第14話 ルチアーノからの状況説明
マリオがまだ復活しないそばで、ギルドメンバーは早々と朝食を終える。
ジーナが食後のコーヒーをみんなに配ると、ルチアーノがうまそうにカップに口をつけた。
「さて、そんじゃ今日の仕事についてだが」
「待て、おれはまだ飯食ってない」
「てめえは飯抜きだ、マリオ。おれにドロップキックかましといて、うまい飯が食えると思うな」
コツンと頭を殴られる。
「てめえら、今日のオーダーを伝えるぞ。ジーナとグラスはシマの見回り。
エルマはいつもどおり酒場を回せ、マリオはその手伝いだ。以上、解散」
「……は? いや、ちょっ、待てよ」
自分以外の三人がそれぞれ仕事の準備にかかるのをよそに、マリオは慌ててルチアーノに聞き返した。
「ボス、仕事って……そんだけか?」
「おう、そんだけだ」
そんなわけがない、いいわけがない。
「……《中鬼の矛鎚》のことはどうなるんだよ」
昨日、マリオは《狼の血族》の看板を背負って、《中鬼の矛鎚》のナンバー2であるオルク・ビアードと悶着を起こした。向こうはこれで《狼の血族》と抗争を起こすきっかけを得たのだから、早ければ今日にもこちらに攻め込んでくるはずだ。《狼の血族》のシマを奪い取ろうとしてくるか、もしくは直接こちらのメンバーの首を狙ってくるか。向こうがどのような出方をしてくるかわからないが、こちらもそれなりの対応を心がける必要があるはずだ。
にもかかわらず、ルチアーノが揉め事の張本人であるマリオに下した命令は、酒場で客の相手をしろというものだけ。
「……おれが抗争の引き金ひいちまったんだろ」
「おう、大したことやってくれたもんだぜ」
事の始まりはそもそも《中鬼の矛鎚》の子分格であるギルド――《小鬼の大槌》とマリオが些細なことでトラブったことだった。が、今や話はこじれにこじれている。
「まあ、いずれはこうなってたんだ。マリオ、ちょいと座れや。ついでだから、てめえにもこの街の冒険者ギルドと、おれたち《狼の血族》のことについて話してやろう」
ルチアーノは煙草に火をつけて一服してから話し始めた。
「冒険者ギルドってのは、もともとは魔物を狩るために作られた集団だったんだがよ、そもそもが血の気の多い連中の集まりだからな。最初はこのベガスの街で商人や住民と持ちつ持たれつでうまくやってたんだが、次第にそれがうまくいかなくなった」
当初、武器を持った暴れん坊たちはそれぞれで徒党を組んで、魔物たちを狩っていた。彼らは自分たちの組織に、強く凶暴な魔物の名前をつけて武勇を轟かせ、街の人々をその手で魔物から守ることに誇りと仁義を持っていた。
だが、この新大陸の魔物から獲れる素材の取引には大金が動いた。目の前を行き来する金貨の山や札束はあまりに眩すぎた。
「狙った獲物の取り合いとか、いい狩場の奪い合いもあったんだろうな。冒険者ギルドの間での争いがちらほら出てくるようになっちまった」
毎日、魔物と血塗れになって命のやりとりをしている者たち同士の争いは壮絶だった。刃物を持っての脅し合いから始まり、次は闇夜での不意打ち、魔法での拷問、果ては往来での殺し合い。
「だいたいよ、今でもそうだが、ベガスの街じゃ一番の武力を持ってるのが冒険者たちなんだ。いい装備は持ってるし、魔物との殺し合いで喧嘩に慣れてるから、街の警察なんざ雑魚みたいなもんよ。冒険者同士の抗争を止められるやつがいねえのもしょうがねえ」
治安の抑止力がないことで、その抗争のやり口はさらにえげつなくなっていく。
敵対するギルドメンバーの家族を襲うことはまだ序の口。彼らは自分たちの勢力を広げるためになんでもやった。
商人たちを脅し、いい値で素材を引き取らせた。従わなかったり、他のギルドについた商人は徹底的に傷めつけた。
この街に初めて議会ができたときは、自分たちの中から議員候補を立候補させた。そして、自分たちに都合のよい法律を作った。
警察は街の住民を守るための組織ではなかった。それは冒険者ギルドに飴と鞭で操られる連中の集まりであり、公的な立場をいいように使って住民を苦しめる組織だった。
もっとも、そんなことばかりしていてはこの街から人がいなくなってしまう。彼らは自分たちに従順な者には寛容な態度をとった。
媚を売ってくる商人のバックについて、彼らの商売敵を潰した。冒険者ギルドと各商会は結託して、この新大陸から旧大陸に魔物の素材や、植物、鉱物を輸出して莫大な金を稼いだ。
街の住民からは税をほとんどとらなかった。そのかわりに街に賭博場や売春宿を作り、金を湯水のように使わせた。金が足りなくなれば高利貸しや闇金でいくらでも貸した。借金が返せない者には、娘や息子を売らせた。そういった子どもたちは売春宿で消耗品のように使い回した。そういった被害に合うのは基本的に経済力を持たない、街での立場が弱い人間だったので、文句を言える者など誰もいなかった。逆に、金や権力を持っている富裕層や有力者は、冒険者ギルドが提供するさまざまな楽しみにふけった。冒険者たちにとって、これらの商売は魔物の狩りと同じくらい重要な収入源になった。
彼らは敵対するギルドにも同様のやり方をとった。
逆らうものは潰す、あるいは従わせて下につける。《小鬼の大鎚》と《中鬼の矛鎚》のような関係だ。上の者は下のやつらから上納金をとる代わりに、下は上の虎の威を借りてさらにその下から搾り取る。
「あいつらみてえにギルドとギルドが手を組む関係を、ギルドグループっていうんだ。あいつらは《悪鬼》のギルドグループってとこだな。ほら、小鬼と中鬼ってことで悪鬼。わかりやすいだろうが」
ということは大鬼もいるのかと、マリオは聞きたくなったが、ルチアーノの話はまだ続いていた。
「マリオ。てめえ、ジーナから五年前のこと聞いたんだろ」
「……ああ」
五年前、《狼の血族》ドン・ルチアーノは信頼していた弟分に裏切られ、仲間とシマを失った。その体の自由も。
ルチアーノは焦点の合わない瞳でどこか遠いところを見つめつつ、片腕だけで新しい煙草にまた火をつけた。
「おれは昔からこの街で冒険者がハバきかせてんのが気に入らなくてよ。若え頃にはずいぶんなムチャもやったが、それもこれも冒険者の仁義ってのをわきまえてたからだ。冒険者は魔物から街の衆を守って、カタギさんはおれたちに落ち着く場所を与えてくれる。それがこの世の道理ってもんだ。それを手下どもにわからせたかったんだが……弟分にすらわかっちゃもらえなかったってのはさすがにショックだったぜ」
「……」
「そんな顔すんじゃねえよ。もう済んだ話だ」
押し黙ったマリオを見て、ルチアーノはふっと笑った。
「この五年間、おれもくすぶってたけどよ、またおれに火をつけてくれたのはおめえだぜ、マリオ。見ず知らずの煙草屋のバアさん助けるために体張ったのは立派なもんだ」
「あれは別に……ジーナがやつらに突っ張ったからだ。あいつには一応この街に連れてきてくれた借りがあったし、借りは帰さなくちゃ気がすまねえから……」
「それでも、だ。おめえはまだガキだが見込みがある」
「ねえよ。おれ、ボスみてえに立派じゃねえ。前いたとこじゃ、弱いやつからいろいろ搾り取ってた、この街のバカと変わらねえクズだ」
生きるために、自分が楽しむために、なんでもやった前世を思い出してマリオは吐き出すように言った。が、ルチアーノはしっかりと首を横に振った。
「おれの目はまともに見えなくても確かさ、マリオ。おめえは見込みがあるんだ。だから、昨日おれはてめえを殴った」
「……」
「しょうもねえクズなら、おれも殴らなかった。昨日のことはジーナにも責任があったからな。てめえが自分のことしか考えてなかったからって殴るまではする必要がながった。だが、おれはおめえを殴った。おめえにゃ本当の男ってのがどんなもんか叩き込んでやりたかった」
もう何度目になるだろうか。親が子にそうするようにルチアーノはマリオの頭に熱い手を乗せた。
「おれはおめえが気に入ってんだよ、ルーキー・マリオ。てめえみてえなイキのいいガキがやらかしたことの後始末なら、喜んでやらせてもらうぜ」
ルチアーノはそう言って、マリオの胸を拳でトンと叩いてきた。
「前々からうちのシマにちょっかい出してきた《悪鬼》のチンピラどもが、今度はおれっちの預かりであるおめえに手を出しやがった。こうなったら戦争よ。野郎ども、ただじゃおかねえ。マリオ、おめえは大船に乗ったつもりで安心しておれたちについてきな。おめえのことはこの《灰色狼》ルチアーノ様が守ってやるさ」
誰かに守ってやると言われたのは初めてのことだった。今までは周囲のやつらは自分から奪うか、勝手に自分の力をアテにしているかで、マリオのことを守ってくれる者など誰一人いなかった。
「……ボス」
「あん?」
マリオはルチアーノの瞳をしっかりと見て言った。
「おれ、あんたについてくよ」
守ってやる、なんて実の親にも言われたことのなかった異世界の男は、自分の親分にどこまでもついていくことに決めた。子分に決意を告げられたその親分は、その言葉に秘められた想いと重みを味わうようにゆっくりと煙草をくゆらすのだった。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、マリオ。親分冥利に尽きるってもんだ」
「でもよ、ボス。話は最初に戻るんだが、結局どうすんだよ。向こうは《小鬼の大鎚》と《中鬼の矛鎚》で手組んでんだぜ」
《小鬼の大鎚》はどうか知らないが、昨日の店での一件から察するに《中鬼の矛鎚》はそれなりの手練が多く揃っているようだった。無論、喧嘩で負けるつもりはないが、頭数が揃っているということはそれだけで脅威だ。ルチアーノのやり方に従うならば、《狼の血族》はたった五人で自分たちの身と、シマの住人の安全を守らなければならない。
「敵は何人いるんだ?」
「グラスの調べじゃ、《中鬼の矛鎚》だけで20人ちょいだったかな。おっと忘れちゃいけねえ、野郎どもの上にゃ、《大鬼の雷鎚《トロール・トールズ》》ってのがいてよ。ここのボスの《雷鎚》トマーゾってのが、おれと同じSランク冒険者なんだ。いやあ、あのガキも成り上がったもんだよなあ。魔武器の雷鎚まで手に入れちまってなあ。あっ、そういや、トマーゾにいつもくっついてた弟分のメイソンが《中鬼の矛鎚》のボスなんだよな。グラスの話じゃ、あいつは確かAランクの冒険者で――」
「……」
いろいろありすぎてすっかり忘れていたが、クピドさん占いボードの存在をマリオは思い出した。あの結果で、マリオはBランク、ジーナはDランクの強さと出ていた。
「……言いたかねえけど、ほんとに大丈夫なのか?」
「心配すんなって。グラスとエルマはAランクだぜ。楽勝楽勝」
「……ボスも姐御たちも体が悪いじゃねえか」
五年前のルチアーノの弟分との抗争のせいで、エルマは片目に眼帯をしているし、グラスは片足を悪くしている。ルチアーノにいたっては片手を失い片足はほとんど動かず、両目の視力はかなり悪い。話では、短時間の戦闘ならなんとか戦えるらしいが、長時間の継戦や移動を必要とする魔物狩りには今ではまったく出ていないという。
それにジーナの話では同じ冒険者ランクでも、体調やその場の状況によって実力差は簡単にひっくり返るらしい。ルチアーノは化物じみた強さだとは思うが、同じSランクのトマーゾ相手にどこまでやれるのだろうか。
「だいたい、おれを入れてたったの五人って……《小鬼の大鎚》だっているんだろ?」
「ん? いねえよ?」
「は?」
「ん?」
「いや、言ってる意味がわかんねえ。ボケたかジジイ。あのよ、今は《中鬼の矛鎚》が問題になってるけど、そもそもはおれと小鬼の連中がトラブったのが原因で……」
「だからよ、《小鬼の大鎚》ならもういねえって。とっくにおれたちが潰しちまった」
「……は?」
「一週間もおめえとジーナがフォレスト樹林に行ってる間に終わりさ。最初は穏便に済ませようとしたんだがなあ。向こうのボスのゴブラックってのが話のわからねえやつで……面倒だからおれとエルマとグラスで片付けちまった」
「……」
蝿が飛んでるから潰したといわんばかりの言い草に、マリオは頭を抱えて悩み始めた。
「えっ、ちょっと待てよ……ってことは、ん? あれ、なんで中鬼のオルクはおれをマトにかけたんだ?」
「喧嘩で弱えやつから狙うのは常識だろう。ま、あちらさんの見込み違いだったらしいが」
大口を開けて豪快に笑うルチアーノを無視して、マリオは考えた。
自分がオルク達に店に連れ込まれて狙われたのは、向こうが《狼の血族》との抗争のきっかけを得ようとしているからかと思っていた。だが実際は違ったらしい。
抗争はとっくに始まっていたのだ。オルクは狼たちの戦力を削ごうと、始めに見習い分であるマリオに喧嘩をふっかけてきただけに過ぎなかった。
「……あれ、おれ悪くなくね?」
マリオは今の今まで自分が抗争の引き金を引いたものだと思っていた。煙草屋のバアさんのトラブルに口を出したことでいざこざが始まり、昨日の風俗街での一件が完全にきっかけとなった、そう思って責任を感じていたのだ。
だが、ルチアーノの話をよくよく考えてみると、《悪鬼》のギルドグループはもともと《狼の血族》のシマに色目を使っていたというし、オルクたちとのトラブルに関しては、マリオはむしろとばっちりを受けた側だった。
マリオはルチアーノの言葉を思い返してみた。
後始末はつけてやる、大船に乗ったつもりで安心しろ、おまえのことは守ってやる。
素晴らしい台詞の数々だった。トラブルの原因である張本人の言葉でなければ。いや、一応マリオも原因でないとは言い切れないのだが、それでも何かが腑に落ちない。
「……ボス」
「お、なんだ? へへっ、てめえのボスのこと見直しちまったか?」
まったく悪びれずにものすごくいい笑顔を浮かべる自分のボスの顔を見て、マリオはこの男についていくという決断をわずかに後悔した。こちらのそんな考えもつゆ知らず、ルチアーノは一人陽気に話を続ける。
「ま、そんなわけでな、《小鬼の大鎚》のシマはうちのもんになった。ジーナとグラスにゃ、シマ内のシロウトさんたちに挨拶に行かせてる。だが、ホームもしっかりと守らにゃいかんからな。おめえはエルマと一緒にここでしっかり働けや。酒場の方の仕事を覚えるいい機会だしな。おれはちょいと別行動だ」
じゃあそういうことでな、とルチアーノは立ち上がると、ふらふらと外へと出て行ってしまった。
その場に残されるマリオはため息をついた。
「おれ以上にムチャクチャじゃねえか、うちのボスは」
「何わかったようなこと言ってんだい」
振り向くと、エルマが腰に手を当てて呆れたようにこちらを見ていた。グラスとジーナもさっき出て行っていたので、今はこの酒場に二人っきりだけだ。
「二人っきり……」
思わずゴクリと唾を飲んで、目の前のエルマを見つめる。マリオの姐御分は肩紐だけがついた黒のスリップドレス姿で、白い太ももはむき出し、胸元からは深い谷間が覗いていた。銀色の艶のある髪のサイドからはハーフエルフの特徴であるらしい、短く尖った耳が飛び出している。その豊満な体つきと異民族風の美貌は相まってなんとも言えぬ色気を漂わせていた。
「エルマ姐……」
「あん? どうしたんだい、気持ち悪い声出して」
「エルマ姐!」
エルマは得体の知れない恐怖に直面したかのように、びくりとエルフ耳を震わせ一歩あとずさった。
「な、なんだい」
「いや、ただ呼んでみたかっただけ」
エルマはじとりと変質者を見るようにこちらを睨んできた。
「……気持ち悪いこと言うやつだね」
「いや、おれ、姉弟がいなかったからさ。なんかエルマ姐みたいな人が姐貴分になってくれて嬉しくて」
ぴくっとエルフ耳が動いた。
「……ふん。なかなかカワイイことも言えるじゃないか。そうだねえ、その調子でしっかり私の言うこときくんなら何かご褒美をくれてやっても……」
「世の姐貴たちは弟におっぱい触らせてくれたり、優しくムスコをかわいがってくれると聞いてる」
「あん?」
「いや、ほんとエルマ姐が姐貴になってくれてよかったわ」
マリオはこのときのことを後にこう語る。
――もうホンマヤバイっ思いましたね。こうぶわーっなって風が来た思うたんですよ、ほんならぁ姐さんの足がこうぐわぁ! きてぇ、あっこれあり得へんって思うたときにはもう床に倒れてましたわ。あんな蹴りを弟分にぶっぱなすとか、もうかっっっんがえられへん!
マリオが目を覚ましたのはそれから数時間経ってからのことだった。目覚めてからも数十分、マリオはエルマの顔をまともに見ることができないくらい恐怖に震えていたという。
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