第6話 学園の美少女にはやはり棘があるらしい
中庭で昼食を取っている時間が、案外、平穏に過ごせている瞬間かもしれない。
「竹内さん、これからよろしくお願いしますね」
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
校舎の裏庭。
そこに設置されたベンチに座っている
女の子の手は柔らかかった。
真玄は内心緊張していたが、自然な形で
留美とまともに向き合っていると、胸の内が熱くなる。
彼女の方も意識しているのか、頬を紅潮させていたのだ。
「これで、二人は付き合うことが決まったのですから。仲良くしてくださいね!」
優芽が、さりげなく二人の事を仲介してくれていた。
「まあ、今は一緒に楽しく昼食を食べましょう!」
張り切った感じに言って、優芽はパンと紙パックを手にしたまま席から立ち上がる。
「どうした?」
真玄はベンチに座ったまま顔を上げた。
「私が真ん中にいたらおかしいし。真玄が咲間さんの隣に行きなよ。付き合うことになったんだしさ」
「え? ちょっと急すぎないか?」
「いいから、早く!」
優芽は、真玄の右肩を押し、強引に留美とくっ付けようとしていた。
真玄と留美は急展開に、ぎこちない表情を見せていたのだ。
「はい、これで一緒に会話できますね!」
「いいよ、急に」
「いいじゃん。付き合うことになったんだし、早い事に越した事はないじゃない」
優芽は、親切心から生まれる態度で接してくれているのだろう。
悪気があっての言動ではない事はわかっている。
でも、少々強引すぎるのだ。
「真玄にちゃんとした彼女が出来て良かったじゃん。杏奈とは色々あったんでしょ」
「な、なんでその事を?」
優芽が、真玄の耳元近くでこっそりと話していた。
「何となくわかるよ。それくらい」
双子であるゆえ、何も話さなくても何となく彼女の方には伝わってしまうのだろう。
妹の優芽には隠し事なんてできない。
その通りだよと、真玄も優芽の耳元近くで返答しておいた。
「咲間さんとは仲良くね。咲間さんはいい人だと思うし、裏切りそうな感じはないしね」
「そうだよね」
「私はベンチの端っこでパンを食べてるから、後は咲間さんとね」
優芽はウインクすると、そこから殆ど何も話さなくなっていたのだ。
双子の妹がいると助かる事もあるが、親切すぎて逆に困惑する事もある。
優芽が無言でパンを食べている最中。真玄は留美の方をチラッと見やった。
留美の方も、真玄の事を意識しているようで、あまり何も話さなくなっていたのだ。
「えっと、何について話す?」
静かになっていた現状を打破するために、真玄の方から言葉を切り出したのだ。
「なんでもいいよ、竹内さんが好きな事でもいいし」
「じゃあ……」
会話しようと意気込むと、逆に変に緊張感に襲われるのだ。
リラックスした方がいいと思い、真玄は深呼吸をしながら彼女の方を見やる。
「そう言えば、咲間さんって料理が得意なんだよね」
「そうだよ」
「弁当とかって作ってこないの?」
留美は料理が得意なのである。
今日はお弁当を持ってはきておらず、普段から購買部で購入している事から、なぜかと疑問を感じるのだ。
そんなに料理が得意ならば、弁当を持参しても問題はないと思う。
「学校にいる時は購買部で売ってるパンを食べたいから作ってこないの。でも、竹内さんが食べたいなら作って来てもいいよ、お弁当とか」
「作って来てくれるの?」
「うん」
留美は優しく頷いていた。
「作ってくるにしても、竹内さんは、どんな弁当が好きなのかな?」
「俺はなんでも食べるよ」
「なんでも? 要望があるなら、私なんでも作って来られるし、そんなに遠慮しなくてもいいからね」
「じゃあ、ウインナーとか卵焼きが入った弁当とかって作って来られる?」
「基本的なお弁当ってこと? いいよ。それでいいのなら」
「ほんと? じゃあ、お願いしようかな」
付き合っている彼女の弁当を食べられる事に幸せを感じていた。
明日からが楽しみであり、真玄はパンを手にしたまま、口元を緩ませていたのである。
がしかし、その幸せな瞬間が殺伐とした環境へと様変わりするのだ。
「ねえ、あなたさ。こんな場所にいたの?」
あまり聞き馴染みのない声を、真玄は聞いた。
ベンチに座っている真玄が振り返ると、誰かが近くにいる事に気づいたのである。
そこに佇んでいたのは、留美と同じ学園の美少女として君臨している存在。
そして、留美よりも一個年上の先輩――
彼女は可愛いというよりも美人系で、さらに凛々しい雰囲気を放っている人だった。
「あなたに対して言ってるんだけど!」
彼女は茶髪系のロングヘアスタイルでかつ、モデルのような歩き方で留美の近くまでやってくるのだ。
「私、何かをしましたでしょうか?」
「したでしょ。さっき、皆がいる前で男子生徒を振ったんでしょ! 他の生徒から噂で聞いたわ」
美空は、留美の前で堂々とした口調で言い放つ。
「私は、振ったわけではなく……」
「は? あの男子生徒と付き合ったわけじゃないんでしょ?」
「はい……」
美空の威圧的な話し方に、ベンチに座っている留美は手にパンを持ったまま委縮していた。
「あまり調子に乗らないでほしいの」
「すいません……」
彼女の発言に、留美は申し訳なさそうに謝っていたのだ。
「別にそこまで言わなくても」
「なに、あなたは?」
美空の視線は、真玄へと向けられたのであった。
「俺は……」
美空を前にすると、自分が留美の恋人だという発言は出来なかった。
さすがに、そういう発言をできる状況ではないと、真玄は察していたのだ。
「なに、ハッキリとしたら?」
学園の美少女の称号を得ている人は、なぜ、容姿と中身が異なっている人が多いのだろうか。
大半の人は、彼女らを見た目だけで選んでいるのかもしれない。
人は見た目によるというが、そうでない場合もある。
と、理解した瞬間だった。
「一応、この子と友達で……」
真玄はベンチに座ったまま、近くにいる美空先輩へ小声で返答した。
「友達ね。まあ、いいわ。あなたみたいなのが、この子と付き合っていたら、おかしいものね」
美空はバカにした感じに言っていた。
真玄は学園で注目されている人に対し、好戦的な態度を見せる事も出来ず、周りからの報復が怖く言い返せないのだ。
「すいませんが、さっきの話を聞いていて、少しおかしいと思ったんですが!」
パンを丁度食べ終えた優芽がベンチから立ち上がる。
その先輩と向き合って対抗心をむき出しにしていたのだ。
「何かしら?」
「私のお兄さんなんですけど。いくら先輩であっても、そういう言い方をされるのは嫌だったので」
「え? でも、事実を言ったまでよ。陰キャみたいな見た目をしてるのに彼女なんて」
美空は謝る事はしなかった。
それどころか、三人の事を見下した視線を向けていたのだ。
「だからといって、私のお兄さんの悪口は許しませんから!」
「あ、そう。別にいいわ。まあ、今日はこれくらいにして。留美。あなたとはもう少し話したい事があるから。今週中に集会があるでしょ。その時を楽しみにしてるわ」
美空は反論されたことが気に食わなかったのか。留美に軽く八つ当たりをした後、校舎の裏庭から立ち去って行ったのだ。
彼女の姿が見えなくなってから、この場所に再び静けさが訪れたのであった。
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