第10話 修行開始!
「さて、これで準備オーケーですね!」
「……この馬、死にそうになってないか?」
ジーナとマリオは北門のすぐそばにある馬屋に預けていたギルドの馬を受け取って、荷物を積み込んだ。二週間分の荷物を無理やり乗せられ、二人分の重量が加わった老馬はすでに疲れた様子だった。
「だいじょうぶですよ! これまでも気合いでがんばってきた子ですから、これからも根性で踏ん張ってくれるはずです!」
「おまえ、ときどき体育会系になるよな」
ジーナは都合よく耳が聞こえなくなったのか、マリオの言うことをスルーして馬を進ませた。その歩みは以前よりも確実に遅い。
マリオは着替えや食料、ロープその他必需品が詰まったバッグの他に、片手剣を腰にぶら下げ、ナイフを懐に入れていた。魔物の鋭い攻撃を防ぐ革ジャケットや鎧は揃わなかったが、それでも、その重量にジーナとその荷物を加えた重さは、老馬にとっては重すぎるほどだろう。
「フォレスト樹林まで二日で行けるかね」
「荷物の量が変わったくらいで遅くなる馬はこの世界ではいらないです。馬肉にしてやります」
「……」
急に馬は早足になったようだった。
「将来旦那をデカいケツに敷くタイプだな、こりゃ」
「えっ、何ですか? マリオさんが私の旦那さんになりたいですって? えー、やだなあ」
「どんどんおれに対して図太くなってくるな、おまえ」
やはり一度上下関係をはっきりわからせた方がいい気がしてくる。
ベガスの北門を出て、ときどき休憩をはさみながら、フォレスト樹林に向かって草原を北に進む。天気はよく晴れていて暑いくらいだったが、気持ちのいい風が吹いて湿度は感じられなかった。風が吹くたびに前にいるジーナのポニーテールがなびいてマリオの鼻をくすぐる。
「……ふぇ、ハ、ハックション!」
「何で私に向かって思いっきりくしゃみするんですか!」
「おまえがそんな髪型をしているのが悪い」
それからしばらく口論になって、結局マリオが前に乗って馬の操り方を覚えることになった。
「手取りナニ取り教えてくれ」
「自分で勝手に覚えてください」
ジーナ先生はスパルタだった。というか、放置プレイだった。
しかたがないので、ジーナの乗り方を思い出して手綱を握る。
「動物といえば、心での対話が必要だな」
体育会系の主人を持った哀れな馬の首を優しく撫でる。
「おまえもかわいそうなやつだな。こんなケツのデカい主人を持って」
同意するように、老馬の頭が上下に振られる。
「こういうケツのデカい女を乗せるっていうのは大変なんだろうな」
フンフン、と鼻息荒く老馬はうなずく。
「おまえもちゃんと権利を主張した方がいいぞ。まずは労働組合を作ってだな――」
「ちょっと。この子にそういう悪いこと教えないでください。あと、お尻が大きいって誰のことですか」
別に労働組合は悪いことではないと思うのだが、後ろからジーナがペシペシと叩いてきたので話はそこで打ち切られた。が、馬は心の内を理解されたかのように、元気よく歩を進めていった。
「一日でこんなに進むとは……」
「主人としての器の違いだろうな」
満天の星空の下で、ジーナとマリオはこの前と同じように焚き火を囲んでいた。今回はコカトリスはなしで、乾パンと謎の干し肉だけの夕飯だった。
「なんかコカトリスが懐かしく思えるのが不思議だ」
「でしょ? コカトリス最高ですよね?」
勢い込んでジーナが食いついてくるのが面倒だったので適当に流す。
「飯食ったらとっと寝よう。初めて手綱を握ったせいで疲れた」
「あっ、だったらこれを」
ジーナがバッグから取り出したのはコンニャクに似たプルプルとしたゼリー状のものだった。
「エルマ姐さんがこれをマリオさんに渡せって。伝言も預かってます――我慢できなくなったら一人で使えって……どういう意味でしょうね?」
エルマの意地悪そうな笑顔を思い出していると、不思議そうな表情をしたジーナに追加の品を手渡された。
「なんか、このヌルヌルした液体も渡せって言われたんですけど……これってスライムのゼリーとカラメルソースですよね? 我慢できなくなったらって――非常食とかでしょうか? エルマ姐さんは、マリオさんには渡せばわかるって言ってましたけど」
「……エルマ姐にはこう言っておけ」
「はい?」
「ありがとうございます、ってな!」
エルマ姐の心意気に感謝する。たぶん、あの豊満な体は何人もの男心を弄んだに違いない。二週間もいい尻をした女と一緒に過ごすことのハードルを、エルマはよくわかっていたのだろう。
「さすがはおれの姐御。よくわかってる」
