傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~
たらふくごん
第1話
14歳の誕生日。
この国、ヒリッドヒル王国ではこの年を迎えることで国王より承認され、晴れて淑女としての社交が始まる。
いわゆるデビュタントだ。
レステム侯爵家の次女フィアリーナ・レステムもその一人だった。
幼い時に聖魔法に目覚め、聖女と謳われていた彼女。
でも彼女には人に言えない秘密があった。
彼女は既に、12歳の頃その純潔を散らされていた。
継母が新たに雇った使用人。
その使用人に、無理やり手折られていた。
いわゆる傷物令嬢。
そして聖魔法を失ったとされていた。
輝く金髪に美しいルビーのような瞳。
年齢の割に育った肢体は男たちの目を引く。
王国広しといえ、彼女の美貌は数多の男性の憧れでもあった。
しかも聖属性に目覚めた聖女候補。
多くの貴族家が釣書を用意するほどに彼女の人気はすさまじかった。
だがデビュタントの日。
突然実の父親によりその事実が公表されてしまう。
多くの貴族が集まるデビュタントは一転、まるで断罪の舞台へとその様相を変えてしまっていた。
「我が娘フィアリーナ。この娘はいやしくも12歳の時に、すでに体を許している愚か者だ。聖属性魔法ももはやその資格を失っているに違いない。王よ。国外追放を望みます」
突然の実父の告白。
フィアリーナは何が起こっているか分からなかった。
思えば父の自分に向ける表情がおかしくなっていた。
原因は分からない。
でも……
そして賛同するかのように突然しゃしゃり出てくる軍務大臣。
この男は急死した元軍務大臣である彼女の叔父の後釜に座った継母の従姉弟。
権威ある者の言葉は大きな影響を及ぼした。
流石に国外退去は免れたものの、まっとうな婚約など出来ず彼女はいつしか全てをあきらめる。
自分より明らかに劣る爵位、そして能力。
そんな女性たちが次々と将来の伴侶を得ていく。
彼女にもたらされる釣書は、もはや笑い話に登場するようなおぞましい内容ばかりだった。
さらには継母による執拗な嫌がらせに彼女の心はすでに限界を迎えていた。
※※※※※
ある日父である公爵家当主ギルレッド・レステムより呼び出しを受けた彼女。
かつて優しかったギルレッドはもういない。
「ふん。貴様また釣書を破り捨てたようだな。この極潰しめ。少しは我が侯爵家の為になろうと思わぬか」
そう言い数枚の釣書を執務室の大きなテーブルに投げ捨てる侯爵。
そしてそれをいやらしく顔を歪めニヤつく継母。
かつてはその剣幕におびえたフィアリーナだが既にそんな感情も消え失せていた。
「お父様、どうか修道院に行く事、お許しいただけないでしょうか?」
「まだそのような世迷言を……許さん。この中から選べ。最後のチャンスをくれてやる。なあに、お前はあの女に似て見た目だけは良いのだ。もし今回も拒否するのなら……生まれてきたことを後悔することになるぞ」
悍ましい脅し。
しかしこれは事実だ。
父である侯爵はすでに人の道を外れた商売に手を染めていた。
人身売買。
実の娘であるフィアリーナまでをも、その悍ましい仕打ちを向けようとしていた。
「……かしこまりました」
「ふん。さっさと決めることだ。一応お前とて我が娘。良い婚姻を結べるとよいな」
数枚の釣書を手に取り、涙を隠しながら部屋を後にする。
彼女にはもう絶望しか残されていなかった。
数枚の釣書……
全てが自分よりも50歳以上年上の物しかなかったのだ。
(死のう)
フィアリーナはそう思ってしまう。
自分は傷物。
でも彼女が悪いわけではないのだ。
でも世間の目はいやおうなしに彼女を追い詰めていく。
※※※※※
自分の部屋に戻った彼女は既に亡くなっている自分の母親の肖像画を眺める。
ベッドの下に隠し、どうにか取り上げられるのを防げたフィアリーナの最後の宝物だ。
自分に似た美しいお母様。
彼女はフィアリーナを生み、その後亡くなっていた。
自分の味方だった姉は既に隣国の王族へと嫁いでいた。
侯爵の対応に、いつの間にか使用人ですらも彼女に対し冷たく当たるようになっていた。
「ふふっ、どうして私だけがこんな目に合うのかしら……」
かつて美しかった彼女の部屋は今ではその面影はない。
ボロボロのベッドに色の変わってしまったシーツ。
