第5話 朝練

 次の日の早朝。時刻は7時30分。


 俺は学校の駐輪場に青のママチャリを止め、体育館近くのプールの真下にあるバスケ部の部活に向かう。


 結局、中川さんにラインで友達追加されたのは良いけど、連絡は来なかったな。


 そんな独り言を胸中で呟きながら、部室に到着する。


 俺はいつもの定位置にリュックサックを置き、制服からロングTシャツとバスケットパンツに着替える。


「よし。行くか」


 俺は部室内に保管されるバスケットボールとシューズを両手に持ち、部室を後にする。そして、体育館に向かう。


 特に体育館から音はしない。おそらく俺が1番乗りだろう。


 俺は慣れた手つきで重い体育館の戸を引く。

 


 静かで広大な体育館が俺の視界に広がる。


 無人なはずなのに何故か電気は点く体育館。おそらく教員が事前に体育館の鍵を開けた際に点けたのだろう。


「やっぱり1人だけの静かな体育館は落ち着くな」


 俺は不思議と安心感を覚えながら、コートの端に座り込み、シューズを両足に通す。


 シューズを履き終えた後、俺は床に転がるボールを拾い、適当にリズムに乗るようにドリブルを突く。股に通したり、背後で簡単なドリブルを行う。


「さて。今日のシュートの調子はどうかね? 」


 俺はまずスラムダンクでお馴染みの置いてくるのレイアップシュートを利き手の右手で行う。放ったシュートはゴールのバックボードに優しく当たり、ネットを揺らす。


「うん。調子は悪くなさそうだな」


 手の感覚をレイアップシュートで確かめた後は、適当な距離からシュートを放ち、徐々に距離を広くする。連続でシュートを決め続けた俺の足はいつの間にかスリーポイントラインの後ろにあった。


「いつもの調子なら外さないだろう」


 自信を持った口調で呟き、膝を深く曲げてから中学生から変わらないフォームでシュートを放つ。


 パシャッ。


 俺の放ったシュートはゴールのリングに触れずに、ネットを高々と揺らす。


「おぉ~。すごい~〜」


 聞き覚えのある人物の声と共に称えるような拍手の音が聞こえる。


「…中川さん」


 俺の視線の先にはバドミントンウェアを着用した中川さんの姿があった。Tシャツ姿ということもあり、制服よりも一層に豊満な胸が存在感を発揮する。


 朝にも関わらず眠そうな雰囲気は無く、美しさと可愛さはいつもと変わらない。俺にとって全てが魅力的に見えてしまう。


「本当に良く入るね~。はい。ボール」


 中川さんは慣れないフォームで俺にボールをパスする。ボールは山なりを描きながら俺の元にギリギリ届く。


「あ、ありがとう」


 俺は予想外の中川さんのパスに戸惑いつつも、お礼を伝える。


「いえいえ。どういたしまして」


 中川さんは微笑みながら俺のお礼に反応する。その表情には優しさが漂う。


「あ、それとね」


 中川さんは俺と少しだけ距離を詰める。


「私が若松君のラインを友達として追加したの見てくれた? 」


 中川さんは確かめるように少しソワソワした様子で俺に尋ねる。


「う、うん。通知に残ってたから。確認できたよ」


 俺は昨日の記憶を辿りながらたどたどしく答える。


「…。そっか。なら良かった」


 中川さんは何処か安心したように薄く笑みを浮かべる。


「千尋~。早く練習しよ~」


 中川さんのペアの相方らしき女子が体育館に軽く響くような声で呼ぶ。


「分かった。すぐ行く! 」


 中川さんはペアらしき女子に返事をする。


「じゃあ。またね」


 中川さんは俺に対して軽く手を振ると、軽い駆け足でペアの女子の元に向かった。


 そんな親切に対応をする中川さんが魅力的に映り、呆然と彼女の背中を見つめ続けてしまった。

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