第4話 私と寄りを戻してよ、お願い!

「ねえ、アンタさ」


 翌日。

 竹内真玄たけうち/しんげんが一人で学校に登校した朝。校舎の昇降口のところに佇んでいた杏奈に話しかけられた。


 真玄は杏奈とは関わりたくなかったが、昇降口にいる他の人の視線を気にする感じに、承諾する。

 通学用のリュックを背負ったまま、真玄は誰もいない空き教室まで彼女と向かう事となったのだ。


「もう話はついたんじゃないの?」


 二人きりの教室内で言う。


「そ、それはそうなんだけど。ちょっと話したいことがあって」

「俺はもう話す事はないよ」

「で、でも!」


 南沢杏奈みなみざわ/あんなは通せん坊するかのように、真玄の前に立つ。

 今いる教室から何が何でも逃したくないらしい。


「私と、もう一度付き合ってほしいの」

「なぜ?」

「なんでって、気が変わったからよ。まあ、アンタもまだ彼女とかも出来てないだろうし」

「……いや、普通にできたけど」

「……え⁉ ど、どういうこと⁉」


 杏奈は目を丸くしていた。

 目の前にいる真玄の方を見て驚愕し、おののいている感じだ。


 実のところ、彼女が出来たという話は嘘である。

 咲間留美さくま/るみとは友達のような間柄で関わっているだけであり、恋人のような関係性ではない。


 今さら、杏奈の方から寄りを戻してほしいと言われても、真玄の心は靡かないのだ。


「というか、一日で彼女なんてできるわけないじゃない。どうせ、嘘なんでしょ」

「嘘じゃないから」

「じゃあ、本当にってこと?」

「そうなるね」

「……ッ⁉」


 杏奈は納得できていないようで、体を震わせていた。


「だったら、誰なの? どういう子と付き合い始めたの?」

「それは咲間さんだけど」

「咲間って、あの?」

「そうだよ、君と同じく学園の美少女に選ばれた子だけど」


 杏奈の事を学園の美少女として考えるのは嫌だが、それは世間的な称号であり、真玄はどうする事も出来ないのだ。

 それを現実として受け入れながら、真玄は話を進めた。


「あの子と? どういう流れで付き合い始めたのよ!」


 杏奈は食い気味に話しかけてくる。


「普通に咲間さんの方から話しかけてきて」

「そ、そんなわけ。あの子って、そんな単純な子ではないわ。アンタの妄想とかじゃないの?」

「妄想じゃないよ。本当の事で」

「じゃあ、なに? 本当にあの子の方から誘ってきて付き合ったと?」

「そうだね」

「……あ、そう。でも、別れたら?」


 杏奈は悔しそうな顔つきになっていた。


「なぜ? 俺は咲間さんと関わってて楽しいし、別れるのは」


 ようやくできたまともな彼女なのだ。

 強引な形で振る杏奈とは大違いなのである。


「じゃあ、私の方から、あの子に言っておくわ」

「なんて?」

「別れたいって」


 強引なやり方を提示してきたのだ。


「いや、そんなこと言わなくてもいいから。それ、余計なお世話だから」

「じゃあ、私と付き合って。寄りを戻してよ」

「それは無理だな。もう冷めたんだ。君の態度とか、その性格とか知ってさ。本当は好きだったんだけどね」


 真玄は、昔の杏奈なら好きだった。

 けれども、学園の美少女になってからは大幅に性格が変貌し、雑な感じになったと思う。

 学園の美少女としての活動もある事から、忙しいのもわかる。

 他の異性から告白されるようになり、浮かれているのも理解しているつもりだ。


 それを踏まえても、杏奈の態度を受け入れる事は出来ない。

 もう一度付き合うとか考えたくもなかったからだ。


「冷めたって……でも私にも理由があって」

「理由? どんな?」

「それは、学園の美少女の称号を得てから色々あって。真玄を振らないといけなくなって。本当は振るつもりもなかったし、今まで通りに過ごしていたかったの」


 杏奈は真剣な顔つきで言ってきた。

 彼女なりの考えもあるのだろうが、真玄からしたらいい迷惑だ。


「そういう理由があるなら、そう言えばよかったじゃんか」

