第5話 炎の中の戦士

瓦礫と化した街並みを包むのは、燃え盛る火と硝煙の匂いだった。ウクライナ東部の戦場では、ロシア軍との熾烈な戦闘が続いていた。爆発音が響き渡り、銃声が途切れることなく交錯する。


その中を、機敏な動きで進む一人の兵士がいた。ナディア・ミロヴァ。ウクライナ軍の特殊部隊に所属し、戦場でその名を知られる女性兵士だ。彼女は小柄ながらも高い戦術的判断力と驚異的な身体能力を持ち、仲間たちから「不死鳥」と呼ばれていた。


ナディアは戦闘の最中、通信機からの断片的な情報に耳を傾けていた。


「こちら本部、敵部隊の動きが変則的だ。新しい兵器が投入された可能性あり。詳細を確認してくれ。」


「了解。」

ナディアは答えると、手元のライフルを握り直し、破壊された建物の影に身を潜めた。


ナディアが前線を確認していたその時、遠くの空に奇妙な光が浮かんでいることに気づいた。それはただのドローンではなく、青白く光を放つ未知の飛行体だった。彼女はそれを双眼鏡で確認すると、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


「これは……ロシアのものじゃない。」


彼女がそう呟いた瞬間、その飛行体は地上のウクライナ軍陣地に向かって攻撃を開始した。青白い光線が一瞬で建物を焼き尽くし、兵士たちは慌てて退避した。


ナディアは即座に通信機で指示を送る。

「本部、敵の新兵器ではない! 何かもっと異常なものだ!詳細なデータを送る!」


攻撃が続く中、ナディアは一瞬の隙を見て廃ビルの中へと逃げ込んだ。しかし、そのビルの中にはロシア軍の兵士たちが待ち伏せしていた。


銃口が向けられる瞬間、ナディアは冷静に手を挙げた。

「待て、撃つな! 私たちは同じ敵に襲われている!」


ロシア兵たちは戸惑いの表情を浮かべたが、その時、建物の外で爆発音が響き渡り、全員がその方向を振り返った。異星人の飛行体がさらに近づき、ビル全体を光で照らしていた。


「くそ……こんなところで戦っている場合じゃない!」

ナディアはそう叫ぶと、ロシア兵たちを指差した。

「助け合うしかない! あれを止めないと、全員死ぬ!」


ロシア兵たちは互いに顔を見合わせたが、次の瞬間、リーダー格の男が銃を下ろした。

「協力する。だが、これが終わったらどうなるかは知らんぞ。」


ナディアはウクライナとロシアの混成チームを率い、廃墟の中から飛行体に向けて反撃を開始した。だが、その装甲はあまりにも強固で、通常の武器ではほとんど効果がなかった。


「もっと強力な武器はないのか?」

ロシア兵の一人が叫ぶと、ナディアは咄嗟に近くに落ちていたミサイルランチャーを手に取った。


「試してみるしかない。」


ナディアはミサイルランチャーを構え、飛行体のエンジン部分を狙って発射した。ミサイルは直撃し、飛行体は一瞬揺らいだが、完全に破壊されることはなかった。


「だめか……」

彼女がそう呟いたその時、飛行体から放たれた光線が直撃し、彼女たちが隠れていた建物が崩れ始めた。


崩壊する建物から逃げ出す途中、ナディアは別の方向から新たな飛行体が現れるのを目撃した。だが、今度の飛行体は異星人のものではなく、明らかに人類の技術が組み込まれたものだった。


その飛行体から一斉に攻撃が放たれ、異星人の飛行体が撃墜された。ナディアは驚きと安堵の表情を浮かべながら、通信機で確認を取る。


「本部、こちらナディア。今の飛行体はどこのものだ?」


通信機から返ってきたのは、聞き慣れない声だった。

「こちらアメリカ国防総省特別部隊。我々はあなたたちを支援する。」


ナディアはその場に腰を下ろし、荒い息を整えた。

「アメリカ……それに異星人。世界はどうなっているんだ?」


彼女はそのまま黙り込んだが、次第に戦いの目的が自分の想像を超えたものに変わりつつあることを感じていた。そして、彼女の戦いはここから新たな段階に入ることになる――人類全体の未来をかけた戦争の中で、彼女の存在が重要な役割を果たしていくのだ。


