第4話「記憶の扉」
翌朝、陽子は強い頭痛で目を覚ました。
「この頭痛...」
鏡を見ると、少し顔色が悪い。昨夜の出来事が、まるで遠い夢のように感じられた。しかし、テーブルの上には確かに祖母の日記が置かれている。夢ではなかったのだ。
カフェに到着すると、理沙が心配そうに駆け寄ってきた。
「陽子さん、大丈夫ですか?なんだか青いですよ」
「ええ、ちょっと頭が...」
その時、風鈴が鳴った。
「いらっしゃいま...」
声が途中で止まる。入ってきたのは琴子だった。
「やはり具合が悪そうね」
琴子はすっと陽子の傍らに寄り、さりげなく肩に手を置いた。不思議なことに、その手の温もりが伝わった途端、頭痛が和らいでいく。
「これは能力が目覚める時の症状よ。私も、あなたのお祖母様も、同じように経験したわ」
理沙は困惑した表情で二人を見ていた。
「あの、どういうことですか?」
「理沙ちゃん、今日はお休みにしない?」
琴子が優しく告げる。理沙は少し躊躇したが、陽子が頷くのを見て、早めの退店を了承した。
店内には琴子と陽子の二人きり。静寂が漂う。
「さあ、お茶を淹れましょう」
琴子の言葉に従って、陽子が実相院の煎茶を淹れ始めると、急に手元が熱くなった。湯気と共に、また様々な景色が浮かび上がる。
戦時中の病院の廊下。祖母が患者たちにお茶を振る舞っている。そこには表情の浮かない兵士たちが、しかし、お茶を一口飲むと、彼らの顔が少しずつ和らいでいく...。
「見えたでしょう?」
琴子の声で我に返る。
「はい...でも、これは何なのでしょう?」
「お茶に宿る記憶よ。この建物は、かつて陸軍病院の分院として使われていた。あなたのお祖母様と私は、ここで看護師として働いていたの」
琴子はゆっくりと説明を続けた。
「私たちには特別な力があった。私は人の心が見える。そして、あなたのお祖母様は、お茶を通して人の心を癒す力を持っていた。その力が、あなたにも受け継がれているのよ」
陽子は自分の手を見つめた。確かに、この数日、お茶を淹れる度に、不思議と客の心が分かるような気がしていた。
「でも、どうして今になって...」
「時が来たのよ。この温泉街には、癒やされない心を抱えた人が増えている。SNSやデジタル機器の発達で、皮肉にも人と人との本当の繋がりが失われつつある。だからこそ、あなたの力が必要とされているの」
その時、店内の照明が一斉に明滅した。琴子は苦笑する。
「ごめんなさい。私の力が強すぎると、時々こうなるの」
陽子は思い切って聞いてみた。
「白藤さん、あなたは...」
「ええ、私はもうこの世にはいないわ。だけど、あなたの力の目覚めを見守るため、しばらくの間、こうして現れることを許されているの」
外では、温泉街に夕暮れが迫っていた。提灯に火が灯り始め、どこからともなく線香の香りが漂ってきた。
陽子の新しい物語は、ここから始まろうとしていた。
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