「でも、私の方にも色々あるの! それを理解して」

「それを振られてから言われても」

「ごめん。でも、私もわかってるわ。昨日冷静になって考えて、私もアンタの事を振って後悔してるの。だから本当に、もう一度チャンスでも」

「……わかった。でも、俺も考えたいんだ。俺からの返答は、その後からでもいい?」


 真玄は呆れており、一呼吸をおいてから話す。


「別にいいけど。いつ頃、その返答を貰えるの?」

「それはわからないけど。今週中かな」

「今週中って、もう少し早く返答してくれないの?」

「でも、なんでそんなに急いでるの? 何かあるの?」

「別に何も……」


 彼女は、真玄から視線を逸らし、疚しい表情になる。


「だったら、今週中でもいいよね?」

「いいけど……できるだけ早く返答してよね」


 杏奈は不自然な感じに真玄の事を急かしている。

 怪しい感じもするが、また彼女と付き合ってもいいのだろうか。


 再度付き合って、実は嘘でしたといった感じに振ってくる場合もある。

 信じてもいいかはわからず、慎重に考えてから返答しようと、心の中で強く誓うのだった。




 杏奈との会話は一〇分ほどで終わり、真玄は空き教室から解放された。

 朝っぱらから大変である。


 真玄は通学用のリュックを背負ったまま、校舎の廊下を歩いて、いつもの教室へ向かって歩いていたのだ。


 学園の美少女というのは、四人いる。

 一人は南沢杏奈。

 二人目は咲間留美。

 三人目は、同学年の子だったはずだ。

 最後の一人に関しては、三年生だったと、真玄は記憶していた。


 学園の美少女はつい最近決まったばかりで全員の事は知らない。

 杏南と留美とは関わったことはあるが、他の二人とはクラスも違い、接点もないのだ。


 学園の美少女というだけで、他人からの目線も変わる。

 杏南のように性格的に問題があっても、外見的な魅力があれば評価されたりもするのだ。


 実際のところ、杏奈は運動神経が良く、その部分が評価され、他人から選ばれたのである。


 杏奈にも良い部分は沢山あるのだ。

 彼女は水泳が得意であり、小学生の頃から水泳をして多くの大会で優勝を収めてきた過去がある。

 物凄く水着が似合う子でもあり、真玄はそんなところに惹かれたのだ。

 ただ見た目的な事だけではなく、付き合っていた頃は、真玄は彼女の事をサポートしていた事もあった。

 あの頃は、本当に楽しかったと思う。

 彼女も本当は普通の子なのだ。


 絶対的に悪い子ではない。

 いきなり振ったのにも、何かしらの理由があるかもしれないが、真玄はまだすんなりと受け入れる態勢は取れていないのだ。


 付き合うというのは、青春時代を大きく左右するイベントであり、寄りを戻すかどうかはもう少し考えたいと思う。




 真玄は教室に到着すると、教室内には殆どのクラスメイトが登校していた。

 まだ朝のHRが始まる前であり、担任教師もいない。


 真玄は机の横にリュックをかけ、自身の席に座る。

 隣の席には竹内優芽たけうち/ゆめがおり、真玄は簡単に挨拶しておいた。


「そういえば、真玄はどこに行っていたの? 私よりも早くに家を後にしたのに」

「ちょっとな。色々だよ」


 真玄は言葉を濁しながら返答した。


「そう? でも、何かあるなら相談にのるけど?」

「そんな大した事ではないけど。後で何かあったら相談するかもな」

「わかった。後でね。でも、嫌な事は自分の中で抱えない方がいいよ」

「そうだな、ありがと」


 真玄はため息交じりに言葉を切り返す。


 優芽と会話していると、怠そうな態度で女性の担任教師が教室にやって来たのだ。先生は普段から教員はブラック企業並だと言っていた。むしろ、それが口癖でもあったのだ。

 先生の存在に気づいたクラスメイトは自身の席に座り、朝のHRが始まるのであった。

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