私の知らない誰かの世界

Side2

 私は、一人の少女の記憶を見た。

 今までの自分の人生と真反対な世界を。私一人だけのような、自由な世界。

 誰も私を決めつけない。

 誰も私を評価しない。

 誰も理想の私を作らない。

 好きな自分でいられる人生。

 周りから見た自分がどうとか、周りに求められている自分がどうとか、そんなくだらないこと気にせず生きていける理想の世界だ。

 一つだけ気になることがあるとすれば、彼女の記憶には両親が一度も映らないこと。

と言っても、一人の人間の人生だ。今までのすべての記憶を見ることができたわけではないのだろう。 

 詳しいことはわからないが、今の私に知ることもできない。

 そんな流れてくるたくさんの記憶を感じながら、私の意識は薄く消えていった。




 次に目が覚めた時、私は日の当たるマンションの一室にいた。

 記憶で見た黒髪の少女の家の中だ。

 広く静かなその部屋は、きれいに片付いていて物が少ない。

 私はその部屋の隅にある物を見つけた。


「ギターだ、、」


 無意識にそのギターを手に取る。

 何度も見て、憧れて、持ったことなんてないのに持っている自分を想像して。

 一つ、音を鳴らす。

 いつもイヤホンから聴いていた音。

 私はやっぱり音楽が、ギターが大好きだ。

 私の胸は、期待で満ち溢れていく。




 彼女の記憶を辿り、学校へ向かう。

とてもきれいな街だと思った。

 小さな公園や綺麗に紅葉した並木道。静かなこの街まで私を自由にしてくれるようだ。

 学校も、少し古いが綺麗なところだった。

 坂道を上り見えた少し小さな校舎は、その自然の多さと、背景の景色が私を引き付ける。

 木製の手すりに新鮮さを覚えながら階段を上ると、2-1、そう書かれた教室が目に入った。

 私は静かに足を踏み入れ、周りを見渡す。すると、ある一人の生徒と目が合った。

 無意識にいつもの笑顔を作る。すると、少し困ったように驚き、目をそらされた。

 そうか、もうしなくていいんだ。ただ一人で日常を過ごせばいい。

 誰も私を見ていない。こんなにもいいことばかりでいいのだろうか。

 誰とも会話をしない新しい世界。私は生まれる場所を間違えたようだ。




 放課後。朝よりも少し騒がしくなった街を歩きながら考える。

 この子本人の黒髪の少女は大丈夫なのだろうか。ずっと、眠ったままなのだろうか。もしこの子が目を覚ましたら私は、、、

 考えたくなくて。戻りたくはなくて。ずっとこのままがいいなんて、我儘だろうか。

 私は考えるのをやめてまた歩き出す。


 家へ着いて、もう一度ギターを手に取る。

 今まで何度も想像で動かしていた指をギターに当てる。

 自分で音を鳴らすことができることに、自分が自分ではない誰かになったことを実感する。


「楽しい、、」


 ただ弾いて、弾いて、弾いて。私はギターに釘付けになり、指を動かした。


 気づけば外は暗くなり、マンションから見える街の光が輝いている。

 私は一度ギターを置き、お風呂場へ足を向けた。



 ドライヤーの電源を切り、火照った体で冷たいベッドへ飛び込むと、長かった一日の疲れがどっと体に押し寄せる。

 それでも、疲れ以上に幸せが私を埋め尽くして

いた。

 ふと視界に入ったスマホを開き、大好きなバンドの新曲を聞く。そうしているうちに、晩御飯も食べずに意識は暗く落ちてしまった。




 気づけば見覚えのある真っ暗な世界が目に映る。  

 何もないそこに、ふと一つの画面が浮かび上がった。


『自分のことは好きですか?』


 また手元にはYESとNOの選択肢。

 私は自然と理解する。このクローンとしての自分を好きではないといえば、黒髪の少女は目を覚ますのだろう。

 つまり私は、今この場であの少女を助けることができる。でもきっと助けてしまえば今の私は、、、 

 また、元の自分に戻るのだろうか。

 また、苦しい自分に。

気づけば私はYESを押していた。

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