第4話 交錯する意図

暗闇が降りた山岳地帯。北朝鮮と韓国の境界線である非武装地帯(DMZ)からわずかに北に入った秘密の受け渡し地点で、レジスタンスのメンバーが固唾を飲んで待機していた。


ジュノはスヨンとミョンスとともに、指定された地点に設置された古い掩体壕の中でアメリカの支援物資を待っていた。周囲の闇に潜む影や、遠くから聞こえる動物の鳴き声が、不安をさらに掻き立てていた。


トラックのエンジン音が遠くから聞こえてきた。スヨンが暗視ゴーグルで確認する。


「来たわ。」


トラックが掩体壕の前で停まり、アメリカの工作員と見られる数人の男たちが降りてきた。彼らは全員黒い防弾ベストに身を包み、顔を隠すバラクラバを着用していた。


リーダー格の男が近づいてきて、低い声で話しかける。

「こちらCIA特別工作部。物資を届けに来た。」


彼はジュノたちにトラックの後部を開けて見せた。中には、最新鋭の通信妨害装置、携行型の解析ツール、そして異星人技術に対抗するために改造された武器が収められていた。


物資を確認していたその時、遠くから機械の唸るような音が聞こえてきた。それは異星人の「探索機」だ。光明星研究所の装置が起動してからというもの、こうした無人機のような異星人の監視装置が北朝鮮全土を巡回するようになっていた。


「やばい……見つかったかもしれない!」

スヨンが叫び、すぐさま通信妨害装置を起動した。しかし探索機は既にこちらを捕捉していたようで、青白い光を放ちながら接近してくる。


「防衛態勢を取れ!」

ミョンスの指示で全員が身を隠し、武器を構えた。探索機が発する光は不気味で、精神を揺さぶるような低周波音が空気を震わせた。


探索機は、突然光の柱を放ち、周囲の地面を焼き尽くした。ジュノたちは慌てて身を隠しながら応戦したが、通常の武器ではその装甲に傷ひとつ付けられない。


「解析ツールを使う!」

スヨンが叫び、物資の中から解析ツールを取り出す。彼女は探索機の信号パターンを解析し、その行動を無効化する手段を模索した。


「ジュノ、時間を稼いで!」

ジュノは持っていた通信妨害装置を探索機に向けて投げつけ、注意を引いた。その間にスヨンが解析を終え、探索機の制御を奪うプログラムを起動した。


探索機が突然動きを止め、その青白い光が消えた。場に静寂が戻り、全員がほっと息をついた。


「こんな危険な場所で受け渡しなんて無謀だ!」

ミョンスが怒りをあらわにしてアメリカの工作員に詰め寄る。


「これがベストな方法だった。」

工作員の冷淡な答えが、さらにミョンスを苛立たせる。


「お前たちの目的は、我々を助けることじゃないだろう。我々を囮にして異星人のデータを奪うつもりか?」


工作員は何も答えず、ただ冷たい視線を返すだけだった。


ジュノはその場を収めようと声を上げた。

「今は異星人を止めることだけを考えよう! ここで争っても何も変わらない。」


その言葉にミョンスは渋々同意し、彼らは物資を回収してその場を後にした。


拠点への帰路、ジュノは異星人の探索機がどのように自分たちを発見したのかを考え込んでいた。


「もしかして、彼らは僕らの通信を傍受しているのかもしれない……」

そう呟くと、スヨンが険しい顔で答えた。

「その可能性は高い。今後の作戦を考える時には、もっと慎重になる必要があるわ。」


ミョンスが鋭い視線でジュノに向き直る。

「だが、もし裏切り者が内部にいるとしたらどうする?」


その言葉に、車内に冷たい沈黙が広がった。


冷たい霧が立ち込める夜。ジュノ、スヨン、ミョンスを含むレジスタンスの小隊は、光明星研究所の裏手にある隠し通路から慎重に潜入を試みていた。この作戦の目的は、異星人の思考共有装置の中枢にアクセスし、その構造を解析することだった。


「時間がない。警備の巡回が再び来る前に終わらせるぞ。」

ミョンスが低い声で指示を飛ばす。彼らは暗視ゴーグルを装着し、音を立てないように足を進めた。


研究所の内部は異様に静まり返っていた。時折、壁に取り付けられた異星人の技術らしき装置がかすかな光を放ち、不気味な音を立てている。


ジュノたちは事前に得た設計図を頼りに、装置が設置されているメインホールへと進んだ。広大なホールの中央には、青白い光を放つ球体が浮かび、脈動している。それはまるで生きているように感じられた。


「これが思考共有装置……異星人がこれを通じて人間の意識を操作しているのか。」

ジュノは装置を見つめながら呟いた。


スヨンがバッグから解析ツールを取り出し、装置に接続しようとした。だが、その瞬間、装置が低い唸り声を上げ、光が強く脈動し始めた。


「何かがおかしい……」

スヨンが操作を中断しようとしたが、突然装置から放たれた光が部屋全体を照らし、警報が鳴り響いた。


「しまった! 誰かが裏切ったんだ!」

ミョンスが叫ぶ。


警報音が鳴り響く中、研究所内に異星人のドローンが現れ、ジュノたちに向かって攻撃を開始した。ドローンは鋭い光線を放ち、ジュノたちは必死に身を隠した。


「こんなに早く気づかれるはずがない!」

ジュノが叫ぶと、ミョンスが険しい表情で答えた。

「誰かが計画を漏らした。そうじゃなければ、奴らがこれほど迅速に対応できるわけがない!」


その言葉に、スヨンが反論した。

「内部に裏切り者がいるなら、どうして私たちまで巻き込むの? 敵の追跡を避けるための失敗は計画外よ!」


ミョンスの目が一瞬スヨンを睨むが、それ以上追及する時間はなかった。


突然、ジュノの意識がぼんやりとし始めた。装置が放つ光が、まるで直接彼の思考に侵入してくるかのようだった。


「抵抗は無意味だ。我々の秩序を受け入れよ。」


異星人の声が頭の中に響き渡る。ジュノは必死にその影響を振り払おうとしたが、その声はどこか説得力があり、彼の内面を揺さぶった。


「ジュノ、しっかりして!」

スヨンがジュノを引っ張り、光の影響範囲から引きずり出した。


スヨンの解析ツールが一時的に装置の動作を妨害し、ドローンの動きが鈍くなった。その隙にジュノたちは研究所からの脱出を試みた。


地下通路を通り抜け、外の冷たい空気に触れると、全員がようやく一息ついた。しかし、ミョンスの目は鋭く光り、誰かを睨みつけている。


「この失敗は偶然じゃない。内部に裏切り者がいる。」

彼の言葉に、チーム全員の緊張が高まった。


「だが今は追及している暇はない。すぐに拠点に戻るぞ。」

ジュノはミョンスの言葉に頷きつつも、心の中で一つの名前が浮かび上がっていた。それはスヨンだった。彼女の行動は論理的だったが、何か隠しているようにも見えた。


拠点に戻ると、ジュノは密かに装置の解析データを確認した。その中には、異星人の集合意識がさらに詳細に記録されており、セリニスという名の存在が、集合意識の中で孤立している様子が見て取れた。


「これが突破口になるかもしれない……」

ジュノはそう呟いたが、同時に自分たちのチーム内での不信感が増していることを感じずにはいられなかった。


冷たいコンクリートの壁に囲まれた地下通信室では、レジスタンスの技術者たちが慌ただしく機器を操作していた。ジュノは一人で通信装置の前に座り、異星人の集合意識に接続する準備を進めていた。


解析データを基に構築された特別なプログラムは、思考共有装置を模倣した技術を利用して異星人の意識に干渉することを可能にしていた。しかし、この試みは大きなリスクを伴っていた。ジュノ自身の意識が異星人に取り込まれる可能性があったからだ。


スヨンが隣に立ち、心配そうな表情で彼を見つめていた。

「本当にやるの? 接続に失敗したら、あなた自身の意識が戻らないかもしれない。」


ジュノは小さく息をついて答えた。

「分かってる。でも、これしか道はない。セリニスと接触できれば、異星人の内部構造を崩せる可能性がある。」


スヨンはそれ以上何も言わなかったが、彼の肩に手を置いた。

「気をつけて。戻ってきて。」


ジュノは深呼吸し、通信装置のヘッドギアを装着した。目を閉じると、低い振動音が耳を包み込み、視界が暗闇に沈んだ。次第に光の点が浮かび上がり、それが無数の線で繋がっていった。


「集合意識」――それは異星人が築き上げた膨大なネットワークだった。そこでは全ての意識が統合され、一つの巨大な「思考体」として機能していた。


「侵入者……」

無数の声がジュノの心に響き渡る。彼はその圧倒的な存在感に一瞬ひるんだが、すぐに意識を集中させた。


「セリニス! 君に会いに来た!」

ジュノは自分の声が思考として広がっていくのを感じた。やがて、その声が一つの反応を引き起こした。


光の中から現れたのは、異星人の意識体の一部――それがセリニスだった。彼の姿は他の異星人たちとは異なり、どこか不完全で歪んでいるように見えた。


「人間よ、なぜ私を呼び出した?」

セリニスの声は静かだったが、その背後には深い孤独が感じられた。


「君は彼らの秩序に疑問を持っているんだろう? 君の助けが必要だ。君たちの集合意識を崩壊させるために。」

ジュノの言葉に、セリニスは長い沈黙を置いた。


「私は彼らの中で異端者だ。秩序の中に混乱を持ち込む存在として排除されつつある。しかし、それでも私は彼らの一部だ。」


「でも、君は彼らに反抗しようとしている。それが彼らにとっての弱点なんだろう?」

ジュノの問いに、セリニスは僅かに頷いた。


「集合意識は完全ではない。その中に矛盾がある。それが私だ。しかし、お前たちがそれを破壊することは、我々全体の滅びを意味する。」


「それでも、彼らが地球を支配するわけにはいかない。君の力を貸してくれ。君が動かなければ、地球だけでなく君たち自身も進化を止めることになる。」

ジュノは必死に説得した。


セリニスはしばらく沈黙した後、こう答えた。

「お前たちに情報を与えよう。それをどう使うかはお前たち次第だ。」


ジュノの視界に、膨大なデータの流れが広がった。それは集合意識の内部構造と、それを崩壊させるための鍵となる情報だった。


「だが、覚えておけ。この行動は我々の崩壊を引き起こす可能性がある。そして、お前たち人類にもその余波が及ぶだろう。」


「分かってる。でも、自由を守るためにはやらなきゃならないんだ。」

ジュノはそう答えると、意識を現実世界へと引き戻した。


ジュノがヘッドギアを外すと、スヨンとミョンスが心配そうに彼を見つめていた。

「大丈夫か?」

ミョンスが尋ねる。


ジュノは疲れた顔で頷いた。

「成功した……セリニスが情報をくれた。集合意識を崩壊させる方法が分かった。」


スヨンの顔に安堵の表情が浮かんだが、同時にその目には不安も混じっていた。

「でも、それが私たちに何をもたらすのか分からないわね。」


ジュノたちはセリニスから得た情報を基に、最終的な作戦の計画を立てることを決めた。しかし、その計画は非常に危険であり、成功しても自分たちの未来がどうなるのかは未知数だった。


「これが自由を守るための戦いだ。」

ジュノの言葉が、部屋の静けさに響き渡った。

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