ポーランド国境近く、山奥に隠された秘密基地では、アメリカ、ウクライナ、そして他国の特殊部隊が合同作戦の準備を進めていた。この場所は、異星人の技術を研究し、反撃のための戦略を立てるために選ばれた最前線の拠点だった。


ナディア・ミロヴァは戦場から移送され、基地のメインホールでアメリカの指揮官やウクライナの代表と会談を行っていた。彼女の体にはまだ戦闘の疲労が残っていたが、その目は強い意志に燃えていた。


ホールの中央に設置された大きなスクリーンには、異星人の飛行体や装置の映像が映し出されていた。アメリカの特別部隊を率いるリサ・ホーキンスが、ナディアに向かって冷静に説明を始めた。


「ミロヴァ中尉、あなたが遭遇した飛行体についての詳細を教えてください。あなたの現場での経験は、我々の作戦計画にとって重要な情報になります。」


ナディアは疲れた表情を見せることなく、落ち着いた声で答えた。

「異星人の飛行体は、これまでに見たどの兵器とも異なります。攻撃力だけでなく、精神的な干渉を行う能力があるようです。現場の兵士たちは、その影響で恐怖や混乱に陥っていました。」


ホーキンスは眉をひそめながらスクリーンに表示されたデータを指した。

「あなたが言う精神的干渉は、我々が『思考共有技術』と呼ぶものと一致します。異星人はこの技術を使って人類全体を支配しようとしています。」


その時、ホールの隅で控えていた一人の男性が前に進み出た。彼は北朝鮮のレジスタンスからアメリカの拠点に移送されたばかりのキム・ジュノだった。


「すみません、その技術について詳しく知りたいのですが……」

ジュノの英語はぎこちなかったが、緊迫感が伝わる口調だった。


ナディアは彼を一瞥し、不審そうな表情を浮かべた。

「あなたは誰ですか?」


ホーキンスが間に入り、二人を紹介した。

「こちらはキム・ジュノ。北朝鮮の秘密研究所で異星人の装置を直接研究していた科学者です。現在、我々の作戦において技術的な助言を行っています。」


ジュノは軽く頭を下げて自己紹介した。

「異星人の技術について何か分かることがあれば、共有したいと思います。」


ナディアはジュノをじっと見つめた後、短く頷いた。

「なら、あなたの知識が本当に役立つことを祈りましょう。」


会談の後、全員が作戦室に移動し、異星人の中枢装置があると推測される地域への突入作戦が議論された。その場所は、東ヨーロッパの未踏地帯にある古い採掘場跡で、異星人がその地下を拠点として利用している可能性が高いとされていた。


「我々の目標は、異星人の中枢装置を破壊し、その思考共有ネットワークを無効化することです。」

ホーキンスが作戦概要を説明する中、ナディアが質問を投げかけた。

「破壊だけでなく、その装置を使って反撃することは可能ですか? 例えば、異星人に対して同じ手段で干渉することは。」


その言葉にジュノが応じた。

「理論的には可能です。しかし、そのためには装置の完全な解析と操作が必要で、時間もリスクも大きい。」


ナディアは冷静に考え込んだ後、言った。

「時間がかかるなら、何とか稼ぐしかない。あなたが技術を制御している間、私たちは現場で戦い続けます。」


ジュノとナディアの目が合った。二人は全く異なる背景を持つが、今は共通の敵に立ち向かうための協力を迫られている。


ナディアが静かに言った。

「私は戦場での経験しかない。でも、その経験があなたたちの技術を活かすために役立つなら、全力を尽くします。」


ジュノも答えた。

「私も現場での戦いは得意ではない。でも、科学の力で人類を救う道を見つけたいと思っています。」


二人は短い握手を交わした。その瞬間、彼らの中に共闘への確かな決意が生まれた。


その夜、ナディアは星空の下で一人考え込んでいた。戦争が長引き、国を守るために戦い続ける日々だったが、今はそれを超えた戦いに巻き込まれている。


「これは国同士の争いじゃない。人類全体の未来を賭けた戦いだ……」


彼女の手には、ウクライナの国旗が刺繍された小さな布切れが握られていた。それは家族から託されたもので、彼女にとって希望の象徴だった。


冷たい霧が立ち込める夜明け、特殊部隊とレジスタンスの合同チームが旧採掘場跡地に集結していた。この場所は、異星人の中枢装置が隠されていると推測されている。そして、ここが作戦の最終目標となる。


