第4話 マリオの格付け

「でっかいテント……」

「……は?」


 ジーナの声と瞼に突き刺さる朝日の光でマリオは目を覚ました。目をこすりながら上体を起こすと、ジーナがこちらの下半身をじっと見つめていた。

 朝から元気なマリオのムスコは腰にかけた毛布を使って、でっかいテントを張っていた。それをジーナは目にかざした手のひらの隙間から凝視していた。


「やっぱり興味津々じゃねえか」

「……はっ! マ、マリオさん、お、おはようございます!」

「おう」


 せっかくだから見せつけてやろうかと思ったが、相手はマフィアのお嬢だということを思い出すと、もうそんな気にはなれなかった。


「飯食ってさっさとベガスに行こうぜ。んで、とっととおまえの親父さんに会ってカタつけよう」


 一晩寝ると、気持ちは昨夜から一転していた。冒険者ギルドの実情がマフィアだったことは今もショックだが、どうせ一度は死んだ身。マリオは毒食らわば皿までの気分になっていた。とりあえずは《狼の血族》のボスに会って、今後のことを考えることに決める。

 開き直ったマリオが朝食の乾パンを元気よく食べているそばで、ジーナは何を思い出しているのか、ときどき食事の手を止めて頬を染めてボーっとしていた。その度に何かを振り払うように金髪のポニーテールをぶんぶんと振り回す。


「何考えてんだ?」

「えっ、テ、テントのことを……いえ、なんでもないです!」

「そうか」


 ジーナはムッツリ。ジーナはエロい子。


 マリオは頭の中にそうメモしておくことにした。


 朝食を済ませると、マリオが焚き火の後始末をして、ジーナが馬の世話をした。それらを終えると、二人は昨日と同じようにベガスへと向かった。


「あの、今日は下半身は……」

「だいじょうぶだ。もう慣れた」


 馬に乗るコツもだいぶつかめてきた。これならジーナに切り落とされる心配もなさそうだ。

 馬が道を行く速度はそれほど速くはなかった。馬上でマリオはジーナにいろいろと聞いた。この世界の暦のことや通貨のことを、さり気なく聞き出していく。


「そういや、おれが倒したゴブリンのことで聞きたいことがあるんだが――」

「あ、そのことで私も聞きたいことがあったんです」


 ジーナは手綱を操りながら聞き返してきた。


「マリオさんは移民で冒険者ではないということでしたが、前いたところでは戦闘の経験があったんですか?」

「まあ、それなりに。魔物と戦ったのは初めてだったけどな」

「はぐれの個体とはいえ、初めてでハイゴブリンを倒してしまうなんて……」

「ハイゴブリン?」

「はい。普通、ゴブリンって小さな子どもくらいの大きさじゃないですか。でも、昨日のゴブリンはもっと大きかったですよね。あれは上位種のハイゴブリンですよ。一匹でいたということは群れから追放されたリーダーでしょう。ゴブリンは普通群れで行動しますから」


 運がよかったのかもしれない。正直、昨日はゴブリンの予想外の動きにほとんどついていけなかった。群れで襲いかかられていたら、どうなっていたかわからない。


「でも、ハイゴブリンを全裸で倒す人なんか聞いたことないです。それにゴブリンの動きを止めたあの魔法……」

「魔法?」

「川に向かって走る途中で見てしまいました。答えたくなければいいんですが、膝蹴りの前にゴブリンを凍りつかせたマリオさんの視線……あれは魔眼、ですか?」

「……」


 魔眼がどういうものかはわからないが、ガンのつけ合いには一度も負けたことがない。


「もしや、氷結の魔眼……いえ、余計なことを聞いてしまいました。あなたが何者だろうと、他の冒険者とトラブってうちのシマでお困りだったのは事実。シロウトさんをお助けするのは冒険者の仁義です。全て《狼の血族》にお任せください」


 なんか勝手に納得されて勝手に話が進んでいるが、もういろいろと面倒なので成り行きに任せておくことにする。

 夕暮れまで馬で進み、日が暮れる前に野営と夕食の準備をする。そうして昨夜と同じように夕食を終えたとき、ジーナが荷物からあるものを取り出してきた。


「なんだそれ?」


 ジーナが手にしていたものは二つ折りにした厚紙のようなものだった。なぜか財布も一緒に取り出してコインまで用意している。


「クピド占いボードです。マリオさんはこれまでに魔物と戦ったことがないということだったので、マリオさんがこの新大陸でどのくらいの強さなのかを、今調べてみませんか?」


 ジーナが厚紙を広げてみせると、ものすごく見覚えのある図柄が目に飛び込んできた。


「こっくりさんじゃねえか……」

「え? マリオさんのお国ではそう言うんですか? この国ではクピドさんは人の力と真実を見抜く精霊さんとして信仰されているんですよ」


 ひらがなと数字、アルファベットで構成されたこっくりさんのボードを眺める。


「これでどうやっておれの強さがわかるんだ?」

「見ててください」


 そう言って、ジーナはコインをボードの上に置き、それに人差し指を当てた。


「クピドさん、クピドさん。私の強さを教えてください」


 コインがジーナの指と一緒にボードの上の字から字へとすっと移動していく。


「じ、い、な、は、え、ろ、い、こ……」

「そんなことクピドさん言ってないじゃないですか! 真面目に読んでください!」


 真面目に読む。


ジーナ・ウルフルズのランク。

Dランク。


 途中からはぶんぶんと飛び回るような速さでコインはボードの上を飛び回ったが、それでもずいぶん長ったらしく時間がかかった。


「時間かかってわかったことは、おまえがビッグマウスの割にはカスみたいに弱いってことだけか」

「えっ、私バカにされてます?」

「いや、だってDランクだし。いるんだよな、やたら業界用語使いたがるわりには大したことないやつ」

「いえいえいえ! 私の歳でDランクって結構いい方ですよ? 一般人でGランク、冒険者初級でEからF、中級でDからCなんですから! BからAなんて数少ない上級者ですよ!」


 冒険者ランクとやらはAからGランクで分けられているということか。


「それでも所詮は中級者だろ?」

「……そんなにバカにするなら、マリオさんもやってみてくださいよ」


 ジーナは頬を膨らませて、こちらにボードを乱暴に突き出してきた。


「上等じゃねえか」


 ジーナと同じようにコインに指を置く。


「クピドさん、クピドさん。おれのナニは何ランクですか?」

「クピドさんに何聞いてるんですか!」

「ナニを聞いてるんだよ。おっ、動く動く、こりゃすげえ。えーと――」


マリオのナニランク。

Sランク。


「Sランクってなんだ?」

「……Aランクの一つ上のレベルです。この高みへ到達できるのは、元々あった才能に絶え間なく磨きをかけたほんの一握りの人間だけと言われています。このランクの人間ははっきり言って化物です」

「ということは……おれのムスコは化物級!」


 前々からメジャーリーグ級ではないかとは思っていたが、それを飛び越えてしまうとはさすが我が自慢のムスコ。


「って、あ、あれ……? まだ動くぞ。 で、も、ど……」


 でも童貞――。


 夜の帳に沈黙が降りた。


「……ジーナ。なぜ目をそらす」

「いえ、別に……でも、ぷっ」


 こちらから顔を背けて吹き出したジーナにマリオはキレた。こめかみに青筋を立てて怒るその顔は男のプライドを傷つけられた屈辱と復讐心に満ちていた。


「ナメやがって。てめえにクピドさんの本当の使い方を教えてやる」

「えっ?」

「クピドさん、クピドさん。ジーナの好きな人は誰ですか?」

「っ!」


 この使い方はジーナにとって予想外だったらしく、激しく動揺していた。


「そんなことにクピドさんが答えてくれるはずないです!」

「いや、おれにならなんか答えてくれる気がする。おっ来た来た! ……ま、り」


 マリオ――。


「えっ、ウソ……やだ、私、別に」


 ジーナは頬に手を当ててうろたえていた。頭を横に降るのに合わせて、ポニーテールが激しく揺れ動く。


「隠すなよ。出会ったばかりの男に心開くなんて、やっぱり淫乱だったか」

「違います! 私、本当にあなたのことなんて何とも……! あれ? ……マリオさん、まだ動いてますよ?」

「うん?」


 ボードの上をまだコインがゆっくりと移動していた。ま、り、お、の――。


「の?」


 む、す、こ……。


「マリオのムスコ……」


 ……。


 淫乱だった。ジーナは予想以上の淫乱だった。


「ジーナ。あまり人の趣味に口出す気はないが、その歳でそこまで乱れてるのはちょっと……」

「乱れてないです! 私、乱れてないです! クピドさんなんかウソ吐きです! だいたい、クピドさんのランクチェックだっていつも正しいわけじゃありません! それに――」


 ジーナは大きく息を吸って真っ赤な顔で叫んだ。


「それに、私処女です!」


 焚き火の爆ぜる音だけが夜の闇に大きく響いた。


「……そうか。まあ、悪いことじゃないと思うぞ」

「はっ! 私、いったい何を……」

「クピドさん、クピドさん。おれの冒険者ランクを教えてください」

「何事もなかったかのように再開しないでください!」


 コインはもう早く終わらせたいというかのように目にもとまらぬ速さで動いた。


マリオ・オオカミのランク。

Bランク。


「これでおれの方が上だと証明されたな。土下座しろよオラ」

「負けた……全裸の変態さんに負けた……」


 ジーナは膝を抱えて肩を落としてしまった。マリオに負けたことがそんなにショックなのだろうか。なんかムカつく。


「それにしてもBランクねえ。ハイゴブリンには結構ヒヤリとしたんだが」


 ハイゴブリンはそんなに強い魔物なのだろうか。


「ハイゴブリンはEランクの魔物ですが、ランクが絶対というわけではありませんから。戦闘経験やそのときの状況――敵の数や自分の体調によって、戦いの行方なんてまた変わってきますよ。気合いと根性で格上のランクを倒すことも珍しいことではありません」


 この後も魔物やダンジョンのランクについての説明をいろいろと聞いたが、そのうちにマリオが大きなあくびをしたので今日はもう休むことになった。

 昨日と同じように毛布をかぶって横になると、焚き火の向こうの方からジーナのヒソヒソ声が聞こえてきた。


「クピドさん、クピドさん。昨日の夜、マリオさんが寝ている私の方を見ながら、毛布の下でモゾモゾしてたのは何だったんですか?」

「……そういうのはそっとしておくもんだろ」

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