ドレスだってここ数年新たなものは与えられていない。
僅か残されていた母の形見の装飾品もすでに継母とその娘に取り上げられていた。
「もう、疲れたわ……」
彼女は自分の細い首に、隠し持っていたナイフをかざす。
そしてふと気づく。
(ここで死んだら……私は本当にゴミのように処理される)
忘れていた怒りが湧きあがってくる。
自分は悪くない。
そもそもあの時だって……私は騙された。
純潔を失ったあの日。
私は新しい義妹、カロリーナに嵌められた。
※※※※※
「お姉さま?私困っているの」
「どうしたの?カロリーナ」
思えばあの時、すでにお父様はおかしくなっていた。
義妹カロリーナ。
彼女のあの訴え……
今思えば腑に落ちない事ばかりだ。
「わたくし、あの倉庫に大切なものを落としてしまったの。怖くて…お姉さま?一緒に探してくださらないかしら」
あの倉庫。
我が家では入ることを禁止されている部屋だった。
何でも封印されている邪神、そのいわくあるものが収められている部屋。
私は小さいころお父様から聞いていた。
『いいかいフィアリ―ナ。人の心という物は弱いものだ。だけど神様はそんな私たちに奇跡をくれた。分かるかい?』
『奇跡?』
『ああ。お前のその聖魔法もその一つだ。でもね、正しい力には必ず悍ましいものが付きまとう。だから我が屋敷にはかつてこの世界に混乱を巻き起こした邪神の遺物が安置されているんだ』
『邪神の遺物ですか?怖いです、お父様』
『ははは。大丈夫だよ?だからね、絶対にあの部屋には入ってはいけないよ。分かったね』
それなのにあの時、部屋のカギを取りに行った時お父様……
見たことのないようなおぞましい笑顔だった。
まるで悪魔に憑りつかれたような、そんな怖気を覚える笑顔。
そして私は一人、あの部屋へ閉じ込められた。
あのいやらしい男性とともに。
沸き上がる悍ましい記憶。
無理やり手折られたあの恐怖と屈辱。
涙があふれ出してしまう。
(ここでは、この家では私は死にたくない)
ナイフをかざしたことで首筋からはうっすらと血が滲みだしていた。
でもフィアリ―ナは母の肖像画を抱きしめひっそりと息をひそめた。
(もうすぐ夜になる……そうすれば食事の時間……誰も私には注目しない時間)
今彼女の食事は残飯だった。
用意される食事に自分の分はない。
食事の時間が始まると彼女は厨房へと行き、残された食材をただ詰め込んでいた。
生きるためだけに。
その時間。
多くの使用人も食事の為、厨房にも人はいなくなる。
自由に動ける。
彼女はじっとその時間を待っていた。
そして夜。
彼女は家を飛び出し、かつて大好きだったお姉さまと一緒に歩いた高台へと足を進めた。
逃げ出すように出てきた。
靴すら履いていない彼女の足は既に出血し、激しい痛みに顔をしかめてしまう。
(ふふっ、おかしい……すぐに死ぬのに……足が痛いなんて……)
そして町を見渡せる高台についたフィアリーナはナイフで自らの胸を貫いた。
あふれ出す血しぶき。
暖かいそれに何故か彼女はおかしくなってきてしまう。
(温かい……のね……ふふっ、変なの……お母様…今から行きます……)
彼女に意識は暗い所へと落ちていった………
※※※※※
夜の高台の見える小道。
こんな時間に普段人は訪れない。
でもアレリッドはなぜか胸騒ぎがしていてここへと転移してきていた。
隣の小国。
しかも今まで来たことすらない。
ベイツリット帝国第2皇子アレリッド・スイル・ベイツリット。
幼少期に魔力暴走により盲目となった天才。
彼はその能力ゆえ、第2皇子という圧倒的な権力を保持していながらいまだ婚約者すらいなかった。
常に魔力に包まれしその姿。
常人である帝国民は皆恐れていた。
(悲しい魔力が立ち昇った……すごく強い……まるで俺のようだ……そして間もなく消えてしまう……だめだ、俺は聞いてみたい……どうして自ら人生を終える決意をしたのか……)
彼の魔力感知に引っかかる程の膨大な魔力。
そしてはじけた瞬間、それは悲鳴を上げるがごとく一気に消失し始めた。
恐らく自死。
彼はどうせ死ぬのなら聞いてみたかった。
なぜ優れた力があるのにその道を選んだのか。
そして彼の感知に触れたおそらく女性。
すでに血の池で横たわる彼女は心臓が止まっていた。
(ああ、間に合わなかった……うん?…これは……聖魔法?)
