雨音はプレリュード
秦 朱音 Ι はたあかね @書籍発売中!
第1話 前奏曲 | プレリュード
幹線道路に面したワンルームマンションの部屋の鍵を開けて中に入ると、それまでの喧騒が嘘のような静寂が私を包んだ。
一つしかない窓のすぐ目の前を走る高架の道路にはいつも、車やトラックが激しく往来している。
騒音を遮るための二重窓は、まるで私を異空間に閉じ込めているのではないかと錯覚するほどに、外の世界からくっきりと切り離す。
扉を閉めた瞬間に生まれるのは、そんな
上京して半年が経った今でも、私はこの空間に慣れることができない。
手を洗うよりもカバンを置くよりも先に、まずはテレビをつけてニュース番組を流すのが私の習慣だ。
見知らぬ田舎のお祭りの映像から流れるガヤガヤとした音や、会ったこともない人の街頭インタビューの声が、私を安心させてくれる。この世界にたった一人残されたんじゃないか、と錯覚しそうな私を、不安の海から引き揚げてくれる。
実際は、孤独であることには変わりがないのに。
台風が首都圏を直撃するという天気予報のせいで、いつもとは違う早い時間に会社を出て家路についたのは、とある金曜日のことだった。
雨に濡れた傘を持って満員電車に乗り込むと、周囲の乗客に傘が当たりやしないかと気を遣い、どっぷりと疲れる。
やっとのことで自宅の最寄駅にたどり着いたが、改札を出たところで力尽き、閉じた傘を持ったまま大きくため息をついた。
(このまま、あの無音の家に帰りたくない……)
心も体も疲れ切ったのは雨のせいなのに、雨音が聴こえないあの空間に帰るのは嫌だ。
自分のちぐはぐな感情に気付いた私は、馬鹿らしくなって傘をさした。
駅前の横断歩道を渡ると、路地を曲がったすぐの所にあるビルの前に、小さな看板が出ているのを見つけた。
後ろから来る人波に路地に押し出され、二、三歩ほどよろける。
「……
雨音にかき消されるのをいいことに、わざと声に出して看板の文字を読んだ。
すぐ傍らを流れる傘の流れに戻る気にはなれなくて、私は吸い込まれるように地下に続く階段を下りていった。
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