第3話 アメリカの決断

ペンタゴンの地下深く、分厚い鉄扉に囲まれた作戦指令センターは、昼夜を問わず点灯する巨大なモニターの光に包まれていた。モニターには北朝鮮上空の衛星写真や、異星人の光体と推測される物体の映像が映し出されていた。


リサ・ホーキンスは広い部屋の中央で、資料を抱えながら慌ただしく動き回っていた。彼女は国防総省の異星人接触特別対策チームの主任であり、今回の異常事態の全責任を負わされていた。ホーキンスの顔には疲労の色が見えたが、その瞳は鋭く輝いていた。


「全員注目!」

ホーキンスの声が部屋全体に響き渡った。大統領補佐官や軍部の将軍たち、そして科学者や情報分析官たちが一斉に目を向けた。


「これが最新の情報です。」

彼女がリモコンを操作すると、スクリーンに異星人の光体と北朝鮮の光明星研究所の映像が同時に映し出された。


「数日前、北朝鮮が宇宙からの未知の信号を受信しました。その後、我々の情報機関は、彼らが異星人と何らかの協力関係を築き始めていることを確認しました。」


彼女はスライドを進めた。次に映し出されたのは、異星人から提供されたと推測される「思考共有装置」の衛星画像だった。


「これが問題の装置です。我々が得た情報によると、この装置は直接的な通信だけでなく、人間の意識に影響を与える能力を持っている可能性があります。」


「それが本当だとして、異星人は北朝鮮だけを対象にしているのか?」

軍部の一人が険しい表情で質問する。


「いいえ。」

ホーキンスは答えた。

「異星人は北朝鮮を単なる実験場として利用しているだけです。最終的な目標は地球全体の統一――ただし、それは我々が考えるような統一ではなく、彼らが定めた『秩序』のもとに行われます。」


「つまり侵略だと言いたいのか?」

別の将軍が声を荒げる。


ホーキンスは頷いた。

「侵略と言えばそうですが、これは単純な武力の問題ではありません。彼らは人類の思想そのものを変えようとしているんです。」


会議室は一瞬静まり返った。その場にいる全員が、ホーキンスの言葉の意味を理解しようとしているようだった。


突然、会議室の通信スクリーンにホワイトハウスからの緊急通話が接続された。画面には、アメリカ大統領の厳しい表情が映し出された。


「状況は把握した。我々は地球の自由と民主主義を守るため、どんな犠牲も払う覚悟だ。だが、敵の技術力は未知数だ。対応策はどうなっている?」

大統領の問いにホーキンスは深く息をつき、慎重に答えた。


「現在、異星人の装置の特性を解析するため、北朝鮮内部のレジスタンスと接触を図っています。彼らは異星人の影響を排除しようと動いており、内部情報を提供してくれる可能性があります。」


「北朝鮮の反体制派と協力するというのか?」

軍部の一人が苛立ちを露わにしたが、大統領がすぐに制した。


「他に選択肢があるか? 北朝鮮政府そのものと交渉するよりは望みがある。」


ホーキンスはさらに話を続けた。

「もう一つの懸念材料は、異星人の目的が単なる侵略ではないことです。彼らの『秩序』が具体的に何を意味するのか、それを明らかにする必要があります。そのために、我々は直接的なアプローチを取るべきです。」


スクリーンに新たなスライドが映し出された。それは、異星人の光体が発信している通信の解析結果だった。


「現在、我々は異星人が使用している周波数帯にアクセスしようとしています。この通信を解読し、彼らの真意を探ることが急務です。また、北朝鮮内部での協力者と連携し、装置を奪取する作戦を計画中です。」


大統領は静かに言った。

「ホーキンス、君に全権を委ねる。異星人の脅威を排除するための最善の手段を講じてくれ。」


ホーキンスは敬礼し、会議を締めくくるために口を開いた。

「了解しました。すべての力を尽くします。」


会議が終了し、ホーキンスは独り静かな廊下を歩いていた。その顔には不安と疲労がにじんでいた。


「異星人の目的を暴く。それが本当に人類の自由を守ることにつながるのか……」

彼女の心には、異星人が持つ圧倒的な知識と技術が、必ずしも悪意のためだけに使われるのではないのではないか、という疑念がわずかに芽生えていた。


彼女の胸ポケットには、異星人の通信ログが入ったUSBドライブが収められていた。それはまだ解読されていないが、そこには異星人の真の目的を示す鍵が隠されているかもしれない。


