第5話 マリオ、漢を見せる

 次の日は何事もなく順調に進み、昼には壁に囲まれたベガスの街が見えてきた。ジーナの言ったとおり、フォレスト樹林からベガスまではピッタリ二日の距離だった。


「さて、ここで一つ問題があります」

「何だ?」

「マリオさんをどうやって街に入れるかということです」


 マリオはうなずいた。確かに身元不明の人間が壁のある街に簡単に入れるとは思えない。遠目に観察すると、警官らしき人物が入り口で何やらチェックを行なっているようだった。


「いえ、移民の多い街なんで、簡単な身分登録をすればそれで街の住人になれます。そんなことではなく……マリオさんの服がないのをどう説明するんですか。それじゃ明らかに不審者です」

「おお、そうだった」


 あまりに腰巻スタイルがしっくりくるので、普通の人は服を着るということをすっかり忘れてしまっていた。


「まあ、なんとかなるだろ。任せておけ」

「激しく心配なんですが……サツに鼻薬をきかせるにも、マリオさん何も持ってないでしょう」

「だいじょうぶだって」


 ベガスの入り口は見上げるほどの大きな門だったが、今はその扉が開け放たれて無数の人が行き交っている。みんな、首にカードのようなものをぶら下げている。大きな荷物を持っている人や馬、馬車以外はほとんどノーチェックで行き来していた。あのカードが身分証明の役割を果たしているのだろう。馬から降りたジーナもいつの間にか身分証明書を首にぶら下げている。

 だが、その隣を歩くマリオは上半身裸の腰巻姿のまま門に近づいた。

 

 見られている。警官だけではなく、周囲の人みんなに見られている。

 

 マリオは少し魅惑的な感じで腰を振って歩いてみた。

 

 周囲の人々はさっと目をそらした。が、警官には当然のごとく止められた。


「おい待て、そこのオカマ野郎」


 ガラの悪い警官だった。正義の警察というよりは、賄賂大好き不正大好きといった顔をしている。こいつは間違いなく、街を出入りする商人からボッタクっているとマリオは思った。


「貴様、ナメているのか。街の風紀を乱す野郎は豚箱にぶち込んでやるぞ」


 最初から威圧的な態度の警官に、ジーナが慌てた。


「いえ、お巡りさん。この人は移民なんです。まだこの大陸に来たばかりなのに、冒険者とトラブって着ぐるみはがれてしまって……」

「それにしても怪しい。貴様、名前はなんという?」

「カマ田カマ太郎だ」

「マリオです! この人はマリオ・オオカミといいます! この人の身元は《狼の血族》準構成員のジーナ・ウルフルズが保証します!」


 警官は舌打ちした。


「《灰色狼》ルチアーノのお嬢か……おい貴様、この嬢ちゃんに感謝すんだな。こっちに来い、身分登録をしてやる」


 壁を貫く薄暗い通路の中にある汚い小部屋に、マリオは一人連れて行かれた。ジーナがものすごく不安そうにそれを見送った。


「さて、まずは健康チェックだ。妙な病気を持ってないかチェックしてやる。その毛布をとって、尻の穴をこっちに向けろ」

「えっ。おれ、ホモじゃなくてストレートなんだが……」

「おれだってそうだ! ったく、面倒な野郎だな。まあ問題ないってことでいいだろう」


 警官は手元の紙に「健康、問題なし」と記入した。


「出身は?」

「どこに見える?」

「ナメやがって。黒髪黒目ってのは珍しいな……ってことは旧大陸の極東にあるっていうジャパングから来たのか」

「ああ、そうそう。拙者ジャパング人」

「ったく、ホントかよ……まあいい。えーと、これで最後の質問だ。犯罪歴は?」

「ない」


 ここで正直に答えるバカなんているのだろうか。


「よし。保証人はジーナ・ウルフルズっと……これがおまえの身分証カードだ。肌身離さず持っておけ」


 ものすごくいい加減な身分登録だった。汚職警官ならこんなもんかと思って部屋を出ようとすると、警官に呼び止められた。


「待て、肝心のもんをもらっちゃいねえ」

「おれの処女、か……」

「ちげえよ! 住民登録料と本官の手をわずらわせた手数料だ。そうだな……合わせて40万イェンでいいぞ」


 ジーナから、一人前になったばかりの大人の男の月の稼ぎが平均20万イェン前後だと聞いている。住民登録料というのがいくらかは知らないが、40万イェンというのはいくらなんでも高い。


