中編
渡したお守りは故郷の人が冒険者に、冒険者が冒険者にといった、色んな人が様々な場面で贈るごくありふれた物だったけど、一番大事な部分はお守り石と呼ばれている石だった。
おとぎ話や伝承では、この石に祈りを込めると本来の力を発揮して贈られた相手を守ると言われている。
今でもお守りが壊れ、中の石もヒビが入って割れたりしていると、祈りが届いた事の証明として友情や親愛の証として壊れた後も大事にされる。
そして冒険者になる人達なら、誰でも一度は聞いた事がある英雄譚。
その英雄譚の中にもこのお守り石の事が書かれていた。英雄がいたとされる大昔、過酷な冒険に出る英雄に対してとあるお姫様が、泣きながら無事を祈って贈った石がお守り石の由来になる。
英雄の絶体絶命の状況にその石は強く光り輝き、無事に危機から英雄を守り抜き、その後二人は再開して一緒に愛を育んでいき、幸せに暮らしたというお話がある。
今でも恋愛話の定番として、それ位に強い愛情を求めている人は多い。
そんな事が頭に過ぎってしまう位に私の心は動転してしまっていて、気が付くと膝をついて壊されたお守りの欠片を、広げたハンカチの上に乗せて無意識に拾い集めていた。
何も考えたくは無かったのに、周りの冒険者達のざわめく声は私の耳にも届いて来る。欠片を拾い集め立ち上がる頃には、視界が涙で滲み出してしまう。
ナターシャ達や冒険者達は、私が何をされたのかを知っていて、それなのにアーサー一人だけは呆然としていた。
子供の頃から誰よりも冒険者に憧れていたアーサーだけが、理解していないような顔をしていて、それが何よりも私にとっては辛くて悲しくて涙が溢れそうになる。
「な、何だよ……俺が悪いのかよ……中身の石が粉々になったのには驚いたけど、壊れたのは安物だったからだろうが……」
「はぁ!? アンタ一体何処までバカなのよっ! 急いでエルに謝りなさい! 冒険者なら誰だって、あの石が光って消える意味を知ってる筈よ!」
ナターシャがアーサーに詰め寄り、それが切っ掛けで周りの騒ぐ声も大きくなる。
そんな周囲の反応にいよいよ耐え切れなくなって、どうしてかアーサーが私に助けを求めるように近付いて肩を掴んで来る。
「お、おい、エル!? お前お守りに何したんだよ? 何で俺が悪い事になってんだ……? 教えてくれよ……」
何もわからず私にそう問いかけるアーサーの顔を見ると、いよいよ我慢が出来なくて涙が勝手に流れていく。
ぽろぽろと涙が流れる度に、彼に対する何らかの感情も一緒に流れ落ちていくような、そんな感覚になってしまう。
耐え切れない位とっても嫌な感覚の筈なのに、私には涙の止め方がわからなかった。
「そんなことも、わからないで……私をムリヤリ旅につれたの……?」
「わ、悪かったって! ほら、謝るからさ、何が起きたのか教えてくれって……」
「私のこと、嫌いなのかなってなんとなく感じてたけど、ここまでしなくていいじゃない……ひどいよ……」
「お、おい! 何を、言ってんだ……! ち、違う! お前が嫌いな訳じゃない!」
まともな考えなんてロクにできないけど、それでも、ひとつひとつ、きちんと言ってやらないと。きっと、アーサーは、こんな私の言うことなんて、きいてくれないかもだけど。
「私、いきなり旅に出るのはこわかったの……それでも、勇者の……アーサーの仲間になれるならって、頑張って人助けするのは嫌じゃなかった!」
「な、何の話だそれ……石とどういう関係があるんだよ……?」
「戦うのはいつもこわいけど、だれかのために善い行いをすることは、苦しく無かったの……」
思ってることは全然言えなくて、感情だけがどんどん先に行っちゃって、涙しか出てこない。
「もう、アーサーといっしょにいるのは、苦しくてつらいの……幼い頃からの仲なのに、私、あなたの事がぜんぜんわからないよ……」
アーサーの手が私の肩からはなれていく。きちんと言える程、私は強くなくて、上手くしゃべれなくなってしまう。
「何を考えてるのか、きちんと、おはなししようって……おしえてほしかったのに……うっとうしいっておはなし、きいてくれなくて……わからない、わからないよぉ……」
◆◇◆