アレリッドの魔力に呼応するかのように、命を落としたはずの少女から聖なる魔力が反応する。
(おお、なんという……まだ助かる……この子の事は知らない。でもこんな場所で一人死を選ぶ……俺がもらっても構わないだろう)
そして彼は回復魔法を使い、彼女と二人自分の部屋へと転移した。
その瞬間―――
彼女の母国、リヒッドヒル王国は聖女の加護を人知れず失っていた。
※※※※※
「……ん……??」
嗅いだことのない心地よい香り―――
暫く触れることのなかった柔らかく清潔なシーツ……
フィアリーナは自分が見たことのない部屋にいることに気づいた。
(……私死んだのね…ここは天国?……お母様に会えるのかしら……)
「やあ、気分はどうだい」
「っ!?」
突然声を掛けられびくりと肩が跳ねてしまう。
気付けば見たことのない男性が自分を見おろしていた。
「えっ?!……あれ、私……」
「ああ、ごめんね?君、自殺したのかい?」
「っ!?」
そうだ。
私胸をナイフで……
えっ?!
治ってる?!!
私は死ぬことすら失敗した……
涙かあふれ出す。
「うん?悔しい気持ち?……ああ、ごめんね、俺は目が見えないんだ…だから君の心が見えてしまう……すまない…でも俺は君に聞きたいことがあるんだ」
優しい想いがフィアリーナの心を優しく包み込む。
悲しい気持ちが消えていく。
不思議な感覚にフィアリーナは言葉を発している男性を見つめた。
「聞きたい事?……貴方は……」
「ああ、紹介が遅れたね…俺はアレリッド。いちおうベイツリット帝国の第2皇子かな」
在り得ない人物と一緒に居ることにフィアリーナは驚きに包まれる。
でも…
なんだろう?