「そんな大金持ってるように見えるか?」

「見えねえな。だから《狼の血族》からいただくことにしよう。あそこのマスターはクズたちのボスにしては、世間ってのをわきまえていやがるからな」

「……」

「なんなら、あそこで待ってる嬢ちゃんに体で払ってもらうか?」


 薄汚れたガラス窓越しに、不安そうな顔で待っているジーナを、警官は好色な笑みを浮かべて指さした。


「……だったら、おれの体で払ってやろう」

「あ? なんだ、喧嘩売ってんのか? てめえがサツに喧嘩売りゃあ、ルチアーノのとこに迷惑がかかるんだぜ?」


 警官は意地悪く笑ったが、マリオは首を振った。


「こいつを見てくれ。どう思う?」


 マリオは腰巻を取り払った。


「っ! こ、これは……すっごいでっかいです……」

「そうだろう? いいもん見られたな。じゃあな」

「お、おう……って、ちょっと待てや!」

「あ? やんのか?」

「ったりめえだ、コラ! てめえをわいせつ物陳列罪で引っ張ってやる!」


 マリオが振り返ると、警官はビクリと体を震わせた。

 喧嘩を前にした興奮によって、マリオのムスコは気合いを入れて大きくなっていた。


「ヤるのか?」


 マリオはずいっと警官に近づいた。


「おい、ヤるのかって聞いてんだ」


 さらにぐいっと詰め寄る。腰が触れそうになる距離まで。


「い、いや、いい! やっぱりいいから! もうわかったから! こいつを着て、そいつを隠してくれ!」


 警官は全速力で壁際のロッカーに向かうと、私物らしい黒い綿ズボンと白い半袖ティーシャツをこちらへ投げてきた。


「それやるから、二度と顔見せんな! あんたとは関わり合いになりたくねえ! 《狼の血族》ともだ!」


 マリオは身分証と服の上下を手に入れると、それらを身につけ悠々と小部屋を出て行った。


「おう、待たせたな」


 ジーナはほっと安心したような表情を見せた。


「窓が汚れてて中の様子が見えませんでしたけど、だいじょうぶでした?」

「ああ。あの警官結構いいやつだったぜ。住民登録料はいらないってさ。自分の服までくれたよ」

「よかったですね!」

「これ、ありがとな。返すよ」


 マリオは腰巻にしていた毛布をジーナに差し出した。


「……それはとっといてください。ちょうど新しいのを買おうと思ってましたから」

「そうか、悪いな」


 北門のすぐそばにある馬屋にギルドの馬を預けると、ジーナとマリオは連れ立って門から続く大通りを歩き始めた。


「今通ってきた門はベガスの北門です。ベガスには東西南北四つの門があって、街は中央区と東西南北合わせて、だいたい五つの街区に分かれてます。うちのギルドは北街区にあるんですよ。さっそく行きましょう」

「おう」


 でこぼこの石畳の道を裸足で歩きながら、マリオは街の様子を眺めた。

石やレンガでできた灰色のベガスの街並みは多くの人で賑わっていた。日本で見るスーツと変わらない服とソフト帽を身にまとった男たちや、半ズボンにサスペンダーをしている少年がいる。そして、きれいなワンピースを着たレディや胸元の空いた服を着た水商売風の女たち。

 それらと一線を画した雰囲気を漂わせているのは、鎧や斧、メイス、大剣などで武装した人相の悪い者たちだった。そいつらは肩で風を切って我が物顔で街中を歩いている。街の一般人たちはそれらの冒険者たちと目を合わせないように、近寄らないように遠慮して道を歩いていた。昼間からやっている酒場や肉や野菜を並べている店からは、冒険者たちのけたたましい声が響いてくる。


