第3話 阻止

いま俺はバスで目の前に座った男を尾行している。そいつの思考カードに物騒な文言がいくつも浮かんでいたからだ。その文言を要約すると、「暗殺指令があったので女子高生を刺殺するぜ、絶対に!」ってことになる。


このまま放っておいて本当に誰かが殺されたりしたら寝覚めが悪いもんな。気付かれないよう男の数メートル後を音を立てないよう歩く。ちょっと探偵の気分でテンションが上がる。


男はグレーのジャンパーと紺色のデニムパンツ、荷物はなく手ぶらだった。ごく普通の格好をしているため誰も不審がることもなく気にも留めていない。右手のみジャンパーのポケットに入れ、ゆっくり歩いている。一見するとただの散歩のようだ。


俺に気付くこともなく、男はどんどん東峰高校の方角に歩いて行く。顔を正面から見れないため男が今なにを考えているのか分からない。

さっきのはただの設定で、のんびり散歩を楽しんでいるだけ、とかなら良いのだけれどなぁ。


東峰高校の正門が見えて来た。


やっぱり俺の思い過ごしだったのかなと思い始めた頃、突然男の歩くスピードが上がった。もはや早歩きに近い。離されるわけにはいかない俺も早歩きになる。これはたから見たら、二人で競歩でもしているように見えるよな。



「仕事の時間だ」


男の小さな呟きが、すぐ後ろを歩いている俺には聞こえた。男の視線の先には、信号待ちをしている二人の女子生徒が後ろ向きで立っている。マズいマズいマズい!本当に殺る気かもしれない。極度の緊張で自分の心臓がドクンドクン激しく鳴っているのが分かる。


男はさらに歩くスピードを速め、ついには軽く走り出した。右手はまだポケットの中。もしかしたらあの中に凶器でも入っているのか?

俺は男の左斜め後ろを並走する。ここまで近づくと男に尾行していることがバレてしまうかもしれないが、もうそんな余裕はなかった。



信号待ちの二人まであと数メートルというところで男を追い抜く。追い抜いた瞬間に男の横顔を見る。男は笑っていた。


それはまるで悪意と狂気を混ぜ合わせたような笑顔だった。


「こんな気持ちの悪い笑顔を見たのは初めてだ」そう感じると同時に、男の視線から狙いが右側の女子生徒だと判別できた。


狙われている女子生徒はこちらに気付いていない。今から危険を知らせても間に合わない。俺は一気に加速して女子生徒に近づくと、左手で彼女の左腕を掴み引き寄せた。


「あぎゃ?!」


いきなり腕を掴まれた女子生徒が驚き短い悲鳴を上げる。と同時にバランスを崩し俺に倒れ掛かる。俺は咄嗟に彼女の腹に右腕を回し体勢を安定させた。ちょうど俺が後ろから抱え込むような形になった。

男はすぐ後ろにまで迫っている。女子生徒を庇い背中を向けている俺には男の攻撃をかわす術はない。おそらく背中のどこかを刺されるだろう。俺は襲って来るであろう痛みを覚悟しながら身体を緊張させた。


1秒、2秒、3秒……あれ?痛くないぞ?

恐る恐る後ろを振り向くと、男は目の前で右手をポケットに入れたまま不思議そうな顔をしていた。


『なんで?』『邪魔』『知っていた?』『バレた』『こいつは何だ?』


思考カードから困惑していることが分かる。俺と男はしばらく見合ったまま動かなかった。


「ちょっと!何やってるの!」


無事だった左側の女子生徒が大きな声を出した。


「チッ!」


その声で我に返ったのか、男は小さく舌打ちして足早に去って行く。どうやら人生最大の危機は去ったようだ。


「ちょっと聞いてるの?あなた藤野君?一体どういうつもりなの?急に由依に抱きついたりして」


男から視線を外し、すぐそばで大声を出している女子生徒に意識を向けるとクラス委員長の鈴音さんが凄い剣幕で俺に抗議していた。


「あれ?委員長?ってことは……」


抱きついたままだった右腕を緩めると、そこには案の定トップ・オブ・ザ・お嬢様、倉橋由依が真っ赤な顔をして立ちすくんでいた。


「けっ……」


「け?」


真っ赤な顔のまま、目を見開いて俺に何かを訴えるお嬢様。


「結婚はできません!それでもいいですか?!」


「……はい?」


ちょっと何言ってるのか分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る