その驚きを上回る心地よさに彼女は違う意味で混乱してしまう。
「ふふっ、君は面白いね……俺の身分を聞いて感想がそれかい?……どうやら君と僕は似ているみたいだね。力があるのに望まれない存在……違うかい?」
「……力?……ふふっ、おかしい。貴方はともかく、私に力なんてないわ。私は穢された傷物。聖魔力だってとっくに失った……ねえ、聞きたい事って何かしら」
フィアリーナは自分の力を知らない。
今だって彼女は抑えきれない聖なる魔力を噴き上げさせている。
国全体を覆いつくすようなとんでもない魔力を。
「ん?あー、そうだね……でも、良いかな。君の心を見て大体の事は分かった。……君は君が思っている以上に疲弊しているよ?しばらく休むといい。……ああ、この部屋には俺以外は入れないから、心配はいらない」
そう言って踵を返すアレリッド。
「えっ?あ、あの……」
フィアリーナの問いかけに彼はニコリとほほ笑み部屋を出ていった。
静まる心地の良い清潔な部屋。
良く判らないもので覆われている。
そうフィアリーナは感じていた。
(あの方…アレリッド様……目が見えない?……そうか……だから…)
フィアリーナは美しい。
そして年齢の割に彼女はしっかり女性として成長していた。
いつも注がれる欲望を含んだ瞳。
彼女の体を舐めまわすようなおぞましい視線。
彼、アレリッドはそもそも盲目だ。
そんな視線持ち合わせてはいない。
(でも……それだけじゃない……あの方の心……とても穏やかで、そして……恐ろしいほど悲しみを湛えている……)
フィアリーナは人の心が分かる。
彼女は馬鹿ではない。
幼少の頃よりしっかりと教育は受けていたし、何より誰よりも努力家だった。
そして本人は気づいていないが、彼女はまさに大聖女、救国の聖女だった。
やがて彼女は眠りにつく。
彼の言ったように彼女は疲弊していた。
全てに絶望し、死を望むほどに。
やがて彼女は静かな寝息を立て、長い間経験できなかった安らかな睡眠に深く落ちていった。
※※※※※
「ひいっ?!ま、魔物?……な、何でこんな場所にっ?!ひ、ひぎゃあああああああ!!」
翌朝リヒッドヒル王国王都の町はずれ。
農家を営むザンダという男性が畑に行こうとしたとき突然魔物に襲われ命を落としてしまう。
ここ10数年、この国での魔物による被害は全く発生していない。
それはその時に聖女が生まれ、人知れず聖なる結界が形成されていたからだった。
その知らせに王宮は騒然とする。
「宰相、被害の状況は?」
「はっ、すでに数十名が命を落としております。現在王国の第2騎士団が対処に当たっておりますが……戦況は芳しくありません」
「ぐうっ、お、おい、聖女候補たちはどうしている?教会は?」
「祈りを捧げております。結界の範囲が極端に減少していまして……今は城を覆うのに精一杯です」
この国には聖女候補は結構な人数がいた。
幼少期に聖魔法に目覚める少女たち。
だが実際はそのほとんどがフェイクだった。
何しろそれを判断する教会、すでに腐敗にまみれていた。
いくばくかの金を積めば『聖女候補』の資格を得られるほどに。
「探せ」
「はっ?」
「きっと聖女は居たのだ。ここ数日でいなくなった女性を探せっ!!その女性が聖女だ」
「はっ、直ちに」
そして王国は騒動が巻き起こる。
フィアリーナが知らぬうちに、彼女は程なく聖女に認定されることになる。
※※※※※
「バカなっ!居なくなっただと?!貴様ら、目が見えないのではなかろうな!!」
フィアリーナが居なくなった侯爵家の執務室。
父であるギルレッド・レステムは机を壊さんばかりに力任せに拳を振り下ろし、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
昨日から娘であるフィアリーナが姿を消した。
そして王宮より届いた知らせ。
まだわずか、理性の残っていた彼は思い出す。
フィアリーナのとんでもない膨大な魔力を。
(俺はどうしていた?なんでフィアリーナを冷遇していたのだ?……どうして?…愛していたはずだ……なぜ?)