「ガラの悪い街だな」

「……ベガスは冒険者が狩ってくる魔物と、店で使うお金でもっている街ですから。カタギの人は冒険者に頭が上がらないんです。本当なら冒険者と街の人は対等な関係のはずなのに」


 マリオは大通りに並ぶ店の中でも一際大きい商店に目をやった。店先では冒険者が数人がかりで店の者を恫喝していた。


「あれはおまえんとこの冒険者じゃないよな?」

「……違います。あの商会は他のギルドのシマなんです。どこのギルドも魔物の素材を卸す決まった商会を持っていて、自分たちのシマ以外の商会のことに首を突っ込んだりしたら――」

「抗争か」


 ジーナはうなずいて、冒険者たちに頭をペコペコと下げている店員の様子を悔しそうに見た。


「ま、おれたちが口を出したら、話が余計にこじれそうだしな。自分たちで何とかすんだろ。とっとと《狼の血族》に行こうぜ」

「……はい」


 マリオは再び歩き始めたが、ジーナは何度もその商会を振り返っていた。

 二人は大通りから薄汚れた横道に入った。狭い道には紙巻煙草の吸殻や黒くなったガムが落ちており、ピンク色のけばけばしい看板を掲げる店や怪しげな薬を売る店が軒を連ねている。


「話のわからねえバアさんだなぁ! ここで商売するにゃ、ショバ代寄こせっつってんだよ!」


 突然物騒な声が聞こえてきて、マリオとジーナはどちらともなく立ち止まった。


「そんなこと言ったって……ショバ代は今までもちゃんと払ってきたよ」


 狭い通りにひしめき合う店の中の一つ、小さな煙草屋の前で、チンピラのような二人の冒険者が背中の曲がったしわくちゃのバアさん相手にダミ声を張り上げていた。


「だからよ、言ってんじゃねえか。ショバ代は値上げだってよ」

「今までだってさんざん締め付けがキツかったのに、これ以上払うなんて無理さ」


 バアさんは皺だらけの顔を歪めてか細い声を上げたが、ヤクザまがいの冒険者たちは容赦なかった。


「バアさん、あんた孫がいるよな。かわいいメスガキだったなあ。息子夫婦に大事そうに育てられてよう」


 バアさんの顔は恐怖にひきつった。


「黙って、おれたち《小鬼の大鎚ゴブリンズ・ハンマー》に出すもん出さなきゃなあ」


 マリオとジーナが見ている前で、バアさんは泣きそうになっていた。


「なあ、ジーナ。一応聞くが、ここは――」

「……うちのシマじゃありません」


 絞りだすかのようなジーナの声だった。その拳は血が滲みそうなほどに握りしめられている。


「《小鬼の大鎚》はうちと隣り合っている中小ギルドで、うちのシマのお店にもいろんなちょっかいを出してきています。こっちは数人しかいない弱小ギルドで、シマ内のカタギさんを守るのに精一杯……」


「ってことは、おまえが下手に他のシマのことに手を出したら抗争になって、自分のとこのシマ内に迷惑がかかるってことだな」


 ジーナは震えながらうなずいた。ぶつけるところのない怒りでいっぱいなのだろう。目には悔し涙すら浮かべていた。


「……」


 マリオは冒険者たちに向かってゆっくりと歩き出した。


「……マリオさん?」

「おまえがいると邪魔だから、どっかで隠れて見てな。心配すんな、ソロの冒険者ってことで通す」


 どうすべきか迷っている様子のジーナをよそに、マリオは冒険者二人に声をかけた。


「よう。ちょいと煙草買いたいから、どいてくれねえか」

「……取り込み中だ。消えな、兄ちゃん」


 二人の内、頬に傷のある背の高い男の方が邪魔そうに手を振ると、もう一人のチビの男が何度も舌打ちしながらマリオにガンを飛ばしてきた。が、マリオは意に介さず朗らかに言った。


