第5話 守備範囲は?

「あぁ!お嬢様!お可哀そうに!怖かったでしょう、辛かったでしょう。わたくしがその場に居ればそのような不埒者、瞬殺してみせましたのに!」


「彩ちゃん、苦しいよぉ~」


迎えの高級そうな車から飛び出すように降りた女の人が、倉橋さんを胸に押し抱いて泣いている。この人が運転手?てっきり壮年のダンディーな執事さんとかが迎えに来るのかと思ってた。


「それで?お嬢様に抱きついた藤野とかいうゴミムシはどちらで?」

『殺す』「殴り殺す』『絞め殺す』『くびり殺す』『地獄に送ってやる』


彩ちゃんと呼ばれた女性が、親の仇でも見るような目で俺と和人を睨みつける。そして思考カードがこの上なく物騒。


165cmの俺より10cmは高い身長、服の上からでも分かる引き締まった身体、スーツ姿が似合う綺麗な大人の女性だ。20代前半って感じかな?この人絶対なにかスポーツしているよな。喧嘩したら確実に負ける自信がある。殺意マシマシでゴミムシとか呼ばれてるけど、これ「抱きついたのは俺です」とか言ったらその瞬間に殴られないか?


「彩香さん、こちらが藤野君。隣は付添人の市川君よ」


「キサマか……。楽に死ねると思うなよ?」


委員長に紹介された俺を、より一層凶悪な目つきで睨む彩香さん。こっわ~、背筋が凍るってこういうことなのか。


「な、なにか誤解があるようなので――」


「ちなみに海と山だったらどちらが好みだ?」


俺の言葉に被せるように彩香さんが聞いてきた。


「はい?」


「沈められるのか埋められるかくらいは選ばせてやるっつってんだよ!」


目の前の綺麗な女性が発したとは到底思えない地の底から響くような怨嗟の籠った声。言動がもう完全に反社勢力の人だね。


「まあまあ彩香さん。藤野君は抱きついたわけじゃないって主張しているのだし、いきなり亡き者にするのは良くないわ。倉橋のおじさまに会ってもらって、処分はそのとき決めましょ?」


処分?いま委員長、処分って言ったよね。俺のこと処するつもりなの?


「……そうですね。すみません取り乱しました。おいキサマ、ズタボロにしてやるから後で道場に来い」


「いやですよ?」


ズタボロにするから道場に来いとか言われて行く人はいません。


「彩ちゃんは有言実行、やると言ったらやる人だからねっ!」


爽やかな笑顔の倉橋さん。


「変な煽り方しないでくれよ」


だからねっ!じゃねえよ。


「ほう!キサマ、お嬢様に随分馴れ馴れしい言葉使いをするのだな。そうかそうか……」


あぁもぅ~ほら、なんか余計に怒らせてしまったじゃん。ハハハッ、と愛想笑いをして誤魔化した。




彩香さんとやらの運転する車に乗り込み倉橋邸に向かう。俺は強制的に助手席。「お嬢様の近くに座らせるはずねぇだろ!」と彩香さんに凄まれた。この人ホントに怖い。


右隣から殺気をビンビンに感じつつ30分ほどで倉橋邸に到着。俺はもうこの時点でライフゲージがほぼゼロだった。


初めて見る倉橋邸は想像以上に大きい。と言うか、デカすぎて実際の大きさが分からない。さらに案内された応接室は2DKの藤野家がすっぽり入ってしまう広さだった。たぶんさりげなく飾られている絵画や壺も目が飛び出るほどお高いものに違いない。




「わざわざ来てもらってすまないね、由依の父親の倉橋宗仁くらはしむねとです。まあ座ってくれ」


そんな応接室で待っていたのは、倉橋家の当主であり大企業「倉橋物産」の社長でもある倉橋宗仁さん。どんな怖い人かと思っていたけど意外と普通。若々しく、30代前半のサラリーマンと言われても納得できそうな見た目だ。声と表情も穏やかで、物静かで知的なイケオジだ。俺たちにソファーに座るよう言って、彩香さんに飲み物を持ってくるよう命じた。