ナディアはウクライナの旗を小さなポーチに収めると、アメリカ特殊部隊の一員として共に行動することになったジュノと視線を交わした。


「大丈夫ですか?」

ジュノは緊張した表情で彼女に尋ねた。ナディアは軽く微笑んで答える。

「戦場での緊張には慣れています。でも、これは普通の戦いじゃない。私たち全員、未知の敵と向き合うんです。」


作戦リーダーのリサ・ホーキンスが全員を集め、最終ブリーフィングを行った。

「目標は異星人の中枢装置。これを破壊することで、思考共有ネットワークを崩壊させます。ただし、ジュノ博士の提案に基づき、一部のデータを確保し、装置の解析を試みる可能性もあります。」


ナディアがジュノに耳打ちした。

「装置を使って反撃できる可能性はあるの?」

ジュノは少し考え込みながら答えた。

「まだ確信はありませんが、もし成功すれば、異星人の統制を逆手に取れるかもしれません。」


ホーキンスの合図でチームは動き出した。採掘場跡地の巨大なクレーターを降り、地下施設への入口に到達する。


地下施設内は、不気味な青白い光に照らされていた。壁面は異星人の技術で構築されており、有機的な動きさえ感じさせる模様が浮かび上がっている。


「注意しろ、ここには奴らの防衛システムがあるはずだ。」

ホーキンスの言葉に全員が銃を構え、慎重に進んだ。


突然、天井から飛び出してきた異星人の自動防衛ドローンがチームを攻撃し始めた。ドローンは高速で移動し、レーザー光線を放ってくる。


「カバーを取れ!」

ナディアは咄嗟にジュノを壁の陰に押し込み、自分はライフルで応戦した。


数分間の激しい戦闘の末、ドローンを破壊することに成功したが、その過程でチームは二手に分断されてしまった。ナディア、ジュノ、スヨンの小グループは、計画外の経路を進むことを余儀なくされた。


「計画通りに行けなくなった。だが、データを回収するチャンスはまだある。」

ジュノは装置を確認しながら言った。


「それなら、急ぎましょう。いつ敵が来るか分からない。」

ナディアが先頭に立ち、進行方向を指示した。


進んだ先には、異星人の中枢装置と思われる巨大な球体が浮かんでいた。それは脈動する光を放ち、静かに周囲の空間を揺らしていた。


「これがネットワークの中心……」

ジュノは呟きながら装置に近づき、スヨンの助けを借りて解析ツールを接続した。


装置に触れた瞬間、ジュノの意識に異星人の声が直接響き渡った。

「再び来たか、人間よ……秩序を拒むお前たちの行動に意味はない。」


「秩序なんてものは、自由を奪うだけだ!」

ジュノは声に出して反論した。


解析が進む中、施設内の異星人警備部隊が動き始めた。ナディアはスヨンとともに入口付近を防衛し、敵の侵入を食い止めようとした。


「時間を稼ぐ。ジュノ、急げ!」

ナディアは銃を構え、迫り来る異星人の兵器に応戦した。敵の波は途切れることなく続き、彼女たちの弾薬は次第に尽きていった。


ジュノがついに装置の制御に成功し、セリニスの提供したデータを使って、異星人の集合意識に干渉を開始した。彼の意識は再び集合意識の中に入り込み、セリニスと共に内部の構造を崩壊させる作業を進めた。


「ナディア、あと少しだ!」

ジュノの声が響くが、敵の攻撃は激化するばかりだった。


異星人の中枢装置が徐々に機能を停止し始めた。しかし、その直前、装置が放った最後の脈動が施設全体を揺るがし、崩壊が始まった。


「ここを離れるぞ!」

ナディアはジュノを引きずるようにして逃げ道を探した。彼らが間一髪で施設を脱出する中、背後で巨大な爆発音が響き、採掘場全体が崩れ落ちていった。

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