第3話

 第二部隊の団長は陛下の従兄弟で公爵でもある。バライズ殿下と王城で遊んでいる時によく騎士団の鍛錬場へと顔を出していた。


 そこでいつもメイカー団長の剣の捌きを見て目を輝かせて憧れていた。


「カッコいい!俺、バライズの騎士になる!」


 メイカー団長が国王陛下の護衛騎士をしていた時、その姿に憧れた。王子のバライズの護衛騎士になりたい!


「えっ?わたしの騎士になってよ!」

 ソニア殿下に「なんで兄様なの?」とぷくっと頬を膨らませて文句を言われた。


「俺はバライズが国王になった時そばで守れる騎士になりたいんだ」


「ふうん、兄様だけずるい」


「ソニアはソニアを大切に想う人が守ってくれるよ」

 バライズ殿下がなんとかご機嫌を取ろうとした。


「じゃあ、アレックはやっぱりわたしを守ってくれるのね?」


「「えっ?」」俺とバライズ殿下はお互い顔を見て困った顔になった。

 でもまだ6歳のソニア殿下に強く否定できなくて子供のことだからと終わらせていた。


 それがいまだに続くなんて……





 ソニア殿下の護衛の仕事を離れ、第二部隊に顔を出すのが最近は楽しみになっていた。


 最近事務官として入ったシルビア・ウィーバーは俺に全く興味がない。


 俺の顔を見ると色めき香水の匂いをぷんぷんさせてやってくる令嬢達とは全く違う。


 受付で書類の中身を確認すると、団長の執務室の扉をさっと開けて「どうぞ」と通してくれる。


 そして彼女が紅茶を淹れて出してくれるのだが、とにかく美味しい。


 騎士団のお客用の茶葉はそれなりの値段のものを置いている。ここの隊の茶葉は上手に保管されていて、淹れた紅茶は複雑な滋味を感じさせた。心地よい渋さや苦み、甘さがくせになる。


 湯を沸かし茶葉に湯を注ぎ蒸らして茶葉を濾して飲む。


 それだけなのに蒸らす時間も湯の温度も絶妙なんだと思う。


 彼女が近くに寄ると石鹸の匂いが微かに感じられるのも心地いい。美味しい紅茶といつも手作りのお菓子が添えられている。


「そのクッキー美味いだろう?」

 メイカー団長がにこりと笑った。

 凛々しい顔立ちだが少し強面の団長はシルビア嬢をとても気に入っているらしい。


「はい、優しい味で甘いものが苦手な俺でも食べれます」


「だろう?俺も甘いものは苦手なんだがシルビアの作ったお菓子は食べれるんだ。だから毎日お菓子作りを頼んでるんだ」


「それは大変じゃないんですか?」


「シルビアはかなり優秀で仕事の効率がよくて帰る前には仕事は終わっているんだ。だから暇な時間に団員用のお菓子を作ってもらってる。みんな彼女の作るお菓子に惚れ込んでる」


「優秀……確かに生真面目できちんとしているように見えますね」


「苦労してるからな」


「平民ならみんなそんなものでしょう?」


「シルビアは伯爵家のご令嬢だ。ただ、もともと領地が農作物が出来にくい土地なのにさらに干ばつで資金繰りが大変なんだ、それで成績が優秀だったシルビアが少しでも助けたいと働き始めたんだ」


「国は補助金を出していないのですか?」


「もちろんあるよ、でもそれだけじゃ足りないんだ。あそこの伯爵家は領民達に多大な税金をかけたくないと自分の懐も厳しいのに領民からもあまり税金を取ろうとしないんだ」


「いくら領民が苦しんでいるとは言え、自分たちも大変でしょう?」


「だからシルビアは働き出したんだ。彼女の才能なら大学だって行けただろうに。だが今はうちで働いてくれて助かっている。仕事もしっかりやってくれるしお菓子も美味しい。さらにこの紅茶の味、王宮で陛下に出しても喜んでくれると思う」


「俺もそう思います。実はここにお遣いに来るのが最近は楽しみなんです」


「シルビアに会えるのがか?」


「………紅茶とお菓子に会えるのがです」


 ーーえっ?俺は……確かに紅茶とお菓子……だけどシルビア嬢に会うと不思議にホッとする。


 普段仕事ではピリピリとして笑うことも気を緩めることもない。特にソニア殿下に振り回されて疲れることも多い。


 シルビア嬢のそばにいると穏やかな気持ちになる。無駄に話しかけても来ない、だけどいつも石鹸のいい匂いがして……


 ーーうわっ、何考えてるんだ。


 気になり出すとつい目が追ってしまう。


 少しでも姿が見えると1日が楽しい。


 仕事中に会ったからと言って俺から話しかけることもない。向こうが俺に話しかけることもない。頭を下げて挨拶をする程度の関係。


 なのに……第二騎士隊の奴らが馴れ馴れしく、楽しそうに、笑いながら、シルビアと話していると何故かムカムカして苛立つ。


 仕事帰りにバライズ殿下に呼ばれてたまにお茶をする。


「そろそろソニアの護衛から僕の護衛に移って欲しいんだけどソニアがなかなかうんと言わないんだ。父上もソニアに甘くてソニアの我儘をすぐ聞いてしまうし、アレック、大丈夫?

 変な噂が立ってるみたいだけど」


 バライズ殿下が言ったのは、『俺とソニア殿下が恋仲らしい、だけど俺が侯爵家の次男なのでソニア殿下が降嫁するのは難しいため結婚は出来ない』

 と言う噂だ。


 そんな噂根も葉もない、誰が言い出したのか無視していればいい。そう思っていた。


 しかしその噂を流したのはソニア殿下本人だった。本人はいたって真面目にそう思い込んでいた。


 婚約者に俺がならないのは侯爵家次男だから。もし長男で家督を継ぐならすぐにでも結婚できたはずだと思い込んでいた。


 俺は一度もソニア殿下を好きだなんて言ったこともないし態度で示したこたもない。


「俺はソニア殿下に対して幼馴染としての感情しかありません」


「だよね?それに……シルビア嬢だっけ?」


「えっ?」


 思わず口から紅茶を吹き出してしまった。


 殿下はそんな俺を見てニヤニヤと笑った。





 俺は夜勤で王城で夜食を食べながら、さっきのシルビアの姿を思い出す。


 俺のせいで無理やり結婚させられたシルビア……困った顔で戸惑いながら「よろしくお願いします」と俺との結婚を承諾したシルビア。


 さっきの夜会で裏庭でミゼルと抱き合っていたシルビア……俺はシルビアがミゼルのことを好きなのに、俺と結婚させられて辛い思いをしているのをずっとわかっていた。


 なのに……王命だからと彼女と結婚した。


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