第二話

 一ヶ月ほど馬車に揺られ、ジャンナは帝国へと到着した。

 帝都に入ったと御者が知らせてくれたため、ジャンナは馬車の外の様子を見ようと日差し除けのために付けられたカーテンをめくった。

 すると窓から目を開けるのも困難なほどの陽光が照りつけ馬車内部を照らす。

 眼前に飛び込んでいた光景は、母国では考えられない光景だった。


 帝都の大通りは多くの人で賑わい、獣人や亜人など種族の垣根もない。

 行き交う人々の表情も明るく国として安定しているのだろう。


(いい国ね)


 隠密として色々な国を巡ったが、ここまで国民の顔が明るい国は稀だ。

 その上、他国とは比べ物にならない軍事力を誇っているのだから、抜け目がない。


(どうやっても帝国に潜り込めなかったのよね。毎回見つかる寸前で逃げることはできていたけど……。わざと逃がされている気もするのよね)


 ジャンナは帝国へ潜入を試みたことがある。

 しかし、帝都までは辿り着けるものの何度試しても城に入ることが出来なかったのだ。


(まぁ、今となっては関係のない話ね)


 馬車が止まり、着きましたよと御者の声が聞こえた。

 返事をして鍵を開ければ、扉が開かれる。


(きっと無理矢理結ばれた婚姻だから、出迎えもないでしょうね)


 そう思いながらジャンナは一歩外へと踏み出した。


(……これは?)


 予想とはとは裏腹に、数えきれないほどの人数が頭を垂れジャンナの到着を出迎えている。

 それは城内全員が勢揃いしているのでは? と錯覚しそうなほどの人数に、ジャンナは目を見開いた。

 歓迎されることはないと思っていただけに、驚いてしまったのだ。

 それ以上に、ジャンナの目の前で手を差し出している人物に驚き、固まってしまった。

 彼はジャンナが思考停止していることも厭わず、にこにこと声をかけてきた。


「ようこそ! お待ちしておりました!」

「え、えぇ」


 なんとか声を絞り出し、ジャンナは返事をする。

 しかし頭の中は疑問でいっぱいだ。


(私は試されているのかしら……?)


 ジャンナがそう思うのも仕方がない。

 なぜなら、ジャンナの目の前にいるのは、道化師ピエロなのだから。


(どうして道化師ピエロ? 声で男性なのはわかったけれど……)


 不躾だとは思いつつも、道化師ピエロをじっと観察してしまう。

 体格は騎士よりもがっしりしておらず、どちらかと言えば細身だ。

 道化師ピエロ独特のフリルがついた服のせいで目測でしかないが、あまり腕っぷしは強くはなさそうな体格をしている。

 白塗りされた顔の左右の頬には、星とハートが描かれており、目を引く。

 元の顔は全く予想できないが、その状態でも分かることが一つだけあった。


 それは、とても整った顔立ちであるということ。


 顔の輪郭を見せつけるように艶やかな銀髪がオールバックにされており、良くも悪くも彼の美貌を際立たせていた。

 髪型は化粧で汚れないようにとの配慮だろうか。

 その配慮でさえも色香を増幅させるだけなのだから、素顔であればもっと破壊力は上がるはずだ。

 なぜなら、白塗りされていても隠しきれない鼻梁、形のいい唇や顎の形までもが、圧倒的な造形美を象っているのだから。


 魔性を感じるのはそれだけではなかった。


 ミステリアスさを強調するように輝く紫紺の瞳だ。切れ長の目は本物のアメジストのように美しい。

 心の奥底まで見透かされそうな、不思議な目だ。

 見入られそうな瞳から目を離したジャンナは、彼の手を借りて馬車を降りた。


「ありがとうございます。それで、旦那様はどこに……?」

「何を言っているんですか。目の前にいるでしょう?」

「目の前に……?」


 視線を巡らせるがそれらしい人物はいない。

 それが、さらにジャンナの不安を掻き立てた。

 目の前にいる人物は一人しかいない。


「まさか」


 辿り着いた答えにジャンナは言葉に詰まらせた。


「そのまさかだよ。改めてようこそ。我が城へ。歓迎するよ。ジャンナ嬢」


 道化師ピエロ改め、皇帝ラルフ・レイモンドはそう言って笑った。

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