森で出会った幼女は魔女でした 〜ちびっこ魔女と平穏な暮らしを〜
藤烏あや@『死に戻り公女』発売中
第1話
「おー、速い速い。楽しいのぉ」
「ぜんっっぜん楽しくねぇから!!」
辺境の森の中。
黒髪の幼女を抱えた俺は、グランウルフの群れから逃げ回っていた。
討伐ランクSの魔物に追われているというのに、けらけらと笑う幼女は異様だ。
奥へ奥へと逃げれば、巨大な苔むした木々が姿を現す。
逃げてばかりでは埒が明かない。
──グランウルフ一匹ぐらい、十秒あれば余裕だが……。
唾を飲み込み、覚悟を決める。
柄に手を伸ばした。その時。
「はぁ……。追いかけっこも楽しいが、そろそろ鬱陶しいのぉ。
抱えた幼女から聞こえた呪文。
幼女には似つかない冷たい言葉だ。
驚きに目を見開く。
瞬間。
俺達を喰らわんとしたグランウルフのリーダーに雷が落ちる。
たった一撃で一際大きいグランウルフは断末魔を上げることなく息絶えた。
リーダーを失ったグランウルフ達は尻尾を巻いて逃げていく。
「魔法……?」
静けさの中、小声で呟いた言葉は簡単に拾われてしまった。
「魔法を見るのは初めてかえ? おや、その空色の髪。白色の瞳……」
「そ、それがどうした」
「なんじゃ。冒険者はこの程度で臆するのかえ?」
臆してはいない。
しかし、二十七年生きてきた中で、最も衝撃だったのは事実だ。
「魔女は滅んだはずじゃ……」
「はっ! そう思うとるのは人間だけじゃな。ほれ、これは褒美じゃ」
唇に柔らかな感触がし、可愛らしいリップ音がしたことでキスをされたのだと悟る。
「は、お前……!?」
驚き、幼女から手を離してしまうが、彼女はすまし顔で綺麗に着地した。
服を整える彼女を改めて観察する。
齢は五、六歳頃だろうか。
地面に引きずるぐらい長いダボダボな濃い紫色のローブを持ち上げ、埃を払うように叩いている。
ローブの裾から見えたのは小さく細い手足。それは少し力を入れれば折れてしまいそうなほど細い。
靴は履いていなかった。どうやら裸足で歩いていたようで、少し土がついている。
大きくなれば美人に成長すると確信出来る顔立ちで、漆黒の髪は地面に着きそうなぐらいまで伸びていた。キチンと手入れをされているのだろう。艷やかで、枝毛一つなさそうだ。
そして、グランウルフから逃げている時には気が付かなかったが、幼女はアメジストのような瞳を持っていた。
全ての魔女が持つと呼ばれる紫紺の瞳に、体が強張る。
その瞳から目が離せない。
「なんじゃあ?
幼女は魔女の証である紫紺の瞳を楽しげに細めた。
彼女は間違いなく魔女なのだ。
──本当に魔女、なのか? こんなちびっこが? 嘘だろ? どう見ても
考え込む俺に、唇を突き出す幼女。拗ねて唇を突き出すその様子は、間違いなく子供だ。
「反応なしか。面白くないのぉ。してお主はなしてこんな辺境の森へ?」
「俺は……」
言いかけて口を閉じる。
思い出すのは金に困ることのない自分に群がる香水臭い女達の姿だ。
しがない冒険者だった頃はゴミ溜めでも見るような目つきでこちらを見ていたのにも関わらず、大金を手にした途端手のひらを返してきた。
俺は金しか見ていないような女達に嫌気がさして逃げ出してきたのだ。
だがこんな話は幼子に聞かせるような事ではない。
そんな気遣いから、俺は強引に話を変えた。
「お母さんに教わっただろ? 人と話す時は名乗ってからだって」
「ふっ。妾は夜明けの魔女アウローラ」
「よく出来ました」
よしよしと頭を撫でれば、キッと睨まれる。睨まれたところで怖さは全く感じないが。
「妾を子供扱いするんじゃない!」
ぷんすかと怒る姿は、どこにでもいるただの子供にしか見えない。
「悪い悪い。ついな」
「男前だとはいえ、その目つきじゃ子供には泣かれるじゃろうな」
「あぁ。だから君みたいな娘は珍しい」
両親を魔物に殺された俺は、冒険者になった。
二度と自分のような子供を生んではならないと思ったからだ。
といっても、目つきが悪いせいで、俺と目が合った子供は泣き出してしまうのだが……。
こうして子供と会話が出来ている事自体、奇跡に近い。
アウローラに視線を合わせるため地面に膝をつく。
拍子に自身の束ねた空色の髪が地に散らばる。
この国では珍しい白色の瞳を見ても驚かない彼女に、肩の力が抜けた。
「ふん。ほれ次はお主の番じゃ。名は?」
俺が誰か知らないアウローラに、少しむず痒い気持ちになった。
「カエルムだ」
「カエルム……?」
俺の名を呟きをじっと見つめるアウローラに、バレたか? と冷や汗が背を伝う。
しかし、俺の焦りは杞憂だったようで、彼女は優しげに微笑んだ。
「空という意味の名か。良い名じゃ」
内心ほっと息をついて彼女の目的を問う。
「君は本当に滅んだはずの魔女なんだよな? 親は?」
「いかにも。妾は魔女じゃ。それゆえ親はいない」
腰に手を当て威張るアウローラに悲壮感は感じられなかった。
ただの強がりなのか、本当に悲しみはないのか、俺には分からない。
「こんな小さい子を置いて……」
「そんな事はもうよい。してカエルム。お主、妾の望みを叶える気はないか?」
魔女アウローラの言葉に思考が停止した。
唐突に訪れた
再び動き出した思考が絞り出したのは、
「は……?」
という素っ頓狂な言葉だった。
次の更新予定
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