そんな侯爵の首にするりと絡みつく新しい妻、ミフィードの妖艶なしなやかな腕。
彼の思考が吹き飛び、心の底から湧き出す悍ましい感情に侯爵は包まれていく。
「あら、あなた……ふふっ、何も問題ありませんわ。我が家には真の聖女カロリーナがおります。まだ清廉な、男を知らぬ生娘である聖女が……そうでしょ?愛しいギルレッド様」
「……あ、ああ。そうであったな……ふむ。居なくなったのはあの女だけではあるまい。この王国は広い。きっと別の誰かだ……ああ、君はいつまでも美しいな……良いだろうか」
「ええ、お慕いしております……さあ」
二人は立ち上がり、執務室の隣の仮眠室へと進む。
貪り合う二人。
その様子はまるで本能のまま動く獣のようであった。
※※※※※
「……う…ん?……良く寝た……はあ、驚くほどすっきりした」
目を覚ますフィアリーナ。
忘れていた清々しい気持ちに思わず大きく伸びをする。
「あはは、お目覚めは快調のようだね」
「っ!?」
突然かけられる声。
思わず赤面し、声のする方へとジト目を向ける。
「……殿下?女性の部屋にいきなり入るのはマナー違反ですわ」
「ごめんごめん。でも心配いらないよ?たとえ君が今裸だとしても俺は見えないんだ。そうだろ?」
「そういう事ではございません。見えようが見えまいが関係ありません。それにどうせなら……奇麗な私を見ていただきたいのですわ。女性とはそういう物です」
「ははっ、分かったよ。ふむ。勉強になるな。君は聡明らしいね」
はぐらかすようにふるまう彼。
でも裏腹に彼のいたわる気持ちが伝わってくる。
「フィアリーナです。わたくしはリヒッドヒル王国フィアリーナ・レステム。レステム侯爵家が次女でございます。以後お見知りおきを」
今更ながらの自己紹介。
でもフィアリーナは少しでも彼に誠意を見せたくなっていた。
「……これはご丁寧に。……あー、でもごめんね?君の心見たから俺はもう知っていたんだよね」
「でしょうね。でもこれは私の矜持。ふふっ、ないがしろにされた小娘ですが……私は誇り高き母の娘。これは譲れませんわ」
彼女の母マルドレッド。
救国の大聖女だった女性だ。
「……そうだったんだね……納得したよ。うん。分かったよ。君の気持ち、謹んで受け取ろう。……フィアと呼んでも?」
「っ!?……ええ。……私もリッド、と呼んでもいいかしら?ああ、不敬よね。大国の皇子様をそんな風に呼んでは……ごめんなさいアレリッド殿下」
突然フィアリーナの心に激しく混乱する彼の気持ちが流れ込んできた。
ん?混乱??
そして優しくフィアリーナの頬を彼の手が包み込むように触れてきた。
「っ!?なっ?!!」
「ああ、君は……俺の欲しいものを驚くほどあっさりとくれるんだね……リッド…ああ、なんという心ときめく呼び名だ……俺は嬉しい。これからもよろしく頼むよフィア」
「え?えっと……はい、リッド……」
「ああっ!やばいっ!!俺は嬉しくて倒れそうだ……ああ、君は俺の女神か?惚れてしまうぞ?!」
「はい?大袈裟です。殿下。……呼び名だけですよ?それに私、あなたの事まだよく知りません。……それに……あ、あの……助けてくださり、ありがとうございました」
フィアリーナは真っすぐアレリッドの瞳を見つめる。
色を失い機能していないその瞳。
でも彼女は彼の瞳を見つめたかった。
彼女を救ってくれた、そして恐ろしいほどの悲しみを湛えている彼の瞳を。
「はあ。本当に君は……うん。お礼は受け取らせてもらう。……ねえフィア」
「はい?」
「……まだ、死にたいかい?」
言葉に詰まるフィアリーナ。
正直何も解決していない。
自分を冷遇してきていた実家だが、全てを絶望し修道院に行きたいと最後の願いを望む彼女を無理やり縛り付けていたあの父の事だ。
きっと探している。
そして見つかれば。
私は、私の人生は彼等のおもちゃにされてしまう。
よぎる絶望にフィアリーナは自らを抱きしめる。
涙が滲みだす。
そっと彼女の頭にアレリッドの大きな手が優しく置かれた。
「うん。じゃあさ、俺と婚約しようか?それならだれも文句は言わないでしょ?」
「えっ?私とリッドが婚約?……えっ、で、でも……貴方は皇子、つり合いが…」
「んん?フィアは盲目の男は嫌いかい?」
悪戯そうな表情を浮かべるアレリッド。
真剣なフィアリーナは思わずジト目をしてしまう。
「もう。わたくしは真剣に聞いています。茶化さないでくださいませ」
(可愛い)
アレリッドはしばらく感じたことのない感情に、自ら驚いていた。
そして自然に高鳴る鼓動。
思わず首をひねってしまう。
「ねえリッド?もう。また違うこと考えているのね。頭の回転が速すぎるのもそれは問題だと思うのだけれど?」
うん?
