聖女の弟はオトメちゃん 勇者パーティーから抜けた男の娘は小さな善行を積み重ねたい

りすてな

前編

 始まりは意見の違いからの言い争いだった。


 勇者となった幼馴染のアーサーに連れられて、魔族からの侵攻を跳ね除ける旅に出てもう半年以上は経つ。


 魔族が使役する魔物に襲われている人々の救助を優先する私と、手早く敵を倒せば全てが解決すると考えるアーサーとで、何度も口論になっていた。


 子供の頃から無茶ばかりしてきて、それは勇者になった今でも変わらなくて、怪我をしてから私に頼って来る。


 私はそれが危ない事だからと、もう少し周りを見て欲しいと意見をしても、彼は自分達が強くなって魔物達を全部倒せば良いだけだと言う。




「エル! お前もなら、腕っぷしを鍛えりゃ上等な剣が振るえる筈だろ! なのに女みたいに細い身体をしやがって!」


 そう言ってアーサーが怒鳴りながら私の腕を掴んで来る。


 逞しく育った彼の握る力はとても強くて、振り解く事なんて無理で痛みを訴えるしか出来ない。


「い、痛いよ……やめて、アーサー……!」


「エルが痛がってるでしょ! やめなさいよアーサー!」


 一緒に旅に着いて来てくれているもう一人の幼馴染のナターシャや、他の旅の仲間が私達の間に入って握られた腕を引きはがしてくれた。


 それでも、アーサーの不満が止まる事は無かった。そして、今いる冒険者ギルド内で揉め事を起こしていたので、彼の言葉で私に注目が集まっていくのをざわつく周囲の声で感じてしまう。


 私が男に産まれて来たのは事実なのだけれど、とある事情で私の身体つきは男らしさなんて微塵も無く育って、声だって子供の頃から変わらなくて、着ている服も女性用の物になる。


 それがアーサーにとっては、周囲に言いふらしたくなる程に苛立ってしまう理由なのかもしれないと思うと、そんな私の意見なんて聞きたく無いと考え気持ちが沈んでいく。




「アーサー、女の私よりもエルは可愛いのに、一体何が不満なのよ? 村で一緒に育ったから、事情も知ってるでしょ」


「だ、だからっ! エルは男だって言ってるだろうが! 男なら強くなれって話だ!」


 私よりも少し背の高いナターシャが庇うように私の前に立ち、アーサーに意見するも、彼は正直に不満を告げる。


 剣術も魔法も一通りは学んだけど、私の身体では振る剣は軽すぎて、魔法の実力も姉さんには遠く及ばない。


「ナターシャ、アーサーの言う通りだから……私の実力が足りて無いのは自分でも良くわかるの」


「エル、そんな事無いから……剣は苦手なのに頑張ってるのは知ってるし、扱える魔法もマリーナ姉と同じ物なんだから、もっと自信を持って」


 他の仲間の人達からも、私には戦いでもそれ以外の旅の間でも色々と助けられていると励ましの言葉を貰うけど、アーサーは私達をじっと見ている。




「何でエルを庇うんだお前等。実力が足りない上に、遠慮する必要なんか無いのに宿部屋だって一人で使わせやがって」


 アーサーがそう呟く。パーティーのリーダーからして見れば、宿に泊まる毎に事情を説明するのも気苦労を掛けてしまっていたのかもしれない。


「ご、ごめんなさい、アーサー……宿部屋に不満があるのなら、私もあなた達と一緒の部屋でも良いから」


「なっ、何を言うのよエル!? 女の格好をしてないと体調に影響が出る程なのに、男部屋になんか入れられ無いわよ!」


 私がこう育った経緯をよく知っているナターシャから、それは駄目だと止められてしまう。


 幼い頃の話、聖女としての能力を持って産まれた姉さんが大人達からの指導で、一人厳しい修行をしていた時だった。


 辛くて悲しそうな姉さんの顔を何度も見る度に、どうにかして支えてあげたいと思い、私も女の子の服を着て姉さんと同じ修行をすると無理矢理加わったのが始まりだった。


 姉弟だったからなのかはわからないけど、私にもほんの僅かながら能力があったみたいで、それを見た姉さんは私と同じ青い眼を見開いて驚きつつも、仲間が出来たと喜んでくれた。