「悪いが、この店はおれの馴染みなんだ。ショバ代上げられると、バアさんも商品を値上がりするしかないだろ? そりゃ困る」

「……兄ちゃん、カタギじゃねえな。どこのギルドのもんだ?」


 垢抜けたマリオの物言いに、頬傷の男は凄んでみせた。マリオは腰を割って頭を下げた。


「へい、御免被りやす、てめえ生国と発しますは極東ジャパング、名はマリオと申しやす。なにせこの街に来たばかりで右も左も知らねえ不調法者。失礼があったら謝りやす」

「ナメた口ききやがって。ようはソロの冒険者ってこったろう。この街にゃ、街のシキタリがあんだ」

「そんなことはわかってる」


 マリオが口調と目つきをガラリと変えると、頬傷の男はわずかに怯んだ。


「だが、かわいい孫もいるバアさんを大の大人がイジメるってのは、どこの世界でも褒められたことじゃねえだろう」

「てめえ!」


 激高したチビが懐に手をやったが、それを察したマリオが睨みつけると、チビは射すくめられたように動かなくなった。


「おっと抜くなよ。抜いたらてめえの血が流れるぜ。抜かれたダンビラ、誰かのハラワタにおさまらなきゃ鞘に戻らねえ」

「てこたあ、こいつがお望みか」


 頭に血を上らせた頬傷の男がマリオの顔面に拳を食らわせてきた。そのパンチはマリオには実にのろくさく見えていたが、避けることはしなかった。


「ナメやがって」


 チビの方も殴りかかってきた。二人は寄ってたかってマリオに暴力を振るった。が、マリオは自分から手を出すことなく、それら全てを受け止めた。

これでいい。一方的な暴力にじっと堪えながら、マリオは思った。さんざんおれを殴れば、こいつらも今日のところは満足するだろう。根本的な解決にはならないが、ひとまずは丸く収まる。


「殴れ。おれで気が済むならいくらでも殴れ」

「ったりめえだボケェ!」

「誰が遠慮するかあ!」


 ボコスカとタコ殴りにされる。

 

 ボコスカボコスカ。


 ドガッ、ボガッ、グギャッバギッ……。


「ヒャッハー! こいつはいいサンドバッグだぜ!」

「兄貴、死ぬまでやっちまいましょう!」

「……おい」


 男たちがそこら辺にあった角材を持ち出してきたところで、マリオは止めた。


「おまえら、ちょっとは遠慮しろよ。ちょっと鼻血出ちゃったじゃねえか」

「……こいつ、一体どんな体してんだ?」

「兄貴、こいつは気味がわりい。あんだけ殴っても、まるでこたえてねえ」


 頬傷の男が弟分の方に目配せすると、チビは再び懐に手を差し入れた。

 やっぱりうまくはいかないかとマリオがため息をついたそのときだった。


「あなたたち、そこまでにしなさい!」

「……おい、バカ」

「マリオさん、だいじょうぶですか! ……って、ほ、ほおをひっぱらにゃいでくだひゃい」

「人がせっかくうまく収めようとしたのに、なに出しゃばってんだコラ」

「目の前でマリオさんがボコボコにされてるのに、黙って見てられないです」


 ジーナはこちらを睨みつける冒険者たちに向かって啖呵を切った。


「あなたたちが手を出したその人は《狼の血族》の預かりです。きっちりワビを入れてもらいます」


 頬傷の男はそれを聞くと上等な獲物を見つけたかのようににやりと笑った。


「あんた、ルチアーノのとこのお嬢か。言っとくが、先に喧嘩売ってきたのはそこの黒髪だぜ。だいたい、ここはおれたちのシマだ。スジはこっちにある」

「ですが、先に手を出したのはあなたたちでしょう。そもそも冒険者がシロウトさん泣かせるなんてふざけてます」


 頬傷の男とチビは声を揃えて笑った。


「女のくせに威勢のいいこと言いやがる。てめえ、誰に向かって口きいてんのかわかってんのか?」

「それはこっちの台詞です、下衆が」


 ジーナが剣の柄に手をかけると、明らかにその場の空気が変わった。ジーナははっきりと殺気を放っていた。


「《小鬼の大鎚》が《狼の血族》の預かりに手を出した。この意味もわからないほどの下っ端ですか。あなたたち、戦争の引き金を引く覚悟はできてるんですか」


 ジーナはわずかに剣身を引き出した。青白い反射光が頬傷の男たちをたじろがせた。


「下っ端! おまえらがふざけた口をきいた相手は誇り高き《灰色狼》の娘、ジーナ・ウルフルズだ! 対等な口をきけるとでも思っているのか! 下がれ!」


 ジーナの殺気はその場にいる者全てを飲み込んでいた。マリオですら、ジーナの見せた獣のような一面に目を奪われていた。

 そして、頬傷の男とチビは、自らの喉を食い千切ろうとしている狼に出くわしたかのように立ちすくんでいた。やがて自分たちが何をしたのかに思い至ったのだろうか。


「……ちっ、帰るぞ」

「あ、兄貴」


 憎々しげに顔を歪めた頬傷の男が身を翻すと、チビの方も慌ててそれについて行こうとした。


「おい待てよ、チビ。いや、チコって名前か。男のくせにかわいい名前してるな。イスパニア国から来たのか。んで、そっちの兄貴の方はホオジロか。へえ、こっちもイスパニア出身。保証人は二人ともゴブラックって野郎らしいな……このゴブラックってのがおまえらの上の人間か?」

「っ! てめえ、いつの間に身分証を」


 マリオの手には男たちの身分証カードがあった。


「いくらなんでもタダで殴られるのはゴメンだからな。てめえらが楽しいサンドバッグ殴りに夢中になってるときにちょいと拝借したぜ。返すよ」


 マリオが指で弾いてホオジロとチコに身分証を放ると、男たちは得体の知れない恐怖を覚えたかのように負け惜しみすら言わずに足早に去って行った。

 マリオはそれを見送りながら肩をすくめた。


「バカか、おまえ。親父さんの名前出してどうすんだ? 結局ギルドに迷惑かけてんじゃねえか」

「どうせあの二人にはマリオさんといるところを見られてましたし。それにお父さんなら、よくやったって褒めてくれます。マリオさんのおかげであいつらの名前もわかりました」


 ジーナの顔は先ほどの悔し涙が嘘だったかのように晴れ晴れとしていた。だが、煙草屋のバアさんはマリオたちが手出ししたことを煙たがっているようだった。


「……あんたたち、うちのことはもういいから早く帰ってくれ。助けてもらっといてすまないけど、これ以上面倒事はごめんだよ」


 ジーナは寂しそうな表情をわずかに見せて、そっと言った。


「おばあちゃん、余計なことしてすみませんでした。あいつらがまたバカなことをやるようでしたら、《狼の血族》の名前を出してください。あとでうちの会計役も向かわせますので」


「……すまないね。ドン・ルチアーノによろしく言っといてくれ」

「はい。マリオさん、もう行きましょう」


 マリオはジーナの後について歩き出そうとしたが、バアさんはマリオを呼び止めた。


「ちょいと待ちな。兄ちゃん、煙草買いに来たんだろ。これ持って行きな。金はいらないよ」


 バアさんが投げてよこしてきたのは紙巻煙草の箱だった。


「悪いな、バアさん。忘れてたけど、おれ、煙草はもうやめたんだった。体に悪いから」

「バカ言ってんじゃないよ。体張って生きてる一人前の男には一服する時間が必要なんだよ。あんたにはそいつを吸う権利ってもんがあるよ」

「……一応もらっとく」


 煙草屋に向かって背を向けてジーナと一緒に歩きながら、マリオは一服した。


「……これ、まずいな」


 久々の煙草の味はやけに苦く感じられた。

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