宗仁さんの隣に倉橋さん、その隣に委員長が座り、反対側に俺と和人が座った。


「初めまして。藤野真言です」


「早速だが今回の経緯を君の口から説明してほしい。鈴音君に電話であらましを聞いただけなのでね。その上で今後についての話をしよう」

『クソガキが』『殺してやろうか』『舐めたまねしやがって』『ただじゃおかねえ』『100年早ぇんだよ』


前言撤回、物静かで知的なのは見た目だけで、内心もの凄くおっかないこと考えてた。生きてこの屋敷を出られるのか心配になってきた。



さあここからが本番だ。慰謝料とか払わないで済むように話を付けないといけない。この話し合いに藤野家の命運がかかっている。


俺は今朝あったことをなるべく詳細に話した。しばらく話していると、宗仁さんの思考カードが『理屈は通っている』『そういうことか』『いや、本当か?』と表示され始めた。


「なるほど……君の主張は理解できた。たしかに話の筋は通っているな。君の話が本当だとすると、君は娘の恩人になるわけだな。だがその怪しげな男とやらを見た人間が他にいないのでは説得力に欠ける。君の言う事が真実だと証明できない限り倉橋家としては、はいそうですかと引くわけにはいかない。それは分かってくれるね」


「はい……」


一応納得はしてもらえたみたいだけど、このままお咎めなしとはいかないみたいだ。


「しかし困ったな……落としどころを決めねばならんのだが……。失礼ながら君のことは調べさせてもらった。3年ほど前に父親が他界、それ以降は家計を助けるためにアルバイトをしながら学校に通っている。しかもその状況で東峰高校の特待生になり、これまで成績を落とさず通い続けているようだね」


「はい」


凄いな、もう調べがついているのか。


「正直たいしたものだと思うよ。家族のためにそこまで出来る高校生は珍しい。だからこそ余計に困ってしまうのだ。この件で停学処分など君に課してしまうと、おそらく特待生待遇は剥奪されてしまうだろう。そうなると君は東峰高校には通えなくなるのではないか?」


「はい、そうなると思います。うちの経済状況では授業料が払えません。転校するか退学して働くことになると思います」


「やはりそうか……それはこちらも本意ではない。そうなるとやはり……」


マズいな。宗二さんの思考カードに『無料奉仕』『ボランティア活動』の他に『慰謝料』の文字が浮かんでいる。『分割』とかの有難い文字も浮かんでいるけど、それでもうちの家計には大きな負担になる。だって数十万、数百万だろ?分割にしても月に数万単位の支払いになる。無料奉仕とかになったとしても、バイトの時間を削らないといけなくなるので家計へのダメージが大きい。


仕方ない、これだけは使いたくなかったが最後の手段だ。


「あのッ!」


「ん?何かね?」


家族を守るためだと俺は覚悟を決める。


「じ、実は俺、ロリコンなんです!だからお嬢さんに欲情して抱きつくなんてあり得ません!」


「は?こんなときに冗談はやめたまえ」


宗二さんが呆れたような表情をする。「フォロー頼む!」と念じながら俺は隣の和人に視線を送った。


「あー、真言の言っていることは本当っすよ。いつも幼女の素晴らしさについて語ってますから。親友の俺が保証します、こいつは真正のロリコンです」


サンキュー和人、やっぱり頼りになるよ。でも「真正の」って付けなくても良かったんじゃない?


「ロリコンって、小さい子が好きってこと?」


倉橋さんは小声で隣の委員長に言葉の意味を聞いていた。委員長が眉をひそめながら小さく頷く。


「……ひどいわ!あんなに情熱的に抱きついておいて、私を騙したのね!」


倉橋さんはなぜか立ち上がり、両手を広げて天井に向かって声を張り上げた。君は舞台女優でも目指しているのか?


「……藤野君、守備範囲は?」


宗二さんが少し思案した後、真剣な表情で質問してきた。大袈裟なポーズを決めた倉橋さんは全員に無視されていた。


「え?えっと……」


「こいつの守備範囲は下は5才から上は10才まで。これまで何度も聞かされてきましたから間違いないです。第二次性徴が始まった女は萌えないって言ってました」


思わず和人の顔を見た。俺がいつそんな話した?お前よくスラスラとそんな嘘が出て来るよな。見ろ、倉橋さんと委員長が「うわ~っ」ってゴミでも見るような眼差しを俺に向けてるぞ。ちょっとゾクッときたじゃないか。


「……藤野君、少し男同士で話がある。ついてきたまえ。皆はここで待っていてくれ」


宗二さんは何かを決意したように立ち上がった。倉橋さんはさっきのポーズをまだ続けていた。


『使える』『逸材か』『秘密に』


宗二さんの思考カードになんだか不穏な言葉が出ている。俺はこれからどうなるのでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る