた夢です」


「そうか、現代人には必須アイテムと言われているのだがな。まあ良い、当家から貸与するので使えるようになっておいてくれ」


 おぉっ!俺もついにスマホデビューか。凪たちに羨ましがられてしまうなぁ。使い方は和人に教えてもらおう。




「和人、きょうはありがとな」


 倉橋邸の帰り道、隣を歩く和人に先ほどのお礼を言った。和人のフォローがなければ今日の交渉はもっと難航したことだろう。フォローが効きすぎて、俺のロリコン度合いがかなり強調されてしまったけども。


「気にするな、けっこう楽しかったしな!」


 ご機嫌な様子の和人。


「……やっぱりお前にだけは言っておくよ。実は今回の校内限定執事には、裏の任務があるんだ」


「おっ!何やら面白そうな臭いがしてきたぞ!」


 和人の目が輝く。


「これ内緒な。実は高校卒業するまで倉橋さんの彼氏作りを阻止できれば給料の他に特別ボーナスとして300万円を貰えることになっている」


「彼氏作り?ん?何どういうこと?」


 首を傾げる和人に、俺は倉橋邸での宗仁むねとさんとのやり取りを説明した。


「ほー、そんなことになっていたのか」


「うん。300万あれば凪の行きたい大学に行かせてやれるからね、何が何でも阻止するつもりだ」


「凪ちゃん?お前の大学じゃなく?」


「俺は高校卒業したら働くつもりだから。母さんを早く楽にしてやりたいし。かなり大変そうなんだよ工場の仕事」


 時々凄く疲れた顔しているんだよな、母さん……。


「そっかぁ、そうだよな。よし分かった!その裏の任務、俺も協力するよ」


「いいのか?」


「当たり前だろ。親友が妹のために頑張ろうとしているんだ、協力するに決まってんじゃん」


「ありがとう、助かるよ」


「いいってことよ!楽しそうだしな!」


 こいつ、なんだかんだ言っていい奴だよホント。





「お帰りなさい」「兄ちゃんおかえり~」


 帰宅すると、台所で妹の凪と弟の陽太が一緒に料理をしていた。陽太はまだ手伝い程度だが、凪はけっこう料理が上手い。ホントなんでもそつなくこなす、よくできた妹だ。


「凪、少し話があるのだけどいいか?陽太はテレビでも見ててくれ」


 母さんはまだ帰ってないみたいだ。シフト制で早番だったり遅番だったりするので帰宅時間が不規則なんだよね。


「夕飯の準備はほとんど出来ているから大丈夫よ。どうしたの?」


 俺は今朝の不審者騒動について話した。


「……お兄ちゃん、その不審者の思考カードを見たんでしょ?なんて書いてあったの?」


 凪は俺の能力について知っている唯一の人間だ。俺からバラしたわけじゃない、凪が俺の言動から気付いたんだ。


「『殺す』『使命』『女子高生』『暗殺指令』とかだった。けっこうマジだったから危ないと思ったんだよね。犠牲者が出なくて良かったよ」


「良かったよ、じゃないわよ!下手したらお兄ちゃんが刺されていたかもしれないのよ?なんで周りの大人に頼るとか警察を呼ぶとかしなかったの!」


 急に怒り出す凪。その目には涙が溜まっている。


「ごめん、でもそんな余裕なくてさ。それに『思考カード』のこと話すわけにはいかないし、説明しにくいからね」


「でもっ!……ごめんなさい、ついカッとなってしまって。そうよね、お兄ちゃんの能力を明かせない以上、ただ怪しいだけじゃ助けは呼べないわよね」


「凪……」


「でもお兄ちゃんに何かあったらと思うと怖くて仕方ないの。お願いだからそんな危ない事はもうしないで、お願いだから……」


 凪は父親が自動車事故で死んでからというもの、家族を心配する気持ちがとても強い。家族を突然失った痛みと恐怖をあの日以来ずっとかかえ続けている。


「ごめん。兄ちゃん、ちょっと無茶をしてしまったね。もうしないから」


「うん……」


 うつむき小さく頷く凪。しまったな、凪の気持ちを考えたら、もう少しマイルドに説明すべきだった、失敗した。でも本題はこれじゃないんだよね。


「それでな、凪。その助けた相手ってのが倉橋物産の社長令嬢でさ、これから学校に行っている間、その社長令嬢の執事兼ボディーガードをすることになったんだ」


「はい?」


 顔を突き出してびっくりした表情を見せる凪。凪のこういう表情は珍しいな、写真に撮っておきたかった。


 俺は事の経緯を凪に説明した。もちろんロリコンの下りはカットだ、兄の沽券に関わるからね。凪は色々と驚いていたが月に6万も貰えると分った瞬間、目を輝かせた。俺も最初に話を聞いた時はきっとこんな表情だったのだろうな。彼氏阻止の成功報酬300万円は言わなかった。ヌカ喜びはさせたくないからね。


「お兄ちゃん!くれぐれも粗相のないよう、しっかりお勤めを果たしてね!」


「あ……う、うん。頑張るよ」


 お勤めを果たすって表現はやめてほしいかな。





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 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 2日目の今日は、あと2話か3話くらい投稿する予定です。


 夕方から仕事が入っているので、それまでにできる範囲でやっていきます。


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