「はあ……私にはよくわかりませんが、まあちゃんと渡しましたからね」
これで一週間を何の問題もなく過ごせそうだった。ジーナはよくわかっていないようだったが。
すっきりとした気分のマリオが次の日も馬の手綱を握り、ジーナはその後ろでその腰を掴みながら草原を進む。
「ジーナ、だいじょうぶかい? 辛くなったら言うんだよ?」
「……なんか、今日のマリオさんは紳士的すぎて気持ち悪いです」
その調子で順調に旅程をかせぎ、ベガスを出てぴったり二日でフォレスト樹林にたどり着く。
「おまえもよくがんばったな」
死にそうになっている馬の腹を叩いてやる。こいつのおかげで乗馬のコツはすっかりつかめた気がする。
「さあ、気合いを入れていきましょう! ここからは一寸先は闇、油断すれば首真っ二つの魔物狩りですよ!」
「っつってもなあ……」
これまでの間に、すでにジーナからフォレスト樹林についての情報を聞いている。
フォレスト樹林は広大な森で多種多様な魔物が生息している地域ではあるが、各ギルドによって縄張りは細かく分けられている。《狼の血族》のシマはその中の小さな一画であり、生息する魔物はほとんどがコカトリスという有様だった。
「コカトリスって、ゴブリンよりも弱いんだろ? おれ、もうハイゴブリン倒してるし」
「油断してはいけません! 魔物狩りは小さな石につまづいても――」
「首真っ二つなんだろ? だいじょうぶだって」
馬を森の外の灌木につないで、我が家のような気分でフォレスト樹林に入っていくと、ジーナはこちらの頭をペシペシと叩いてきた。叩きやすいのか、すっかり馴染んだ様子だった。
「姐貴分の言うことは素直に聞いてください! いいですか。確かにコカトリスはゴブリンよりも弱い魔物ですが、石化の魔眼とも言われるその視線は油断すると――」
「おっ、コカトリスだ」
森に入っていきなり、小川で水を飲んでいるコカトリス数匹に出くわす。見た目はニワトリそっくり。サイズがかなり大きいことと、その丸々とした体型、そして尻尾が蛇のそれであること以外はそのままニワトリの姿だ。
「気をつけてください! 石化の魔眼に睨まれると、体は金縛りにあったかのように――」
「なんだ、こいつら。おれにガン飛ばしてやがる」
群れで固まって、一丸となってこちらに視線を飛ばしてくるコカトリスを逆に睨みつけてやる。
コカトリスたちは金縛りにあったかのように動かなくなった。
「……」
「ジーナ、こいつら狩っていいのか?」
ジーナが黙ってうなずくので、公園の鳩にそうするように、コカトリスたちを蹴飛ばしていく。
「こいつらが一匹一万イェンか! ははは、ボロい商売だな!」
「……マリオさんのほうがよっぽど魔物に見えます」
ジーナが何か言ったような気がするが、気にせずコカトリスたちを蹴飛ばし、その首をギュッと締めていく。たちまち五匹のコカトリスが手に入った。
「これで五万イェンか。冒険者ってのは、楽な商売だな」
いい気持ちでそう言うと、ジーナは諭すように首を振ってきた。
「マリオさん。確かにコカトリスはシロウトさんがやってくるには危険なフォレスト樹林の魔物。ですから、商会に卸せば一匹最低一万イェンで買い取ってくれます」
「だろ? だったら――」
「ですが、一度にベガスに持ち帰れる獲物には限りがあります」
「えっ。いや、だっておまえさっきまで――」
荷物を積めない馬は殺してしまえ的なことを言っていた気がする。
「常識で考えてください。生活魔法スキルのフリーズ魔法だって万能じゃないんですよ。一度に保存できる量には限界があります。それに、あまり狩りすぎてしまうと、うちのシマのコカトリスたちはさっぱりいなくなってしまいます」
「……常識?」
納得いかない。言葉や暦が一緒のこの世界で、どうして運搬方法や魔物の生態系のことまで考えなければならないのか納得いかない。RPGならば、重量無制限、魔物狩り放題、アイテム売り放題だったはずだ。
「まったく、これだからシロウトさんは困ります」
「……」
ジーナが腰に手を当ててわざとらしくため息をつく。思わずプルプルと震えるが、なんとかこらえる。
「いきなり五匹も狩ってどうするつもりなんですか? 燻製肉にするのだっていろいろと準備が必要なんですよ。」
ふうっとまたため息をつくジーナ。その様子に一瞬頭の血管がキレかかるが、ぐっと我慢する。
「まあ、まずはこのコカトリスたちをさばいて、食料を確保しましょう。ご飯はいくらあっても困りませんから。マリオさんは魔物のさばき方を覚えてください。その後は拠点を確保して、余裕があったら魔法の練習もしましょう」
魔法の練習!