 それから仲はとても良くなったけど、その影響で今では女装をしていないといけなくなってしまった。




「私の身体が普通の人とは違うのは、私が一番知ってるから……けどアーサーがそれに不満に思っているのなら、きちんと解消してあげないと……」


「それなら、私達の部屋にくれば良いじゃない。マリーナ姉と同じ能力の影響なら、たぶん心とかそういった部分で女の子側なんでしょ? 大歓迎するわよ」


 心が自分達側だと、ナターシャは私を受け入れてくれる提案をするが、身体はそうでは無い。


 その事実がまた別の問題になってしまわないように、私は首を振って断りアーサー自身にどうして欲しいのか話し掛ける事にした。


「ねえ、アーサー? どうするのが一番良いと思う? 一度私達二人で話し合いをする必要があるよね……?」


 いつも私に対して不満を口にしているアーサー。幼い頃からそうだったけど、今はどう思っているのか一度きちんと話し合う必要だと感じた私は、彼の方を向いて提案してみる。


 そんな私の提案に、アーサーが眼を見開き何かを言おうとした瞬間、ナターシャ達が前に出る。




「エルが無理をする必要なんか無いのよ! そもそも、無理矢理旅に連れて来たのはアイツなんだから、宿部屋で文句を言うのが今更だわ!」


 ナターシャのその言葉を聞いて、他の仲間達もそうだそうだと私を庇うようにアーサーに意見し始めた。


 それが更に彼の不満を募らせる事になってしまい、遂にアーサーは怒りだしてナターシャ達を払いのけて私に近付いて来る。


「何なんだお前等! リーダーは俺なんだよ! エルもエルだ! 昔からそうだったがマリーナの真似ばかりしやがって! その髪型もおしゃれのつもりかよ!」


「あっ、や、やめてよアーサーっ、そのリボンは大事な物なの!」


 怒ったアーサーがその勢いで私の髪を触り始め、旅の途中で用意した髪に結んでいたリボンを無理矢理奪うようにほどいていく。


 長く伸ばした金髪の端の一部を三つ編みにして、後ろに纏める箇所に結び目を隠すように上から身に着けていたので、リボンを取られた拍子に髪がほどけていってしまう。




「違うの、アーサー、リボンはおしゃれをする為に用意した物じゃ無いのよ! ちゃんと話すから返して!」


「これが剣術を学ぶのよりも大事な物だって言うのかよ、どうせ剣を振りたく無いから適当な嘘をつくんだろ!」


「ねえ、アーサー。やっぱり一度二人だけで話し合いましょ? 思う事があるのなら教えて欲しいの……」


 私はアーサーに近付き、話がしたくてまずは落ち着いて欲しいと思い、その腕に手を伸ばす。


 けど、リボンを取り戻そうとしたと思われたのか、驚く彼に私の手は振り払われてしまい、そのまま後ろに後ずさってしまう。


「く、来るな! 俺がお前に話す事なんて既に言ってるだろ! いつもいつも鬱陶しいんだよ!」


 そう言ってアーサーは、リボンを強く握り締め始め、もう片方の手も腰のベルトに身に着けていた私が作って渡しておいたお守りに手を伸ばす。


 そのままベルトに結んであった紐ごと力強く引き千切り、お守りを外してしまう。




「やめてよアーサー……私のリボンもお守りも、そんな風に扱うなら返してよ……」


 握り締められたリボンはグシャグシャになり、仲間達全員に同じ物を渡してあるお守りもぞんざいに扱われてしまっている。両方の手でそんな風に扱われているのを見ていると、私の扱いもそう感じられて途端に悲しい気持ちになっていく。


「どうせ両方とも安物だろ、なのにそんな悲しむフリをしてまた同情を誘うのかよ」


「そんな事してないわ……リボンは手を加えておまじないを込めて、お守りも皆を守るように祈ってあるもの……」


「なんだよそれ! 何だかんだ言う癖に、誰でも出来る曖昧な事しかやらないんだお前は! こんな素人が作った出来損ないなんかいるかよ!」


 私の言葉を振り払うように、アーサーはお守りを床に投げつけてしまう。相当力強く握り締めていた為か、衝撃でお守りが完全に壊れてしまった。


 いきなりの事で止める事も出来ず、何をされたのか理解が追い付けない。


 装飾が壊れ、中に入れていたお守り石も床に転がる。


 すると石が一瞬だけ強く光って、その後すぐに砂よりも細かい粒になって崩れ去り消えて無くなっていった。

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