第6話 《灰色狼》ドン・ルチアーノ・ウルフルズ

「ここが《狼の血族》のホームです」

「……金色狼の宿?」


 マリオは目の前に掲げられた看板のかすれた文字を読んで首をかしげた。

 金色狼の宿は煙草屋から少し歩いた先の裏路地にあった。歩いてきた狭い通りでは人が肩を避け合うようにして行き交っているが、日の光が差さないこの裏路地には誰も注意を払っていない。そんな中に《狼の血族》のホームだという、黒ずんだレンガでできた小さな建物はひっそりと佇んでいた。


「ここって酒場じゃないのか?」


 金色狼の宿の前にはワインの空き瓶が入った木箱や空の樽が置かれ、すえた酒の臭いが漂っていた。


「五年前から狩りの稼ぎだけじゃ食べていけなくなって、酒場も始めたんですよ。来てくれるのはここらへんに住んでいる人だけですけどね」

「金色狼ってのは……」


 マリオがジーナの金髪に目を留めると、ジーナは恥ずかしそうな顔をした。


「お父さんが店の名前を決めたんですけど……たぶん私のことです」

「ふーん」


 適当にうなずいて、丈夫そうな木の扉に手をかける。ついさっきトラブルの種を自分で抱えてしまったばかりだから、さっさと《狼の血族》のボスに会って、面倒なあれこれを一気に片付けてしまいたい。


「ちょっと待ってください。中に入る前に聞きたいことがあります」


 振り返ると、ジーナは思いのほか真剣な顔をしてこちらを見つめていた。


「なんでさっきおばあちゃんを助けたんですか?」


 突然投げかけられた質問にマリオはあっさりと答えた。


「実はおれにもかわいい孫がいるんだ」

「マリオさん、いったい何歳ですか! 私とほとんど変わらないじゃないですか!」


 ジーナは息の触れ合う距離にまで顔を近づけてきた。


「真面目に答えてください」

「……ま、そんなことどうだっていいだろ」


 ジーナがまた何かを言おうとして口を開いたが、マリオはそれに構わず金色狼の宿の扉を押し開けた。

 中は特に変わったところのない普通の酒場だった。右手にテーブル席、左手に色とりどりの酒瓶が並べられたカウンターがあり、その前にはスツールが数脚置かれている。それだけでいっぱいになるほど小さい場末の酒場だ。

 内壁は赤茶色のレンガで組まれているが、壁には何もかかっていない。日光が差し込まないせいだろう、まだ夕方にもなっていないというのに天井からぶら下がっているランプには灯りが入っており、店内を橙色の光で照らしていた。

 日中だからか、中には客も店員もいなかった。が、そのどちらにも見えない初老の男が一番奥のテーブル席でこちらに背後を向けて座っていた。その傍らには古ぼけた一振りの剣が置かれている。


「ええと、この名刺はセリナちゃんで、こっちのがナージャちゃん。こっちのは……ああクソッ、この役立たずの目ン玉め! 大切なお姫様たちからの名刺だってのに、ロクに読めやしねえ」

「あの……お父さん? お客さんなんだけど……」


 マリオの後ろからジーナが声をかけると、老人は振り返りもせずに声を張り上げた。長年大声を出して人を動かしてきた人間の、張りのある声だった。


「ジーナ! 帰ったか! ちょうどいい、こっち来てこいつを読んでくれ。馴染みの店のお姫様たちからの名刺を整理してんだが、全く読めねえ」

「お父さん! お客さんだってば!」

「おっと、そいつはすまねえ。だが、まだ酒を飲む時間にはちょいと早え。それとも何かい」


 老人はくるりと椅子を回してこちらを振り返った。


「あんた、金色狼の宿じゃなくて、《狼の血族》に用があるってわけかい?」


 マリオはジーナの父の姿を見て軽く息を飲んだ。それは珍しいことだった。


 《狼の血族》のギルドマスター、《灰色狼》ドン・ルチアーノ・ウルフルズ。


 ジーナの父であるその男には右腕がなかった。後ろ姿からもそれはわかっていたから、それには驚かなかった。ルチアーノは白髪混じりの灰色の髪を短く刈って、気取らない黒ズボンと白いボタンシャツ、その上に黒のジャケットを羽織っている。右の袖は肘から先がだらりと垂れていた。くつろげたシャツからは日に焼けた肌と白い傷跡が見え隠れしている。顔はまるで長年風雨の下で群れを率いてきた狼のようで、落ち着いた威厳と相手を包み込むような温かさがある。