そこから先は何も言えなくなって、視界も涙で何も見えなくて泣く事しか出来なくなった私を、ナターシャが優しく宿の部屋まで連れて行ってくれた事しかわからなかった。
日が沈もうとした頃にようやく泣き止み、その間ナターシャはずっと側にいてくれた。
「ありがとう、ナターシャ……泣き止むのに時間が掛かってごめんね」
「良いのよそれ位。暗い部屋にいると気持ちも沈むだろうし、灯りつけるね?」
そう言ってナターシャは部屋の照明器具を操作して部屋が明るくなる。そうすると、机の上に置いてあった壊されたお守りが視界に入る。
消えて無くなってしまったお守り石を見てしまった以上、私が作ったお守りはもう何の意味も持たない残骸でしかなく、投げ捨てられたそれを見ていると私の心まで壊された気がしてまた悲しくなる。
「エル、やっぱりアーサーと一緒に旅をするのはもう無理そう……?」
私は、わからないと呟き、いつかまた今日と同じ事をされてしまうのかと思うと、悲しい気持ちで潰れてしまいそうな心情を伝える。
男に産まれたからには、きちんと男らしくして欲しいのかもしれないし、もし女に産まれていたら、そもそも姉さんと同じ能力を持つ私が、一緒に旅に出られていたのかわからない。
ゆっくりとだけど、少しずつ考えながらナターシャに伝えると、彼女も少し考える素振りを見せる。
「マリーナ姉も凄い美人だけど、男ウケする顔立ちなのはどっちかって言うとエルの方なのよねぇ……」
「ど、どう言う事? 村ではアーサー含めた男の人達からは気味悪がられて距離を置かれていたのかと」
「性格もマリーナ姉は割と強い言葉が出るし、エルの方がお淑やかで、そうなるともう男には見れないって言うか見たくないって言うか……」
ナターシャからの思い掛けない言葉に戸惑ってしまう。幼い頃からあまり男の子らしい遊びに興味を持つ事が無かったのは、女装をする分には気が楽ではあったけど、お淑やかと言われるような事はしていただろうか?
そんな私の考えている事が表情に出ていたのか、ナターシャが微笑みながら何かを閃いた顔をする。
「そうだ! 良い事思いついちゃった! 王都に向かってマリーナ姉と会って話を聞いて貰えば良いんだ!」
その言葉に私は驚く、三年前に聖女として王都に呼ばれた姉さんに会いに行けるというのなら、今すぐにでも会いたい。
私は魔法の収納鞄から、姉さんの手紙を取り出して開く。アーサーが勇者となってその数か月後に旅に出る前に近況をやり取りして、村を出る直前に届いた手紙になる。
そこにはアーサーと一緒に旅に出る事になった私に対して、もし王都へと立ち寄る事があれば何時でも会いに来て欲しいと書かれていた。
「で、でもそれって、これから向かう先を変える事にならない? そんなのアーサーが行きたがる訳無いわ」
「うんそうね、だから行くのはエル一人で行きなさい。皆には私から伝えておくから!」
村からだと王都に向かうのは私一人では難しい距離だったけど、ここの街からなら馬車に乗せてもらう事が出来れば私一人でも辿り着ける。
「このままアイツの側にいても心休まらないでしょうし、それに王都に行けばエルに向いた人助けの方法が見つかる筈よ!」
「ナターシャ、ごめんね……戦うのは皆怖い筈なのに、私だけ逃げ出すような事を考えさせてしまって……」
こんな提案をしてくれるナターシャに申し訳無くて謝罪をしてしまう。顔を上げると目の前の彼女は笑って首を軽く横に振る。
「あっはは、大丈夫よ。エルに無理をさせて泣かせてしまう方が辛いから。あの場にいた冒険者全員そう思ったでしょうね」
そう言ってナターシャがそっと私を抱きしめて来る。勢いは無くゆっくりとした動きで抱き着く力も優しくて温かい物だった。
「そう言ってくれてありがとう、ナターシャ……寂しいけど、皆の無事を今以上に祈るね……早く平和が訪れてまた会えますようにって毎日祈るわ」
私がそう言うと、それが一番有難いとナターシャは喜んでくれる。心を温かくしてくれた彼女に感謝を告げて、一人になった部屋で明日の準備を始める。
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