第6話 思考共有ネットワーク

青白い光が無限に広がる空間――それは異星人たちの集合意識だった。ここでは個という概念が希薄であり、全ての意思と情報が一つに融合していた。しかし、その中で微妙な違和感が広がりつつあった。異星人の統一された思考の流れに、小さな乱れが生じている。


ナトゥーロ――集合意識の中で最も強力な存在として、全体の秩序を維持する役割を担う「調停者」。彼は、近年増加している外部との接触や集合意識内の矛盾について、深い懸念を抱いていた。


ナトゥーロは他の主要意識体たちを召喚し、集合意識内で会議を開いた。光と音が交錯するこの空間では、言葉ではなく純粋な思考がやり取りされる。


「地球の人間たちが中枢装置に侵入し、我々の構造に干渉を試みた。」

ナトゥーロの思考が全体に響くと、他の意識体から一斉に反応が返ってきた。


「彼らの技術はまだ未熟だ。我々に影響を与えるほどではない。」

「だが、その干渉が新たな不調和を引き起こしている。」

「セリニスが彼らに協力している可能性がある。我々の中に裂け目が広がっているのだ。」


その言葉に、ナトゥーロの光が一瞬激しく明滅した。

「セリニスは長い間、我々の秩序を揺るがしてきた存在だ。だが、彼を完全に排除することはできなかった。我々の進化には彼の存在も必要なのかもしれない。」


ナトゥーロは集合意識内の一角に存在する「隔離領域」に意識を移動させた。そこに取り残されているのは、異星人社会の中で「異端」とされる存在、セリニスだった。


「また来たか、ナトゥーロ。」

セリニスの思考は静かだったが、その中には人類に対する同情や好奇心が含まれていた。


「お前が地球の人間に協力していることは分かっている。彼らはお前を利用して我々を破壊しようとしているのだ。」


セリニスはわずかに光を揺らして答えた。

「それが本当だとして、お前はそれを恐れるのか?」


「恐れるわけではない。我々の秩序が破壊されることで、無数の可能性が失われることを憂慮しているだけだ。」


「秩序は必ずしも進化を保証するものではない。混沌の中にも進化の芽はある。地球の人間たちはその可能性を示している。」


ナトゥーロは一瞬思考を止めた。そして、再び問いかける。

「お前の考えは我々を裏切ることなのか?」


セリニスは答えなかった。ただ、その光は静かに消え、彼の思考は集合意識の奥深くへと消えていった。


会議を終えたナトゥーロは、集合意識全体に命令を発した。

「地球の人間たちの行動は、これ以上放置できない。彼らを統一するための最終的な計画を実行に移す。」


異星人たちは人類との接触を開始して以来、「思考共有」によって地球社会を徐々に統一しようとしていた。しかし、ナトゥーロは同時に、自分たちの方法が完全ではないことを感じていた。


「秩序を押し付けるだけでは、真の進化は得られないのかもしれない……」

彼はセリニスの言葉が、自らの中に新たな疑念を生み出していることを認めざるを得なかった。


集合意識内での決定を受け、異星人たちは地球に対し、最後通告とも言える「提案」を準備した。それは、自由意志を完全に放棄し、異星人の秩序に組み込まれることを受け入れるか、それとも文明ごと破壊されるかという二択だった。


ナトゥーロはその提案を、地球の各国リーダーに向けて直接発信する準備を整えた。


「我々は地球の未来を選択する最後の機会を与える。その選択が彼らを救うか、滅ぼすかは彼ら次第だ。」


しかし、ナトゥーロの中には別の思考も浮かび上がっていた――もし人類がその選択を拒絶した時、集合意識そのものが変わる可能性があるのではないか、と。


場所: アメリカ・ニューヨーク、国連本部総会ホール


ニューヨークの国連本部。世界中から集まったリーダーたちが総会ホールに集まり、緊張感に包まれていた。異星人からの「最終提案」が発信されてから72時間が経過し、人類の運命を決める決断が迫っていた。


ホールは静寂に包まれ、各国の代表者たちは巨大なスクリーンを見つめていた。そこには、異星人の集合意識を象徴する青白い光の球体が映し出されていた。彼らは人間の声ではなく、各国の代表者たちの脳に直接響く「思考」を通じて交渉を進めていた。


ナトゥーロの思考が全体に響き渡る。


「人類よ、我々は最終提案を行う。我々の秩序に従えば、争いのない進化を保証し、お前たちを宇宙的な存在として導く。だが、拒絶すれば、お前たちは自らの混沌と共に滅びるだろう。」


その言葉に続いて、スクリーンには異星人の秩序がもたらす未来のビジョンが映し出された。それは、争いのない平和な社会、人類の科学技術の急激な発展、そして異星人と共に宇宙を旅する可能性を示す光景だった。


しかし、その裏には個人の自由や多様性が失われる暗黙の代償が潜んでいた。


各国代表の反応


ナトゥーロの提案に対し、各国の代表者たちは激しい議論を交わし始めた。

•アメリカ代表:

「この提案は人類の自由を完全に否定するものだ。我々は独立と自由を守るために戦わなければならない。」

•ロシア代表:

「だが、異星人に抵抗することで我々が滅びる可能性を考えたことはあるのか? 彼らの力は我々を遥かに凌駕している。」

•中国代表:

「異星人の提案を受け入れることで、我々の国益が保証されるならば、それも一つの道だ。」

•フランス代表:

「これは単なる政治的問題ではない。人間としての存在意義そのものが問われているのだ。」


議場は激しい言い争いの場と化し、議長が何度も静粛を求めるベルを鳴らしたが、収拾がつかなかった。


その時、一人の女性が傍聴席から立ち上がった。ウクライナ代表団に同行していたナディア・ミロヴァだ。彼女は自分が現場で異星人と接触し、その脅威を体験した立場から発言を求めた。


「異星人の提案は一見、理想的に見えます。しかし、それは自由意志を完全に放棄することで得られるものです。私たちは本当に、争いをなくすために自由を捨てる覚悟があるのでしょうか?」


その言葉に場が静まり返った。ナディアはさらに続ける。

「私は戦場で命をかけてきました。それはただ国を守るためだけではなく、人間としての尊厳を守るためです。異星人の提案は、私たちを『平和な奴隷』にするだけです。」


ナディアの言葉が議場を沈黙させたその時、別の人物がゆっくりと歩み出た。それは北朝鮮代表団とともに到着したキム・ジュノだった。彼は異星人の技術を研究した経験から、別の可能性を提示した。


「私は異星人の集合意識に干渉し、その構造を解析しました。そして、彼らが完全な統一を目指す一方で、内部に矛盾を抱えていることも知っています。」


ジュノはホールの中央に立ち、全員に向けて続けた。

「もし我々がその矛盾を突くことができれば、異星人の支配を崩壊させる可能性があります。そして、それは単なる戦いではなく、彼らとの新しい関係を築く道を開くかもしれない。」


ナトゥーロが再び思考を発信した。

「お前たちが持つ希望は幻想だ。我々の秩序に従わなければ、お前たちは滅びる。これが最後の選択だ。」


その言葉に、人類のリーダーたちは再び激しい議論を始めた。しかし、議論の結論は一つにはまとまらなかった。


議論が続く中、ナディアとジュノは国連本部の外で短い会話を交わしていた。


「彼らは結論を出せないだろう。」

ナディアが厳しい口調で言う。


「それでも、何か行動しなければならない。」

ジュノは疲れた表情で答えたが、その目には強い意志が宿っていた。


「もし戦いになるなら、私たちが先陣を切るべきだ。」

ナディアの言葉に、ジュノは頷いた。


---


東京の夜景が廃墟となった高層ビルの窓から静かに広がっていた。このビルは数年前に閉鎖され、いまや忘れ去られた場所となっている。その一室に、ただ一人の人物が座り込んでいた。天城レン、元天才AI研究者であり、現在は社会から身を隠すように孤独な生活を送っている。


彼は薄暗い部屋の片隅で、古びたコンピュータに向かってデータを解析していた。画面には、異星人の思考共有装置に関する膨大なデータが表示されている。


レンはかつて、日本政府と連携して次世代AIを開発していた。だが、その研究が兵器利用を目的としたプロジェクトに転換されたことで、彼は失望し、研究の第一線を退いた。


「人類の技術は、人類自身を破壊する道具にしかならない……」

その言葉を残して姿を消した彼だったが、異星人の出現により再び注目されることになった。彼の開発したAI技術が、異星人の思考共有装置の解析に役立つと判断されたのだ。


その静けさを破るように、部屋の扉がノックされた。レンは驚きながらも慎重に扉を開けると、そこには黒いスーツを着た男が立っていた。日本政府の特別機関に属する人物であり、彼の名は佐久間修一。国家レベルの危機に際して動く実行部隊の指揮官だ。


「天城博士、再びお力をお借りしたい。」

佐久間の言葉に、レンは眉をひそめた。

「もう関わるつもりはないと言ったはずだ。私は戦争の道具を作るために研究しているわけではない。」


「これは戦争ではない。人類そのものの存亡がかかっている。」

佐久間は冷静に続けた。

「あなたの技術がなければ、異星人の装置に干渉することは不可能だ。」


レンは黙り込んだが、佐久間が持ってきたデータを目にした瞬間、その表情が変わった。スクリーンには、異星人の装置が日本国内で起動し始めた痕跡が映し出されていた。


「これが日本にも及んでいるのか……?」

「そうだ。時間はもう残されていない。」


レンはデータを凝視し、かつて自分が設計したAIシステム「ORION(オリオン)」の可能性を思い出していた。それは、異星人の技術に匹敵するレベルで人類のネットワークを管理できるように設計されたものだった。


「ORIONを使えば、異星人の装置を逆に利用できるかもしれない。ただし……そのためには直接装置にアクセスする必要がある。」


佐久間は頷いた。

「それが我々の目標だ。日本国内の装置へのアクセスルートを確保する準備は整えている。」


レンは深く息をつき、意を決した。

「分かった。私が動く。ただし、これが人類を救うための唯一の道だと信じたい。」


その時、部屋の窓の外に青白い光が現れた。異星人の探索機が日本国内での動きを監視しているようだった。


「やつらが追ってきている!」

佐久間が銃を構えるが、レンは冷静にキーボードを叩き始めた。


「こちらから先手を打つ。」

レンは自らのAIシステムを使い、探索機の信号を攪乱するプログラムを即興で書き上げた。探索機はしばらくの間動きを止め、やがて光を失って墜落した。


「やはりまだ奴らのシステムには穴がある。」

レンはそう呟き、佐久間に向かって言った。

「今すぐ日本の装置がある場所へ案内してくれ。ORIONを起動する。」


佐久間はレンを連れ、地下に隠された特別な研究施設へ向かう準備を進めた。二人が廃墟を出ると、夜明けの東京は静けさの中に異星人の脅威を感じさせていた。


レンは心の中で静かに呟いた。

「これが最後の戦いになるかもしれない。人類の自由を守るために……」

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