第2話

 今日もまた夜勤で屋敷に帰れない。


 最近はソニア殿下の我儘が酷くなり、彼女を諭せる近衛騎士が少なく俺が休暇返上でそばにいるしかない。


「アレック、わたくし外出したいの。あなたがついてきてくれるわよね?」

「お散歩に行くわ、さっさと出かけるわよ」

「お茶が飲みたいの、嫌よ、侍女の淹れたお茶って美味しくないの。アレック、侍女長を呼んできてちょうだい」

「今日は気分が乗らないから仕事はお休みよ」


 彼女の気分に振り回され近衛騎士も侍女もメイドも、そして彼女付きの官僚達も振り回されっぱなしだ。


 幼馴染の俺はソニア殿下の護衛騎士にさせられた。


 ソニア殿下の兄であるバライズ殿下と俺は幼馴染でソニア殿下ともよく一緒に遊んでいた。俺の言うことなら割と聞いてくれるソニア殿下。少しなら叱っても問題視されない、バライズ殿下からも許可を得ていた。


 両陛下も手のかかる娘に甘いところはあるが、叱ることができる者がいることをむしろ喜んでくれた。




 ただ……結婚前までのソニア殿下は……


「わたし、アレックのお嫁さんになりたいの」


 子供の頃からソニア殿下に何度となく言われたこの言葉だけはソニア殿下に甘い陛下達も頷くことはなかった。


「アレック、お前にはソニアの護衛としてそばについてはもらうが、そなたに嫁がせることはない」


 陛下にもそう言われていた。


 ソニア殿下はその言葉に「どうして?」「絶対わたしはアレックのお嫁さんになるの!」と泣いて陛下達を困らせたこともあった。


 バライズ殿下に一度俺の気持ちを聞かれたことがある。


「アレックはソニアのことを好きかい?」


「…………バライズ殿下がソニア殿下に対して想っている気持ちと同じです」


 俺はそう答えた。


 ソニア殿下からの気持ちを俺は受け入れることはできなかった。どう断ればいいのか悩みながらも護衛対象の殿下に強く言うことも否定することもできずに時間だけが過ぎていった。



「やっぱり……どう見ても恋愛感情じゃなさそうだったからな」


「………(手のかかる)妹のような気持ちです」


「うん、そうみえていたよ」


 殿下の言葉に俺はホッとした。


 陛下からは結婚はさせられないと言われていたが、ソニア殿下は納得していなかった。兄であるバライズ殿下を味方につけて俺との結婚を強引にすすめられるのは困る。


 しかし俺には結婚のことを王族に対して発言できる立場ではないため、訊かれるまで答えることは出来なかった。


 俺に婚約者がいればよかったのだが、次男で後継者ではないため幼い頃から騎士になりたいとそれだけを目指してきた俺に両親は『無理に婚約者は作らなくてもいい』と言ってくれた。


 兄上も侯爵家を継ぐとはいえ、婚約者選びは本人の意思を尊重して選ばれた。


 両親が恋愛結婚だったため、政略結婚はさせないと言ってくれていた。おかげでずっと煩わしいことは考えずに騎士として邁進していくことができた。


 女は面倒だと思っていた。


 派手な化粧にドレスを毎日のように着替えて着飾る。香水の匂いもつけ過ぎればただの害でしかない。

 宝石をゴテゴテと体につけて自慢をして回る姿も俺からすれば滑稽にしか見えない。


 それにキャーキャーうるさいし、何かと話しかけてくるのも鬱陶しい。せっかく鍛錬しているのに邪魔をしにやってきて、危険な目に遭いそうになると「アレック様ぁ」と涙目で訴えてくる。

 「勝手に鍛錬場に入ってきたんだろう!」と文句を言いたいがどこぞの令嬢に文句でもいえば親が出てきてまた問題が大きくなる。


 仕方なく優しくエスコートして鍛錬場から出てもらうしかない。


 俺はそんな女達にうんざりしていた。ソニア殿下に対してもいくら妹のように思えても、全く恋愛感情はわかないし、どちらかと言うと、こんな妹を持ったバライズ殿下に同情していた。


 そんな生活の中、俺はとても興味深い女性に出会った。


 いや、実際には見かけただけだった。


 同じ騎士団の所属ではあるが部隊が違う近衛騎士と第二部隊の騎士。仕事でたまに絡むことがある。

 共同演習や大々的な国の行事の時など互いに連携を取り合う。


 俺は下っ端で第二部隊にお遣いをさせられた。書類を持って行き印をもらったり取りに行ったりするのが担当だった。他の奴らもそれぞれ他の隊の担当のお遣いをさせられていたので不満は言えなかった。


 その時にたまに見かけるのが俺の妻の『シルビア』だった。









 

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