 だが、マリオが息を飲んだのはそれらの外見が理由ではなかった。ルチアーノは濃い青色のサングラスをかけていたが、その奥で細められた瞳は明らかに焦点が合っていない。にもかかわらず、そこから発せられる強い光にマリオは心を奪われていた。こんな目をする人には会ったことがない。それは不思議な強さを持つ瞳だった。


「すまねえけど、ちょいと前から目を悪くしちまってな。片腕もねえし、足腰だって夜のベッド以外じゃ具合が悪い。兄さん、ちょっとこっち来てくれるか」


 マリオは引き寄せられるようにして老人のそばに寄った。


「おうおう、もうちょいとこっちに……そう、もうちょい。おう、悪いな。汚え手で悪いけど、顔を触らしてくれ。近頃じゃ、そうでもしなきゃ人の顔がわからん」


 熱く固い手のひらがマリオの顔を包んだ。このジイさんが触っているのはおれの顔だけじゃない、とマリオは思った。


「いいツラしてんな、兄さんよ。男の顔だ。男にモテる男の顔だ」

「……やめてくれ。まったく嬉しくない」

「はっはっはっ、そう言うな。女にモテるのは簡単だが、男にモテるのは簡単なことじゃねえ。最近じゃ、そういう本当の男は見なくなっちまった。どれ、こっちの方はどうだい」


 突然ルチアーノの大きな手がマリオのムスコをがっちりとつかんできた。


「……」

「へっへっへ、いいモノ持ってやがる」

「ジーナ! おまえの親父はホモだ! どうやっておまえは生まれてきた!」

「あ、すいません。言うの忘れてました。実は私、養子でして。お父さんとは血がつながってないんですよ」


 ジーナが軽く事情を話すそばで、ルチアーノはまだこちらの大事なモノを触っていた。


「ジーナは捨て子でな。赤ん坊の頃に、《狼の血族》の当時のホームの前に捨てられてた。他にどうしようもねえから、おれが育てたってわけよ」

「……人のムスコを撫で回しながら、そんな重い話をしないでくれ」

「おっと、すまねえ。まあ安心しな、おれっちはバリバリまっすぐのストレートよ」


 やっとムスコは解放された。


「いいモノ持ってるっつったのはな、おれを前にしてもまったくビビってねえってことだ」

「……風俗店の名刺の整理を娘に頼むジイさん相手に、なんでビビらなけりゃならない」

「いや、なに。それならそれでいい」


 ルチアーノは含みのある笑いをした。なんとなくやりづらいジイさんだ。


「さて、兄さん。何かお困りかい。シロウトさんにゃ見えねえが、この《灰色狼》ルチアーノ。スジさえありゃ、手ぇ貸すぜ。つっても、いくら頼まれようが金積まれようが、カタギ泣かせる真似だきゃできねえがよ。そんなことすりゃ、てめえでてめえを破門せにゃならん。はっはっはっ!」


 《狼の血族》のギルドマスターの声は、ランプのぼんやりと暖かい灯りに照らされる酒場で陽気に響いたのだった。


「……というわけで、マリオさんはもともと何かにお困りだったようなんだけど、私がさらに《小鬼の大鎚》とのトラブルに巻き込んでしまったんです」

「なるほどねえ」


 ジーナが一人で狩りをしていたとき、マリオと森で会ったことからここへ来るまでにあったことを話すと、ルチアーノは左腕だけでテーブルに頬杖をつき、サングラスの奥の目をつむりながら考えこむように言った。


「……つまり、おれの娘とこっちのマリオってのが、二日間一緒にいて良い仲になったってわけだな。やったじゃねえか、ジーナ。おめえもついに女になったな。いやあ、おめえを正式な構成員にしなかったのはやっぱ正解だったぜ。これで足洗ってカタギになりな。若え娘が冒険者なんぞやるもんじゃねえ」