そう思うの?フィアは……
面白い……
じゃあ……
アレリッドは思わずつばを飲み込み、彼の問題、彼が恐れられる最大の懸念をフィアリーナに問いかけてみた。
(きっとこれは……俺にとっての滅びの質問だ……たぶん彼女も……でも、聞いてみたい)
「ねえフィア?君は俺の事……そ、その、恐くないのかい?」
一瞬静寂が部屋を支配する。
アレリッドの背中に冷たいものが滑り落ちた。
「怖い?あなたが?!……どうして?」
「は?!……い、いや、だって俺……」
「ん?ああ、あなたを包む魔力の事?怖い?何言っているのかしら。とっても暖かくて心強い光よ?えっと…少し悲しみがにじみ出ているけど……私はあなたの魔力、凄く好き。でも仲良くなるのならあなたの悲しみ、教えて欲しいかも」
驚愕に包まれるアレリッド。
いま……
彼女は何を言った???
『とっても暖かくて心強い光よ?えっと…少し悲しみがにじみ出ているけど…』
「ははっ、はははははは、はあ……改めて」
そして彼はフィアリーナの前で跪く。
優しく彼女の手を取り手の甲に口づけを落とした。
「フィアリーナ嬢、どうか私にあなたと添い遂げる栄誉を……与えてはくれまいか」
「っ!?」
大国の皇子であるアレリッド。
これはまさに婚姻の申し入れ、婚約ではない、正式な求婚に他ならなかった。
彼の覚悟がフィアリーナの心を揺り動かす。
そしてあふれ出す歓喜。
フィアリーナは小さく、でもはっきりと誓いを口にする。
「喜んで。あなた様の求婚、謹んでお受けいたします」
帝国に救済の大聖女が産声を上げた。
※※※※※
やがて物語はその速度を増していく。
彼女が失われたリヒッドヒル王国。
僅か数か月でかの国は滅びを迎える。
魔物の進行により国土は荒れ果て、荒んでいく人民は暴徒と化していた。
むろん聖女であるフィアリーナにはたどり着いた王国。
でもすべてが遅すぎた。
彼女を守ろうともしなかった王国は、まさに天罰を受けていた。
彼女の父親であるレステム侯爵。
悪魔の使い、継母であるミフィードはその使命をまんまと果たしたのだった。
そもそも純潔を失う事で聖魔力を失うとされている事。
それ自体がおかしい事だった。
フィアリーナの母親、大聖女マルドレッド。
彼女は婚姻し子供まで儲けている。
そして彼女が力を失ったのは娘であるフィアリーナにその力を委譲したからだ。
確かに酷い目に合い無理やり散らされてしまったフィアリーナ。
でも真実の愛に目覚めた彼女はかつてないほど強大な聖魔力に包まれていた。
愛する盲目の皇子アレリッド。
その傍らで幸せそうに微笑むフィアリーナ。
大聖女の加護を得た帝国はかつてない繁栄に包まれていく。
※※※※※
「ねえフィア?……赤ちゃん、作ろうか?」
「もうリッド。……でも私……もう少し『あなただけ』に見ていて欲しいの……そ、それに私まだ15歳よ?」
優しく抱きしめるアレリッド。
その瞳にはすでに悲しみはみじんも存在していなかった。
そして取り戻した美しい光を湛える瞳。
「はは、本当にフィアは可愛い。ねえ、今夜は寝かせないよ?」
「もう♡……リッドのエッチ♡」
かつて絶望のどん底で自らの命を絶とうとしたフィアリーナ。
彼女は奇跡に救われ真の幸せをその手に、つかみ取っていた。
FIN
傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~ たらふくごん @tarafukugonn
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