第13話 謎な洞窟 ~よっつめ~


「あったぁ..... きっと、これだわ」


「それ.....? なんで?」


 あれから三十分ほど。


 洞窟中を掘り返して彼らが見つけたのは古びた墨絵。大海原に異形の浮かぶその絵は微かに発光していた。

 案の定、紫の陰がさしていない場所は安全だった。貝や魚など、海にちなんだ墨絵ばかり。


 その中に朏の求めた絵もあった。


 ......これだよ、これ。遊園地ゲームの動画で満た物の怪。疫病を治癒する三本足の妖怪。


「なんつったかな、これ..... 疫病に効く絵なんだよね。思い出せないや。KPっ! 雑学でダイスっ!」


《..........っ!》


「雑学?」


 あまり聞かない技能である。しれっと宣言した朏にGMは息を呑み、翔達は顔に疑問符を浮かべた。


 そんな三人が必死に謎解きをしていた頃。


 死ねない疫病患者と化した探索者が、虫の息のまま己の身体が朽ちていく恐怖に戦いている。




「ふぐ.....っ、いっそ、殺せっ、殺してくれよぉぉ」


「痛い、痛い.....っ、どこもかしこも.....っ、うう.....ぅっ」


「助けて.....、死にたくなぃぃ、ふえぇぇ.....」


 ぐずぐず音をたてて崩れ落ちる四肢。動く度..... いや、じっとしてても走る激痛。

 ひたひた忍び寄る死の気配。己の死を自覚できるほど、ゆっくり沈められていく絶望の中、和真だけは微かな安堵を感じていた。


 .....菜摘は。翔達と合流出来ただろうか。頼む、助かってくれ。


 薄気味悪い石像付近に散らばる白骨の山。たぶん自分達より先に潜った探索者らの成れの果てに違いない。

 それを凝視し、和真は入り口付近の翔達だけでも逃げ伸びて欲しいと切に願う。

 あそこはセーフティゾーンだ。ひょっとしたら、自分達の死んだあと出口が開くかも知れない。

 だが、瘴気におおわれ疫病で倒れた三人と、上手くここから駆け出していく菜摘を見て、石像は残忍にほくそ笑んだ。


《丁度良い。全てが潰えねばセッションは終わらない。あの女が残りを連れてきてくれることを祈るが良い。.....それまで、うぬらも死ねぬ》


 うっそり上がった石像の口角。


 これが謎解きの結末。


 順調に道筋を示し、最奥に引き込んで一網打尽にする罠。このシナリオは、謎解きのみなふりをした即死トラップだった。


 ここに来るまで大した謎解きはなかったし、唯一あったのは病気を連想させる一文。あとはほぼ一本道のごとくこの石像まで辿り着ける。

 どこかに打開策が潜んでいたのだろうが、一真たちは気づけなかった。進めるなら進んでしまえと、奥に向かってしまった。

 病の進行するバディを見ていられない透を、一真もまた、見ていられなかったからだ。


 .....焦りすぎた。謎解きだけだと思って.....油断した。こんな質の悪いシナリオがあろうとは。


 辿り着いた時が終わりの始まり。周囲を探索しようと目星を振った瞬間、あたり一面をおおい尽くす瘴気に見舞われる。


 あっという間に。


 そして一真達は身動きを封じられた。奥で発見した行方不明者ら同様、全身を赤黒い発疹が覆い尽くし、その激痛で動けなくなったのだ。


 問答無用の即死トラップ。


 こうなったら、もはや死を待つのみである。息絶えるのに時間がかかる分、さらに悪辣だ。


 .....ちくしょう。知らないシナリオだったわけだよ。きっと誰も生還していないセッションだったに違いない。.....謎解きのみだからって油断したっ!