「お父さん、何聞いてたの!」


 椅子を蹴って立ち上がったジーナに、ルチアーノは片目だけ開けて不思議そうに言った。


「あん? だって、おめえ言っただろ。マリオの兄ちゃんは全裸だったって」

「そうだったけど! 確かに全裸でブラブラさせてたけど! 百人は入れそうなでっかいテント張ってたけど!」

「……やっぱり見てたか」


 このムッツリめ、と思いながら口を開くと、ジーナはこちらをきっと睨んできた。


「マリオさんは黙っててください!」

「客人の前でそう怒鳴るもんじゃねえよ、ジーナ」


 ルチアーノは片腕だけで器用に煙草を口にくわえると、魔法なのだろう、指先から小さな火を出してつけた。ルチアーノは深々と吸って紫煙を吐き出した。


「そうカッカすんな。トラブルのことならなんとかなる」

「ッ! なんでそんなに呑気なんですか!」


 ジーナの金髪のポニーテールは荒馬の尻尾のように逆立った。


「《小鬼の大鎚》と戦争になるかもしれないんですよ! あのおばあちゃんにだってきっと迷惑がかかります!」

「おれはカッカすんなっつったんだ」


 ルチアーノが穏やかな瞳でジーナの方を見た。人の顔さえはっきりと見えないはずのその目はジーナの心にしっかりと向いているようだった。


「おめえがこうなった責任を感じてんのはわかる。だが、おれはよくやったって言いてえ。《小鬼の大鎚》は前々からうちのシマに気があったんだ。遅かれ早かれこうなってたさ。何はともあれ――」


 ルチアーノはまた煙をふっと吐き出した。


「まずはシロウトさんの安全を守るのが先だ。ジーナ。グラスが今商会の方に行ってるはずだから、やつと一緒にバアさんに話聞いてこい。グラスならうまく話まとめるだろ。買い出しに行ってるエルマには、おれからうちのシマ内によく目をやっとくよう言っておく。それとこっちの兄ちゃんについては――」


 ルチアーノは煙草を灰皿に押し付けてもみ消すと、胸を張って宣言するように言った。


「今日からうちの見習いにする。ジーナと同じ準構成員だ」

「ちょっと待て」


 勝手に話を進めるのは親子で同じのようだ。こっちははまだ何も発言していない。


「おれは――」


 マフィアかヤクザまがいのクズになるつもりはない、と言おうとして止められる。


「まあまあ。ここは素直にこっちの言うこと聞きねえ。こうするのが一番いい。マリオ。おめえさんには金も住むところもねえ。おまけに、ここいらのことはよく知らねえ上に、何か人には言えねえ事情も抱えてる。そこへ来て、《小鬼の大鎚》とトラブっちまった。やつら、おめえを探すぜ。となりゃ、おれっちがどっかにおめえの働き口きいてやっても、やつらそこへやってきて邪魔する。ってこたあ、うちでしばらく面倒見るのが一番いい」


 ルチアーノは二本目の煙草を紙箱から取り出して口にすると、こちらにも紙箱を向けて勧めてきた。


「なに、ゴタゴタが片付くしばらくの間だけだ。厄介事がなくなって、おめえがここ出たくなったら、いつでも足を洗えばいい。見習いなら血の誓いを交わす必要もねえから、すぐカタギに戻れる。なんなら、狩りや魔法のやり方だって教えてやらあ」


 聞けば聞くほど悪くない話だった。面倒なトラブルは全部向こう持ちで、こちらには得しかない。

 何より魔物狩りの方法や魔法を教えてくれるというのは魅力的だった。一人で冒険者としてやっていくことを考えてみたが、魔物との戦闘は思ったより簡単にはいかなそうだし、縄張りやしがらみだらけのこの世界では魔物の素材を売ることにさえ苦労しそうだった。冒険者以外の職も検討してみたが、それではこの世界を選んだ意味がないし、喧嘩しか能のない自分がまっとうに働けるとも思えない。

