第7話「弟子にしてください」

 フーゴーに合わせてかまえをとるべく、両手を前にあげる。


「何だそのだっせえかまえは?」


 フーゴーに笑われるが気にしない。


 トントンと軽快にステップを踏み、左足を踏み込んできたところを、払って転倒させる。


「!?!?」


 フーゴーは愕然とした表情になった。

 すぐに立ち上がる。


「何をしやがった?」


「さて」


 俺はフーゴーの問いに答えない。

 弟子に教えるなら解説するのだが、いまは勝負中だしな。


「いまの動き、見えたか?」


「見えなかった」


 ざわざわと周囲がざわめいている。


「さすが先生。まさに神速の動き」


「あれ、わかってても防げないやつだよね」


 クラーラとクリスタの楽しそうなやりとりが響く。

 

「くそがっ!」


 フーゴーは怒りながら立ち上がる。


「こんなんで負けを認めると思うなよ!」


 彼は吠えた。

 そんなの当たり前の話だろう。


 俺がやった足払いなんて、ただのけん制でしかない。

 足払いをかわされてから、本当の攻防がはじまるのだ。


 とは言え、足払いは相手の動きを制限する意味があるので、次も仕掛けよう。


 ……またフーゴーは転倒する。


「!?!?」


 また呆然とした表情で転がった。

 周囲からどよめきが起こる。


「うわぁ、これは一方的だね」


「予想していたけどね」


 クリスタとクラーラの声だけが明るい。

 真っ赤になったフーゴーは立ち上がって、数歩後ずさりする。


「何か早業を仕掛けてきてるのは理解した! だが、それだけじゃあ俺には勝てねえ!」


 彼はそう叫ぶと、拳の乱打をくり出す。

 なるほど拳圧を飛ばす遠距離攻撃か。


 ひと呼吸で十を超える乱打が飛んでくるなんて、さすがスピードを重視する拳闘士だ。


 だが、動きは単純で直線的に飛んできたので、両手ですべてはたき落とす。


「ええええ!?」


「石壁に大穴を開ける【乱打拳】を、簡単に防いだ、だと!?」


 観衆から今まで以上のどよめきが起こる。


「ま、まいった。俺の完敗だ」


 フーゴーは泣き出すのを我慢している表情で、降参した。

 ……思ってた展開とずいぶん違う。


「なら、勝者は決まりだな」


 とガイルが告げる。


「ウソだろ。フーゴーが、あんな簡単に負けた、だと?」


「信じられねえ」


 シン、と場が静まり返ったとき、


「さっすが先生! あんな奴じゃ相手にならないわね!」


 とクリスタがはしゃいで、隣に立つクラーラに抱き着く。


「先生は私たちが二人がかりでも勝てないんだから、三級ハンターが一人でイキがったところで、ね」


 クラーラはおだやかに辛らつなことを言う。 


「あのおっさん、もしかしてとんでもなく強いんじゃないか!?」


「さすが【双華デュオフロース】の先生ってわけだ!」


 驚きで静まり返っていた見物人たちが、二人の会話を聞いて盛り上がりはじめる。

 

「先生の実力がわかったのだから、私たちの推薦は通りますよね?」


 とクラーラがガイルに話しかけた。


「あ、ああ。こんなとんでもない実力者だったら、組合だって断らないだろうよ」


 ガイルは腰が引けた様子で答える。

 何だか知らんが、彼女の思惑通りに事が運んだのかな?


 まあ大したトラブルにならなかっただけヨシとしようか。

 俺が二人にうながされて下に降りようとしたとき、


「ま、待ってくれ。いや、待ってください!」


 フーゴーが必死の様子で呼び止めて来る。


「まだ何か?」


「しつこいね」


 クラーラとクリスタがフーゴーに向けた表情は、絶対零度という表現がふさわしかった。


「俺が悪かったです、謝ります、だから俺を弟子にしてください!!!!」


 フーゴーは転がるように俺の近くまでやってきて、早口でまくしたてながら頭を床にこすりつける。

 

「やれやれ」


 こんな展開、想定なんてできるはずがないだろ。

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