これが、私の求めた世界、、?

Side1

 クローンとして生まれ変わり約三ヶ月。私はあることに気がついた。きっとこの子として生きる時間に比例して、より深い記憶が見えてくるのだろう。

 毎日、最初は見えなかった些細な記憶も少しずつ見えてくる。

 私は一分一秒、止まることなく自分じゃない自分になっていく。

 自分が少しずつ消えてしまう。それでも、私は嬉しさで満たされていた。


 そんなある日、ある一つの大きな記憶を見た。

 彼女の、一つの動画についての記憶だった。

 彼女はその動画に、バンドに大きな興味を持った。

 ただギターが大好きで、自分の好きなものを認めてほしくて。

 でも、周りが求めているこの子は違う。

 私はその記憶を見た時、初めて本当のこの子を、一人の人間として、彼女本人を見た気がした。

 こんな人にも、こんなにも完璧な人間にも、苦しいことがあることを知った。


「皆が、私を見てる、、」


 でも私はまだどこか他人事で、この事実に苦しさは感じなくて。楽しい今の現実しか見ていない。

 自分が今求められる立場にいることの実感は湧かなかった。

 、、、ただ、周りの目への意識は、少し変わったような気がする。




 今日も学校へ行き、友達に囲まれる。

この現実は、昨日のことを忘れるほどに私にとって幸せだった。

 その日の三時間目。あるテストが返ってきた。


「少し点数が下がったがどうした?まぁ次頑張れ。お前には期待しているぞ」


――ドクン――


「あ、、、はい。すみません」


 『期待』。私の心臓が鳴る。

 何処か点数が下がるだけでまた独りに戻ってしまうような、そんな気がした。

 次、絶対にいい点をとらないと。




 その日の放課後、体育祭の種目決めが行われた。 

 みんなそれぞれやりたいものに手を挙げる。

 私は今までこういった話し合いに深く関わったことがなかったため、なんとなく話を聞きながら、どれにしよう、なんてぼんやり考えていた。

 そんなことをしていると、ある女子生徒がこう言った。


「やっぱり彼女、足早いんでリレーに出てもらいましょう?あとリレーのアンカーだけだし。」


 え?私が?正直、あまり目立たないような種目にしか出てこなかった私がリレーのアンカーなんてできる自信は全くない。

 でもそうか、これが求められる私なんだ。


――ドクン――


 まただ。

 テストの時と同じ、この、耐えられないような圧迫感。


「じゃあ私、出ようかな、、」


 急かされるような周りの視線に、私は重い一言を呟いた。




Side2

 理想の世界にきて三ヶ月がたった。

 この子として生きれば生きるほど、彼女について少しずつ深い記憶が見えてくる。

どれだけ知っても、彼女はずっと独りだった。

 ただ、私はどれだけ経っても彼女の辛さをわかることはできなかった。

 独りでいられることが、何も気にせずギターを弾ける事が、私の幸せだったから。

 私は毎日ギターをひいた。毎日弦を弾き、曲を聴き、ただ音楽を楽しんだ。

 あぁ、自分の人生の生きがいはこれだと思った。 

 テストで高得点を取るよりも、学校に行き友達と遊ぶことよりも、自分のやりたかったことはこれだと思った。ただ、楽しかった。


 ある日、ずっと憧れていた一つの曲を最後まで弾ききった。

嬉しかった。嬉しくて、私はふと思った。


「誰のために、弾いてるんだろう」


 ふと思い浮かんだのは、友達、先生、両親。

 皆、私が消えてほしいと思った人たち。それでも私からは拒絶できなかった、私の周りからは消えてくれなかった人たち。

 でも、今の私の周りには誰もいない。

 やっと、誰もいなくなった。

、、少し思い出す。

そうだ、私は誰かに聴いてほしかった。

好きなんだと伝えたかった。

ギターを、好きなことをする自分を認めてほしかった。


 そんなことを考えていたとき、また一つの記憶が流れ込んでくる。彼女の、古い、淡い記憶。

 彼女の、両親についての記憶だった。

 ずっと独り暮らしなのだと思っていた。でも、違ったんだ。

 彼女の両親はもう、、、


 彼女が八歳の頃。

 彼女、、、少女と両親は、三人である街を歩いていた。笑顔が溢れる、幸せそうな家族だった。

 夫婦の真ん中で笑っているショートカットの少女の笑顔は、今とは程遠く、輝いている。

 無邪気に笑うその女の子は、ある一匹の猫を見つけた。

 不思議な、目元だけ黒い真っ白な猫だった。 

 その猫は温かい太陽の日差しを浴びて、人通りの少ない街をゆったりと歩いている。


「ママ、パパ!パンダみたい!」


 少女はそう元気よく叫ぶ。

 その声に驚くように猫が走りだす。


 少女も走った。そんな一匹の猫を追いかけて。

 両親が握っていた小さな手は、その温かい手をすり抜けて、走っていく。

 両親の叫ぶ声や、横から走ってくる車になんて気づかず。

 少女の手が猫に触れそうになったその瞬間、細いその腕は掴まれ、後ろに引かれた。小さく尻餅をつき、驚いた様子で周りを見渡す。

 彼女はその時の両親の姿を、横に両親とともに倒れている一匹の猫の姿を、その時の記憶を、鮮明に覚えていた。

 何が起こったのか理解できない。なのに、涙だけが流れる。

その時、彼女が感じ取ったのはこれだけだった。


『自分のせいだ。』


カラン

 持っていたピックが床に落ちる。その時、何故か私も泣いていた。

 私の周りには今、誰もいない。ただそれが幸せだった。幸せな、はずだった。

 なのに今、私の世界はひどく静かで、誰も私を見てくれないことがとても、怖い。

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