小説無題
水無月うみ
小説無題
最初に。
〈二〇二四年一二月八日(日)夕刊二面の記事〉
本日八日未明、——市警察に「女性が——川に橋から飛び降りた」という通報が入った。警察と消防が現場に駆け付けると、捜索次第、二十代女性と見られる遺体が河口付近で発見された。——川にかかる——大橋には当該女性のものと思われる靴と遺書と思しき便箋が発見されており、警察は自殺の可能性を視野に調査を行っている。
〈——市警察による調査資料〉
・通報した男性の証言
「明け方四時ごろでしたね。窓を開けたら橋の上でただ一人女性が裸足で立っていたんです。そして、すぐ足元に何かを置いたと思ったら何か小さなものを口に含んでそのまま頭から川へ落下していきました。人もほぼいなかったので止める人もありませんでした」
・女性の遺体に関して(司法解剖の結果)
・死因は溺死と推定・体内から致死量の青酸カリを検出・暴行等の形跡なし・補聴器の着用の跡から耳に何らか障害を持っていた模様・150cmほど、死亡時46kg
・現場に残された靴:スポーツブランドのスニーカー、水色、24.5cm
・遺書
今の時刻は午前四時。ここは一級河川にかかる橋の上。これから、青酸カリを噛んでここから飛び降りる。両親は昔死んだし友人も今はいないから、遺書なんてそれとなく書いてみたけど、特段書くこともない。だからもう今すぐに死んでしまおうとも思っている。
でも最後。私の人生の最後に、書き残しておきたい、唯一心残りなのは、私が好きだった男の子のこと。そして、私たちと一緒にいた変わった名前の子のこと。無音で、下向きだった私の人生で、一瞬だけ楽しいと感じたのは、彼らとの時間だった。だから欲を言えば、もう一度だけ、死ぬ前の最後まで、彼らに会いたかった。彼らは、私を否定しないと思った。私を温かく包んでくれると思った。でも、彼らに会う勇気が、私にはなかった。
もしもう一度生まれ変われるのなら、また彼らに出会いたい。そして、もう一度彼らと話したい。その時には、秋野くん、君に好きだってちゃんと言いたい。〈みみず〉ちゃんにも感謝を伝えたい。そうして、もう一度、あの時の唯一幸せだった時間に戻りたい。
ごめん。わがままばっかりで。生きていたことに対しても。私の耳が聞こえなかったことも、こんな人間になってしまったことも全部。もう死ぬから、どうか許して下さい。
さよなら。青酸カリって結構苦いんだね。下にもう川が見える。その先に手を延ばす。
・捜査方針:遺書の情報や女性の身分証などから関係人物・情報をさらに捜査する予定。
小説無題 水無月うみ @minaduki-803
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます