伊達寺削鍬について

 音の方向を向くとそいつは奥の壁に凭れながらごろごろと此方に転がって来る。

 ぼさぼさの茶髪にだらしなく着たスーツ。

 揉短もスーツを着崩してはいるがその男は着方が崩れている。


 「誰?お前」


 眼中になかったのかずっと居た伊達寺の存在に今気付いたらしい。

 警戒する揉短に答えるように田擦は言った。


 「伊達寺……なんつー姿勢だよ」


 伊達寺は壁と一体化しそうなほどに凭れこんでいる。

 虚空を見詰めながら田擦を催促した。


 「いきましょお。会議思ったより長いし疲れたし早くデーモン捜しましょう」


 軟体動物みたいにくねくねしながらそう漏らす。


 「何?知り合い?」


 不機嫌そうに眉を寄せる。


 「はい。磊磊落班員の伊達寺です。すみません。こんな形で」


 申し訳なさを前面に出して相棒を紹介する。


 「磊磊落班ってことはこいつが日田向ちゃんの相棒ってことか。お前自己紹介くらい自分でしろよ」


 「先輩腹空きました。ラーメン食べましょラーモン。いやラーモンて」


 口を歪ませ苦言を呈す揉短を無視して田擦を呼ぶ。


 「あ?」


 訳の分からない奴に無視をされ苛々が募る。

 瞳は怒気を孕んでおりこめかみがひくついている。

 見下すように息を吐いた揉短は伊達寺に接近し胸倉を鷲掴んだ。


 「おいおい無視しないでくれる?お前日田向ちゃんと同じ班なんだろ?彼女困ってるんじゃない?お前みたいな素人がいるとさ」


 馬鹿にするように放った。

 笑みを張り付けているが目は笑っていない。

 鎮まる音。ぴりつく空気。


 「揉短さんっ」


 何とかしようと二人に歩み寄る。

 とにかく二人を離して謝ろう。伊達寺は後できっっっちり叱っておこう。

 決意を胸に胸倉を掴む腕に手を延ばす。

 其れを制止する様に。


 「なあんかよく分からないですけど第二種放逐官?てそこまでですね」


 そこまで。

 その言葉にどのような意味が含まれているのか分からない。

 だが自信溢れる男の火に油を注ぐくらいの役割は持っているらしかった。


 「ああ!?」


 一気に声量が上がる。


 「どういう意味だよお前!」


 第二種放逐官の称号を誇りに持つ揉短にとっては許せない言葉だろう。言葉というより言い方か。

 嘲る様な言い方にすっかり激昂している。

 と、ここで。


 「こらこら何をしているの?若い衆」


 ドアを開く音と同時に優しさの滲む声が浴びせられる。

 いそいそと小走りに近付くのは胡麻塩の髪を持つヰ丁だった。


 困った顔をして伊達寺から揉短を引き剝がした。

 想像以上に力が強くいとも簡単に二人は離れた。


 「喧嘩する程仲が良いとはよく云うけれどね、喧嘩はしないに越したことはないんだよ」


 先生の様に諭すヰ丁の背中は大きく見えた。

 揉短は少し驚いていたが直ぐに舌を打ってどこかへ去っていった。

 伊達寺は掴まれていた胸倉とは関係ない所を整えていた。


 「全く。忘れた老眼鏡を取りに来たらこんなことになっていて吃驚(びっくり)したよ。若いなあ」


 奥さんの趣味なのか可愛らしいハンカチを額に当てつつ田擦に投げかける。

 結婚指輪が眩しい気がして直ぐに目を離す。


 「助かりました。ヰ丁班長。有難う御座います。」


 お礼を云った後すぐさま老眼鏡を持って来て渡す。


 「おおありがとう。いやあ喧嘩もいいけど仲良くね。田擦さん伊達寺くん」


 云い残していそいそと去っていった。

 田擦は伊達寺へと歩み寄り取り敢えずはたいた。

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