その言葉でジーナへの反感は一瞬で消えた。憧れの魔法スキル。真っ黒なロープを着て、知略を張り巡らせる魔術師。誰も知らない世界の理を導き出し、最強の魔術師への道を歩き出す自分。
燃えてきた。
「うっす、ジーナ姐さん! 自分、何でもやります!」
「……なんか、いきなり態度が変わると怖いですね」
ジーナに教わりながら、コカトリスの首をギルドお下がりのナイフでかっ切って血を抜く。予想していたより嫌な感じはしない。それよりも自分のものになったナイフを扱えることの方が嬉しい。血抜きを十分に終えると、ジーナが沸かした熱湯にコカトリスを漬けて、羽を抜きやすくする。面倒な羽抜きを終えた後は、もも肉のあたりから皮と肉の間にナイフを入れて、コカトリスをそれぞれの部位に分けていく。ドラム、ウイング、サイ、リブ、キール、そして内蔵。
「ケンタッキーを思い出すな」
「ちゃんと手を動かしてください」
「……うっす」
一匹をさばき終えると、二匹目からは作業スピードが上がった。
「意外と手際がいいですね」
「料理はできないが、刃物の扱いは得意だ。特に肉をさばくのには慣れてる」
「マリオさんがそう言うと不穏に聞こえます」
それでも四匹をさばき終える頃には、慣れない作業に汗をかいていた。
「まあ、生活魔法のカッティング魔法を使えば、一瞬で同じことができてしまうんですけど」
ジーナが呪文を唱えて残った一匹に手を向けると、他の四匹よりもきれいにバラバラにされたコカトリスの肉が現れた。
「……てめえ」
「えっ、いや、怒らないでください! カッティング魔法はさばき方を心得ていなければ覚えられない――」
「知るか! さっさと魔法を教えろ!」
「わかりました! わかりましたから、ほおをひゅねるのはひゃめて!」
頬をつねるとジーナは降参したように手を上げた。
「さて。本来ならば拠点の確保が先なのですが、マリオさんがどうしてもというので、ジーナ先生の魔法講座から始めましょう」
「拠点の確保は心配するな。テントを張るのには慣れてる」
「そもそも魔法とは何かについてですが――」
「ガン無視かよ」
ジーナが構わず続けるので、小川のせせらぎをBGMにして黙って話を聞く。
この世界の人間や動植物は全て生命エネルギーを持っている。それはマナと呼ばれ、体中を巡り覆っている。このマナを特定のイメージに変化させて体外に放出するのが魔法である。
「といっても、全ての人が魔法を使うのに十分なマナを持っているわけではありません。マナは訓練によって増えますが、それでも魔法を使うイメージの修行にはある種の才能が必要ですから、魔法というのは特殊技能なんです」
魔法に必要なのはマナと、それを変質させるイメージだけである。
「ですから、魔法を使うのにどうしても呪文が必要というわけではないんです」
「じゃあ、なんでおまえは魔法を使うのにいつも呪文を唱えてるんだ?」
「その方がかっこいいでしょ?」
「……」
「あっ、ウソですウソ――やめへ! ほおをひっひゃるのはやめへ!」
柔らかい頬をぐねぐねとこねくり回してやると、ジーナは真面目に説明を再開した。
確かに呪文は必要というわけではないのだが、魔法のイメージに集中するために多くの者が呪文を活用している。
「やってみればわかるんですけど、雑音とかの中で自分のマナの形を変えるのって、すごく大変なんです。精神を一点に集中するのに呪文というのはとても効果的なんですよ。人によっては自分の世界に入るためのオリジナルの呪文も持っています」
「能書きはもういいから、さっさとやり方教えろよ」
設定などどうでもいい。
「マリオさんは見た目通り、理論より実践派ですね」
「遠回しにバカにされてる気がする」
「そんなことありませんよ? では、まずは生活魔法のライター魔法からやってみましょう。生活魔法だからといってバカにしてはいけません。覚えればかなり便利ですし、攻撃魔法や防御魔法に必要な基礎が詰まっています」
確かに指先から火を出したり、飲料水を確保したり、肉を切り冷凍するのはかなり便利だ。
「それでは目を閉じて呼吸を整えて……大きく息を吸って、吐いて……そうです、その調子です。体の中を巡る血液を感じてください。それと一緒にマリオさんの体を動かしている力を感じ取って。それがマナです。それを指先に集めながら熱するイメージを――そしてマッチを点火するように一気に火を点けるのです!」
「できるかボケ!」
マナってなんだ。なんだ、その不思議超能力は。
そんなもの、簡単に感じ取れたら苦労はしない。
「なんかもっと簡単な方法ないのか。スキルポイントを割り振るとか、魔術書を読んでまともな呪文を唱えるとか」
「言っている意味がわかりませんが、マリオさんに根気がないのはよくわかりました」
ジーナが面倒臭そうにため息をつく。
「もっと根性入れてがんばってくださいよ」
「やってられるか」
匙を投げる。
「ライター魔法覚えるより、ジーナを持ち歩く方が楽だ」
「私はマッチじゃありませんよ。しょうがないですね――」
突然、ジーナはマリオの手を取って自分のお腹に押し当てた。柔らかくも、引き締まった感じが手に伝わる。
「何やってんだ、痴女」
「痴女じゃないです! これはマナを感じ取る練習なんです! いいですか。私が今からマナをお腹の辺りに集めます。マリオさんはそれを感じてください――って、何やってるんですか! お腹をプニプニするのはやめてください! ……くすぐるのもやめてください!」
楽しくて気持ちがいいのでジーナのお腹を撫でくり回す。直で触りたくなってしまうが、ぐっと我慢する。
が、マリオのムスコは我慢できずに興奮していた。ムスコはこの世界に来てからずいぶんと興奮しやすくなっているようだった。
「……おっ?」
ムスコに流れる血液がわかる。ムスコに送り込まれる体の力の流れが感じ取れる。
「もしやこれは……」
これがマナというやつだろうか。
直感に導かれるかのようにして、ムスコに集められる力を熱くしていく。そうして蓄えられた熱が限界に達したと感じたとき、マリオは叫んだ。
「《ライター》」
革パンの中でムスコが火を吹いたのがわかった。たちまち革パンがカイロのように熱くなった。
「って、熱いッ! 焼ける! ムスコが焼ける!」
「……何やってるんですか。バカじゃないですか」
小川に飛び込むマリオをジーナが冷めた目で見ていた。
「いや、違うんだって! 今、ライター魔法できたんだよ!」
「初めてでうまくいくわけないじゃないですか」
「マジだって! もう一回やってみせるから!」
だいじょうぶだ。魔法を扱うということがどんなことか今ではよくわかる。自転車に一度乗れたら絶対乗り方を忘れないのと一緒だ。
マリオは革パンを脱いで下半身をさらけ出した。
「だからなんで脱ぐんですか!」
「いいからちゃんと見ろって! 今からすごいの出すとこ見せてやるから!」
「何を出すんですか! やめて近寄らないで! やだ、犯される! 化物級に犯される!」
「ちげえよ! 何もしねえよ! ただ見てほしいだけだって!」
「こんなかわいい子を前にして何もしないで見せるだけって変態ですか! 初めて会ったときからそうだと思ってましたけど、やっぱりショックです!」
「何さり気なく自画自賛してんだコラ」
ジーナがキャーキャーうるさいので、しかたなく革パンを履いた。ちなみにジーナは顔にかざした手の隙間からしっかりとこちらを見ていた。やはり淫乱である。
「しかし、このままでは……」
自分はムスコからしか魔法を出せなくなってしまうのではないだろうか。
ムスコの先から出る魔法の火。ムスコの先から出る飲料水。ムスコの先から迸る攻撃魔法。
ブラブラさせながら戦う魔術師マリオ。その姿と見たこともない魔法の使い方は確実に歴史に名を残すだろう。
「イヤだ。確かに魔法は使えてるけど、こういうのはおれの思ってた魔術師じゃない」
違う杖の先から魔法を出してどうするのだ。
「……真面目に練習するか」
ジーナが引くくらいの勢いで必死にがんばっていたら、その日の夜までには指先からライター魔法を出せるようになっていた。
「初歩の生活魔法とはいえ、たった一日で出せるようになるなんて……」
「天才だろ?」
ジーナが複雑そうな顔をした。
「……変態のくせに。ですが、確かにマリオさんから感じられるマナはすごいですね。変態だから生命エネルギーに溢れてるのかなあ。マナの量だけなら、エルマ姐さんやグラスさんよりあるかも……」
さり気なく毒を吐かれている気がするが、あの二人よりマナの量が上だというのは嬉しい。
「まあ、マナエンチャントのスキルはエルマ姐さんたちの方が絶対にすごいですけどね。マリオさんでもあれには敵いませんよ」
「マナエンチャント……?」
また知らない単語が出てきた。
「えっ、マリオさん、もしかしてマナエンチャントも知らないですか?」
ジーナが信じられないといったように見てきた。
「は? いや知ってるわボケ」
「思いっきり目が泳いでますよ。それにしれもマナエンチャントも知らないなんて……あれだけ天才だ、自分の方が上だと言っておきながら……ぷっ」
「……」
「いや、失礼しました。決してバカにしているわけでは……ぷぷっ」
こらえきれないといった様子で笑いをこらえるジーナだが。
「逆に言えば、おまえはマナエンチャントも知らないおれにランクで負けてるわけなんだが」
「……さて、マナエンチャントについてなんですが」
ジーナはこちらの言うことを都合よくスルーして、勝手に説明を始めた。
それによれば、マナエンチャントは自らのマナを活用するスキル全般のことをいうらしい。体内に流れているマナを使えば、自分の体全体を覆って防御力を上げたり、逆に手足の一点に集中して攻撃力を高めることもできる。それだけでなく、マナエンチャントは武器や鎧などの装備品にも使うことができる。
「グラス兄ィのナイフが壁に突き刺さったのはそのおかげか」
あまりにファンタジーっぽい世界のせいで疑問に思わなかったが、普通に考えればナイフがレンガ壁に突き刺ささるなど普通は無理だ。
「エルマ姐さんのワインの調合にもマナエンチャントが使われていましたよ。わかりませんでしたか? ワインと薬剤を混合させるときに、エルマ姐さんは自分のマナも一緒に込めていたんです」
魔法薬の調合にもマナは必要ということらしい。
「エルマ姐さんはマナエンチャントに関しては凄腕ですから、魔法も錬金術も一流ですよ。マリオさんのはるか先を行っています」
ジーナの言い方に一つ疑問が浮かぶ。
「そういや、マナエンチャントってマナを活用する技術のことをいうんだろ? 魔法もマナを使ってるけど、マナエンチャントと魔法ってのは違うのか?」
「厳密に言えば、魔法はマナエンチャントの技術の一つということになっています。自分が作り上げたイメージに対してマナを付与するわけですから」
「なんかゴチャゴチャとこんがらがっててめんどくせえな」
「マリオさんのために説明してあげてるんでしょ!」
そういえばそうだった。説明しているときのジーナがなんとなく上から目線だったので、話の内容よりもそちらに気を取られていた。
「まあ、マナエンチャントだとか、魔法の仕組みとかについてはもう十分だ。喧嘩の勝ち負けには関係ねえよ」
「……何聞いてたんですか? マリオさんにはこれから二週間、身体能力強化のマナエンチャントを修行してもらいますよ」
「は?」
「いいですか。マリオさんのマナの量は確かにすごいですが、せっかくのそれを十分に活用できていません。マリオさんは垂れ流しになっているんです」
「汚いものを漏らしたみたいに言うなよ。下品なやつだな」
お洒落な冗談に腹を立てたのか、ジーナは割と本気っぽい蹴りをかましてきた。
その蹴りは鋭かったが体重が乗っていなかったので、マリオはかわすことなく受け止めようとするが――。
「おっ?」
予想外の威力に押されてひっくり返りそうになってしまった。尻餅をつくこちらをジーナは真剣な顔で見下ろしながら言った。
「甘く見てましたね? これがマナを込めた蹴りの威力ですよ。男性よりも筋力が劣る女性が冒険者として活躍できているのはこれが理由です」
「……」
「もう一度言います。マリオさんは体内からマナを垂れ流しにしていて、体全体に留めることができていないんです。この防御技術は強力な爪や牙を持つ魔物と戦う冒険者にとっては必須です。まずはこれができるようになってください。その後の訓練はマリオさんがどんな装備を選択するのか――剣で戦うのか、拳で戦うのか。動きやすい革ジャケットを着るのか、重く堅い金属鎧を着るのかによって変わってきますが、まずは純粋に自分の肉体にマナを付与することからです」
ジーナの蹴りによる痺れが今も手に残っていた。ぐっとその手を握り締める。
「一日でものにしてやるよ」
「そんな簡単なことじゃありませんよ?」
呆れるジーナだったが、マリオにはムラムラと湧いてくる自信があった。根拠のない自信というわけではなかった。
ニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを浮かべるマリオを、ジーナは不安そうな面持ちで見ていたのであった。
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