第3話「揺れる心」
その日の夕方、陽子は店の古い箪笥の引き出しを開けていた。祖母の遺品の中から、何か手がかりが見つかるかもしれないと思って。
「陽子さん、私、帰りますね」
理沙の声に振り返ると、彼女は少し心配そうな表情を浮かべていた。
「今日のこと...あまり気にしすぎないでくださいね」
「ありがとう、理沙ちゃん」
陽子は微笑んで答えたが、心の中は複雑に揺れていた。この二日間で起きた不思議な出来事。そして、次々と湧き上がってくる疑問。
理沙が帰った後、陽子は箪笥の奥から一冊の古い日記を見つけた。祖母の達筆な文字で、「昭和二十年 春」と表紙に記されている。写真と同じ時期だ。
ページをめくると、そこには意外な記述があった。
『今日も白藤さんとお茶会を開いた。お茶を淹れながら、私たちには不思議な力が備わっているのかもしれないと話し合った。人の心が見えるという白藤さん。私には、お茶を通して人の想いが分かる。けれど、この力は決して他言してはならないと、二人で約束をした——』
陽子の手が震えた。祖母にも、自分と同じような力が...?
その時、店の奥から茶碗の触れ合う音が聞こえた。振り返ると、誰もいないはずの厨房で、湯気の立つ急須が置かれていた。
恐る恐る近づくと、そこにはまた实相院の煎茶が淹れられていた。違和感を覚えながらも、陽子は思わずその香りを深く吸い込んだ。
すると不思議なことに、まるで映画のように、様々な情景が目の前に浮かび上がった。
戦時中の病院。白衣姿の祖母と琴子。二人で患者たちにお茶を振る舞う姿。そして、その横顔に浮かぶ優しい笑顔。
「これは...記憶?」
陽子の頭に、突然の痛みが走った。視界が揺れ、よろめいた瞬間、背後から誰かに支えられた気がした。
振り返ると、そこには誰もいない。けれど、かすかに着物の衣擦れの音が聞こえた気がして...。
ふと見ると、カウンターには一枚のメモが置かれていた。琴子の達筆な文字で、こう書かれている。
『明日、もう一度参ります。あなたの力の目覚めは、もう始まっているようです』
外は既にすっかり日が暮れていた。温泉街の石畳に、提灯の明かりが揺れている。陽子は深いため息をつきながら、祖母の日記を大切そうに抱きしめた。
この建物が持つ記憶。祖母と琴子の過去。そして、自分の中に眠っていた不思議な力。全てが少しずつ繋がっていくような、けれど、まだ霧の向こうにあるような...。
店の窓に映る自分の姿が、どこか違って見えた。まるで、誰か別の人の面影が重なっているかのように。
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