婚約破棄された隠密令嬢は、変人皇帝に翻弄される
藤烏あや@『死に戻り公女』発売中
第一話
闇が空を覆い隠す頃。
宮殿では贅沢にも蝋燭をふんだんに使った煌びやかな夜会が開かれていた。
シャンデリアから降り注ぐ光が、ダンスホールへと降り注ぐ。
ダンスホールでは眩い輝きにも負けない色とりどりの花が咲き誇っていた。
会場の端に申し訳程度に用意されたテーブルには純白のテーブルクロスが敷かれている。
レースが印象的なテーブルクロスの上には銀の食器が並べられており、瑞々しい果実が食されるのを今か今かと待ち望んでいた。
「ジャンナ・スカーレット! お前との婚約を破棄する!!」
そう宣言されたのは、ジャンナが果実を一粒手に取った時だ。
(むぐ。さて、どうしましょう)
虚空へと向かって指した金髪碧眼の男へとジャンナは目を向ける。
彼はジャンナの婚約者であり、この王国唯一の王子だ。
誰もいない空間を指差す王子に、静まり返っていたはずの参加者達がひそひそと喋り出す。
「誰も、いない、わよね?」
「え、えぇ」
「気でも触れられたのか?」
王子は周囲からの訝しむような視線に耐えられなくなったのか、また声を張り上げた。
「くそっ、おい!! ジャンナ! 出てこい!!」
今度はジャンナの居場所とは真反対へと目を向けた王子に、やれやれと大きなため息をつく。
人垣をするりと抜け、王子の横へと出るが誰もジャンナに気が付いた様子はない。
至近距離に近づいても気が付かない王子に声をかける。
「殿下。私はここにおります」
「おい。ジャンナはどこにいる!?」
「だから、バーナード殿下。ここにおります」
キョロキョロと視線を彷徨わせるバーナードとやっと目が合った。
しかし、声に反応して目を合わせたのではないらしく、バーナードが飛び上がる。
「うぁわぁあッ!? お、おまっ、おまえ、いつの間に!?!?」
「そんな幽霊を見たような反応しないでくださいませ。仮にも婚約者なのですから、いい加減慣れてください」
「慣れるものか! いつもいつも! 何故いない!? 俺の隣にいつもいるべきだろう!?」
「そんなこと言われましても……。ちゃんと近くにはおりますよ?」
「えぇい! うるさい!」
「はぁ。それで私を呼び出して何がしたいのですか? 婚約者様?」
「もう婚約者ではない! ジャンナ! お前との婚約は破棄する!」
同じ言葉をニ度も聞けば嫌でも冷静になれるというもの。
小さくため息をつくと、ジャンナの肩口から真っ赤な髪が流れ落ちる。
ウェーブがかった横髪を払い、髪と同じ色の目をバーナードへと向けた。
「殿下、本気ですか?」
「本気だ。父上の許可もある。これを見ろ!」
バーナードが懐から取り出したのは国王のサインが入った書状だ。
突きつけられた書状をじっと見つめ、内容を確認する。
(サインに偽装の形跡はなし。
肝心の内容へ入るまで数秒かかったが、ゆっくりと内容を脳内へと反芻はんすうさせる。
(なるほど。私と結婚は嫌。でも公爵家の後ろ盾は残しておきたい、と。強欲ね)
くるくると横髪を指で遊ばせ、思考を巡らせる。
(王族としても公爵家との繋がりが残ればいいってことも分かったことだし、身を引いても問題ではない。……一番の問題は継母ね。きっと追い出されるでしょうし……)
黙り込むジャンナがこれからのことを思案しているとは思っていないのだろう。
バーナードは勝ち誇った顔でふんぞり返る。
「公爵家の娘はもう一人いるからな。お前は用済みだ」
「かしこまりました。でしたら私はこれにて御前を失礼させていただきます」
「まぁ待て。俺も鬼じゃない。婚約破棄した傷物の後処理ぐらいはするさ」
「つまり?」
なかなか結論を話そうとしないバーナードに苛立ちを感じながらも続きを促す。
すると彼はふふんっと鼻で笑いながら、ジャンナに告げる。
「喜べ。あの変人皇帝との婚姻を決めてきてやった」
「……はい?」
「出立は、今すぐに、だ。逃げられたら困るからな。衛兵! 連れて行け!」
バーナードの言葉に申し訳なさそうな顔をした衛兵がジャンナの腕を掴む寸前。
ジャンナはすっと横へ移動し、お手本のようなカーテシーを行ってみせた。
「私は逃げも隠れも致しません。それでは、ご機嫌よう」
そう言い残し、ジャンナは自ら会場を後にした。
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