 マリオは勧められた紙箱から煙草を一本もらった。


「……じゃあ、よろしく頼む」

「よし、ならこれで話は決まりだ。ちょうどこの店の上には空き部屋でいっぱいだから、しばらくはそこで寝泊まりすりゃいい。なに、何も心配はいらねえよ。全部、このルチアーノ様と《狼の血族》に任せておけって」


 ルチアーノはにやりと笑って、マリオが口にくわえた煙草に火をつけてくれた。

 今度の煙草の味はなんだか不思議にうまく感じられた。


「さて、おれは向こうの頭のゴブラックに会ってくる。マリオが下っ端の名前を引き出したのはデカいぜ。話が通しやすくなる。ついでにエルマにもおれが会っておく。ジーナはグラスのとこ行く前に、こいつに飯を食わせて部屋に案内してやりな。疲れてんだろうから、朝までぐっすり寝かせてやれ。こいつの紹介は明日でいい」


 そう言うと、ルチアーノはよっこらしょと、大義そうな声を出して椅子から立ち上がり、くたびれた剣を腰につけてふらつく足取りで外へと歩き出して行った。

 その様子を見つめていると、ジーナが安心させるように言ってきた。


「だいじょうぶですよ。お父さん、今はあんなボロボロの体ですけど、昔の《灰色狼》はこの街の中でも凄腕の冒険者だったんですから」

「昔は、か……」

「もう。疑ってるんですか」


 ジーナがおそらく思っているのと違う意味で疑っている。マリオの目にはルチアーノはボロボロなんかには見えなかった。


「それではちょっと早めの夕御飯にしましょうか。待っててください、美味しいの作ってあげますから」

「待て。その前にはっきりさせておきたいことがある」

「何ですか? 改まった顔をして」


 ジーナは怪訝そうな顔つきになった。その顔を見据える。


「おまえ、やっぱりおれのムスコ見たんだろ?」

「……見てません。絶対見てません」


 なぜ認めようとしないだろうか。呆れてしまうが、ジーナは顔を真っ赤にして怒りながら、カウンター内の料理台に向かう。


「ジーナ」

「もう……何ですか?」


 ジーナはこちらを見ようともせずに料理の準備をしていたから、これを言うにはちょうど良かった。


「いろいろありがとな」


 ジーナの動きがピクリと止まったのが、視界の端でわかった。


「マリオさん、お礼を言うときは人の目を見て言うものですよ」


 そちらを見なくとも、ジーナが笑っているのがマリオにはなんとなくわかったのだった。


 ジーナが魔法の火を操って作ってくれたコカトリスの唐揚げは美味しかった。調理される前のコカトリスは蛇の尻尾を持つ丸々と太ったニワトリという感じで気持ち悪かったのだが、尻尾の部分も揚げ物なのに淡白な味がして食べやすかった。ジーナいわく、油の温度調整に使う火の魔法にコツがあるらしい。


「Dランクにしてはやるじゃねえか」

「喧嘩売ってんですか? またゴブリン食べさせますよ」


 ジーナは生活魔法に関しては自信があるようだった。自分も早く魔法を覚えてみたい。

 食事を終えると、ジーナは建物の中を簡単に案内してくれた。一階の酒場の奥には上への階段や倉庫、トイレ、風呂場があった。トイレは水洗ではなかったが、生活魔法できれいに保たれているようなのでよしとする。それに嬉しいことに、風呂場には猫足がついた白い湯船があった。普段はそこに魔法でお湯を貯めて、そこから手桶を使って体を洗っているらしい。


「そういう風呂の使い方にはよく慣れてないから、やり方がわからない。今度一緒に入って教えてくれ。ついでに背中も流してくれ」

「切り落としますよ?」


 階段を上ると、そこにはいくつかの部屋が並んでいた。


「この建物は六階までありますから、部屋数は多いですよ」


 他の建物より高さがあるとは思っていた。一番上の六階はジーナとルチアーノの私室になっており、二階が《狼の血族》と金色狼の宿としての事務所に使われているとのこと。


「マリオさんの部屋は三階でいいですか?」

「六階にしてくれ」

「……お父さんもいるんですけど」

「ケツ蹴って追い出せばいいだろ」

「……見習いとはいえ、縁切られるのは早そうですね」


 それにしても、弱小ギルドにしては結構いい建物のように思える。人数もそれほど多いようには見えないのに。


「人数ですか? 正構成員はお父さんとエルマ姐さん、グラスさんの三人ですよ」

「は?」

「私とマリオさんが準構成員で、全部で五人です。昔はもっと多かったんですけどねー」

「五人って……ガキのおままごとでも、もうちょっとはいるぞ」


 三階への急で狭い階段を上りながら、マリオはいろいろと不安になってきた。


「だいじょうぶですよ。うちのギルドは精鋭ぞろいですから」


 その言葉に日本での黒服を着たキャッチの顔を思い出す。


 お兄さん、お兄さん! うちの子はかわいい子しかいないから! だいじょうぶだいじょうぶ!


 明るい笑顔に騙されてついて行った先は魔窟だった。ゴブリンとオークしかいなかった。おまけに五分しかいなかったのに十万円出せとか言われたので、逆に慰謝料をいただいて帰った。そういう話なら腐るほどあったのでどうやって出させたかまでは覚えていないが、日本では自分のところへやってくるクズに悪いことばかりしていた気がする。


「……カルマポイントがどうして貯まったのか謎だ」


 三階についた。空き部屋ばかりなのに掃除はきちんとされているようで清潔だった。


「どこでも好きな部屋を使ってください」


 迷うことなく、一番奥の廊下窓に近い部屋を選ぶ。


「いざというとき脱出しやすい場所を一瞬で選ぶとは……なんか、慣れてますね」

「……偶然だ」


 長年の習慣でついつい選んでしまった。

 部屋の中は六畳ほどの広さだった。ベッドも机も置かれていない、本当の空き部屋だった。


「それではゆっくり休んでください。朝になったら起こしに来ますから」


 そう言われ取り残される。


「……どうやら、またおまえの世話になりそうだな」


 寝具が一つもないこの部屋で、数少ない持ち物の一つである毛布はまだまだ役に立つようだった。


「よし、今日からおまえの名前はライナスだ。よろしくな、ライナス君」


 気まぐれで名前をつけてみると、なんだかこの毛布にも愛着が湧いてきた。


「よく考えればおまえには世話になっていたな。夜は体を温めてくれたし、おれのムスコも世話になっていた。ありがとな、ライナス君」

「僕もマリオと一緒にいれて嬉しいよ! ずっとマリオと一緒にいたいな!」

「……一人で何やってるんですか、マリオさん」


 振り向くと、ジーナがマットレスを両手で抱えて、不審者を見るような目をこちらに向けていた。


「あっ、ジーナだ! マリオのムスコと一緒に作ったテントは気に入ってくれたかな?」

「気持ち悪い腹話術をしないでください!」

「腹話術じゃない。これは毛布のライナス君が話してるんだ」

「……これ置いとくんで、永久にここで寝ていてください」


 ジーナは関わり合いたくないというように、さっと部屋を出て行った。


「……寝るか」


 ジーナがくれたマットレスに体を横たえてライナス君をかぶると、急に眠気がやってきた。

 やはり、慣れない世界でいろんなことをいっぺんに経験したせいか、精神的な疲労は大きいようだった。とはいえ、初めて馬に乗った二日間の旅だったのに体はまったく疲れていない。


 ――運動能力とかは向こうの世界の標準を考慮しますので、ご安心を。

 

 公務員さんの言葉を思い出す。


 そういえば、ハイゴブリンとの戦いでも、ホオジロとチコとの喧嘩でも体の調子はいつもより断然良かった。もともと体力には自信があったが、この世界に来て強化されているようだ。

 そんなことをつらつら考えていると、次第に心地良い眠気がじんわりと体を包んだ。それに身を委ねながら、マリオはこれまでにあったこと、ジーナの眩く光る金髪のこと、ルチアーノの不思議な魅力を放つ瞳のことを思い出していた。

 どちらも日本では見たことがないものだった。そのことがマリオには印象深く思われたのだった。

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