 せめて菜摘だけでも助かってくれと。翔らに合流し、ここから逃げてくれと和真は切実に祈っていた。


 なのに、そんな彼の期待を裏切る声が背後から聞こえる。




「大丈夫かっ? 和真っ! 他の二人もっ!」


 .....え? とばかりに顔を動かした疫病探索者らは、この最奥目指して駆けつける翔の姿を見た。

 その後ろには女性二人もついてきている。


「ば.....っ、か野郎っ! ここに入るなっ! 石像に近づくんじゃねぇっ!!」


 満身創痍で叫ぶ和真。その悲惨な光景を見て、翔の眼が憤怒に彩られた。

 そしてギロリと眼球のみを動かし、和真の言う石像とやらを睨めつける。


「あれか。島津さんの話にあった瘴気を吐き出すとかいう石像は。朏さん、イケるかい?」


「まっかせて♪ いくよ?」


 背に女性陣を庇い、翔は何かをかざしながら石像に突撃をかけた。


「やめろぉぉーっ! やめるんだ、翔ぉぉーっ!」


 眼球が飛び出すほど眼を剥いて和真は絶叫する。.....が、彼の予想を裏切り、石像は瘴気を吐かない。

 いや、よくよく見たところ、瘴気を吐き出してはいるが、それが何かで霧散させられていた。


 信じられない面持ちで翔を見つめる和真は、背後でけたたましく鳴るダイス音にも耳を奪われる。


「ダイス、石像に目星っ!」


《2D10.....っ、くそっ! なんで、こんなことにっ! どうしてダイス成功ばかりなんだっ! しかも、知識35でっ?! 出目がおかしいだろうっ?? .....石像の顔に妙な空洞があります、.....くそぉぉぉっ!!》


「ガタガタ抜かすんじゃないわっ! さあ、分かったわよ、石像の顔にアマビエの絵を引っ付けてっ! それで瘴気が弱まるわっ!」


「おうっ!」


 翔は嬉々とし、手に持った墨絵でペタペタと石像を撫でまくる。


 苦虫を噛み潰したようなGMの唸り声。そして断末魔をあげる石像。

 だがそれは、至近距離にいる翔を激しく蝕んでいた。

 バチバチ音をたてて抗う双方。強靭な体躯を持とうと、病は退けない。

 じわじわ染み入る瘴気で、翔の肌にも赤黒い発疹が出始める。そしてそれをGMは見逃さなかった。


《.....くっ、探索者は、襲いくる瘴気による病で体力が激減。ダイスだっ! 1D10っ!》


 GMの指示を聞き、朏が目を剥いて吠える。


「.....っ! ふざけんなっ! D6が妥当だろっ?!」


《うるせぇぇっ! このシナリオのルールは私だぁぁーーーーっ!!》


 彼女の声を掻き消すかのようなGMの絶叫。TRPGの不文律。GMの指示は絶対だ。


「く.....っそ、ダイスっ!」


 必死の形相で翔の振ったダイスの出目は7。途端に彼の全身が痙攣して、がくっと腰が落ちる。

 体力が半分近く削られたのだ。その反動がダイレクトに彼の身体を襲った。


 それを横目に、朏が炯眼をすがめ、即座に動く。


「アマビエ様を舐めんなっ! 疫病退散のエキスパートなんだからねっ! ダイス、応急手当っ!!」


 振られたダイスの出目は00と3。


《ここで、クリティカルぅぅっ?! お前こそ、ふざけんなぁぁーっ!!》


 通常なら応急手当成功で、1D6を振らせて、出た数値分を回復に当てる。.....が、クリティカルならボーナスをつける必要があった。

 ルールに従わないわけにはいかないらしいGMは、朏に1D6ではなく1D10を振らせる。


 結果は御察しだ。


《.....9っ?! この野郎ぅぅっ!!》


 失った以上の体力を取り戻して、俄然、張り切る翔。

 そして怒号のごとく唸るGMの叫びが、洞窟を劈いていく。


 成功やクリティカルを連発する朏のダイスに対する彼の怨嗟は計り知れない。

 これは雑学に紐付けされ、100でない限りファンブルも起こさないからだ。一パーセントの確率を拾うなど、神でも困難極まる。

 雑学とはあらゆる知識や技能を補うサポート能力。これが高いだけで、知らない知識でも手に入るし、各技能を大きくブーストしてくれる。

 場合によっては数値が百を越え、自動成功などという事態を引き起こすほど、ぶっ壊れた技能だ。

 しかし前述したとおり、この技能は知識に関連している。知識の数値は学歴で決まるため、雑学が高い数値になることは滅多にない。


 たとえば、高卒で学歴が13だとする。知識は学歴✕5と決まっているので、この場合65。雑学は80-学歴なので15になる。それに幸運÷2がプラスされたのが正しい雑学値だ。

 そして朏が得た雑学値は、99という恐るべき数値であった。


 .....これを探索者ギルドで見つけた時は我が眼を疑ったけど。つけていて正解だったわね。


 雑学のダイスに成功する度、朏は脳裏へ新たな情報を送り込まれる。それこそアマビエの隠された異能や、石像に宿る邪神の弱みまで。

 まるでテキストや攻略本を手に入れたようなモノだった。


 これの正しい使い途に気づいた先ほどを、朏は脳裏に浮かべる。




『アマビエ様は人を助くっ! ダイス! 雑学っ!』


 しばらく前、朏はこの絵の正体を思いだすべく、雑学でダイスを振ったのだ。


 そして起きた奇跡。これを朏は一生忘れないだろう。

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