「結局、何を守り、何を捨てるべきなのか……」


---


夜の静寂を破るかのように、ジュノは小型のトラックで北朝鮮の山間部を走っていた。彼の隣にはレジスタンスの技術者キム・スヨンが座り、後部座席には銃を手にしたハン・ミョンスが身を潜めていた。


「アメリカと繋がる……本当に信じられるのか?」

ミョンスが低い声で呟いた。ジュノは目を前方の闇に向けたまま答えた。


「彼らは自由の名のもとに行動する。我々のような存在を単なる駒としか思っていないかもしれない。それでも、今は彼らの助けが必要だ。」


スヨンが会話に加わった。

「アメリカの技術力は異星人の技術を解析する上で重要だわ。でも、彼らが同時に北朝鮮を利用しようとしている可能性は否定できない。」


その会話が終わらぬうちに、目的地である古びた通信基地が見えてきた。場所は北朝鮮軍が放棄した旧防空拠点。現在はレジスタンスが仮設の通信施設として利用している。


基地に到着すると、スヨンがすぐに通信装置を準備し始めた。その装置はレジスタンスがアメリカの支援を受けて密かに作り上げたもので、暗号化された周波数を通じてペンタゴンと連絡を取ることができる。


「周波数を合わせた。向こうが応答するかどうかだ。」

スヨンが装置を操作しながら言った。ジュノとミョンスは緊張した面持ちでその様子を見守る。


突然、ノイズ混じりの音声が装置から響いた。

「こちらペンタゴン。リサ・ホーキンス。北朝鮮のレジスタンスからの接触を確認した。」


その声は低く安定しており、明らかに熟練した交渉者のものだった。ジュノがマイクを握り、慎重に言葉を選んで話し始めた。


「こちらは北朝鮮のレジスタンス。私はキム・ジュノ。異星人の技術とその危険性を直接研究している者だ。」


ホーキンスの声が返ってくる。

「我々はあなた方の活動を認識している。協力する意向があるが、そのためには情報を共有してもらいたい。まずは、異星人の装置について詳細を教えてほしい。」


ジュノはためらったが、これが自分たちに残された唯一の道だと信じ、思考共有装置の特性と異星人の思想について詳細を語った。その中には、セリニスという異星人の反逆者の存在や、集合意識の分裂の可能性についての情報も含まれていた。


ホーキンスが静かに答えた。

「興味深い情報だ。特にセリニスという存在は鍵になるかもしれない。我々も異星人の通信を解析しているが、彼らの意識の一部に矛盾があることを確認している。」


ジュノは期待に胸を膨らませた。

「では、我々と協力して彼らの集合意識を崩壊させる手段を見つけてほしい。」


ホーキンスの声には冷静な響きがあった。

「協力は可能だ。ただし、我々には我々の利益がある。あなた方が異星人の装置を破壊する際に、それを完全に破棄するのではなく、サンプルとして回収してもらいたい。我々の科学技術にとって非常に重要な資料になる。」


その言葉にミョンスが強い口調で反応した。

「異星人を排除するための協力が、技術を盗むことを前提にしているとはな。お前たちは我々を裏切る気か?」


ホーキンスの声は変わらず冷静だった。

「裏切りではない。我々は共通の敵を持つが、最終的な目的が異なることは当然だ。だが、協力しなければ両者ともに敗北する。」


ジュノは仲裁に入るように言った。

「まずは協力だ。異星人を止めることが最優先だ。それが叶った後の問題については、その時に考えるしかない。」


ホーキンスは短く同意した。

「我々は引き続き異星人の通信解析を進める。そして、あなた方の行動を支援する手段を検討する。こちらからの第一の支援物資が24時間以内に指定地点に到着する予定だ。」


通信が切れた瞬間、ジュノたちは深い沈黙に包まれた。


通信が終わった後、ミョンスはジュノを睨みつけた。

「アメリカの要求を簡単に飲むべきじゃない。彼らは我々を使い捨てにするつもりだ。」


スヨンがミョンスをたしなめた。

「でも、彼らの技術と情報がなければ異星人には勝てないわ。」


ジュノは二人の間に立ち、冷静に答えた。

「正しい道は分からない。ただ、異星人が完全に支配を始めれば、どの道も閉ざされる。それだけは避けたい。」


三人の間には、目に見えない緊張が漂っていた。それは異星人との戦いだけでなく、協力相手であるアメリカへの不信感によるものだった。


その夜、ジュノは基地の片隅で一人、異星人との最終決戦に向けてのプランを頭の中で組み立てていた。彼には不安があった――異星人を止めることができたとして、果たして人類はその後どう進むのだろうか。


「自由のための戦いが、別の支配を招くことにならないだろうか……」


彼の思考は尽きることがなかった。


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