第12話 謎な洞窟 ~みっつめ~


「途中までは特に何もなかったのよ。あ.....、そこ左ね」


 進行方向を指示しながら、回復した彼女は島津菜摘と名乗る。豊かな黒髪が背の中ほどまであるセミロングと大人しめな容貌。見た感じは少し気弱な女性に思えた。


 .....あの男には不似合いな人だよね。優しそうだし絆されてんのかな?


 そんな失礼極まりない想像をされているとも知らず、菜摘は申し訳なさそうに翔を見上げている。


「.....さっきは和真がごめんなさいね? 悪い人ではないのよ。ただ、口が悪くて」


「知ってるから。大丈夫だよ」


 申し訳なさげな菜摘の呟きを耳にし、翔は快活な笑顔で答える。

 どうやら、それなりの付き合いがある仲間らしい。周りに忌避されている翔と平気な顔で探索に潜ってくれるのだ。あの和真とかいう男が悪い奴でないのは間違いない。


 .....口の悪さは如何ともしがたいけどね。


 そんな他愛ない会話をぶった斬り、朏は詳しい経緯を聞く。


「.....で、いったい何があったの?」


「途中までは、被害者の居場所や、その声が助けを呼ぶ叫びなのだとか、病の示唆とか、色々分かったのよ」


 そして、透のバディが発病。


 慌てた一真達は、急いで謎解きに向かったらしい。だが、例の石像以外特筆するような手がかりも見つけられない。

 下手に石像に近づけも出来ず、ダイスを振るものの透の出目が悪くて情報を得られない。

 他も似たような感じで、仕方なく闇雲に進んだという。


 そして妙な文章を見つけた。


「これなんだけど.....」


 ポケットを探って菜摘が出したのは、十センチ四方の羊皮紙。受け取ったそれには、青黒く滲んだインクで文字が書かれている。


《.....悲し、苦し。身に忍びいる禍が我が身を壊す。そは闇の使徒。これに抗う術はなく、退けるは三ツ又の脚のみ》


 朏と翔は、書かれた文字を見て首を傾げた。


「病気..... 皆に伝染ったんだから、疫病だよな?」


「そう。ほら、昔は病気を悪霊の仕業とか悪い気が入り込んで悪さをしてるとか言われていたじゃない? だからこれを見て、私達もこの病気が普通ではないと感じたのよ」


 謎な石像から吐き出された靄による感染だ。そう思うのも道理だろう。

 途中、発見された行方不明者や件の石像の部屋を確認したが、ヒントになるような物は見つからなかった。

 菜摘と合流して一時間以上。一真達が探索していた時間もあり、被害者達は事切れていた。


 .....セッションに出てくる人間は邪神の作ったNPCらしいけど、こうして目の当たりにしたらPCもNPCも変わりゃしないわ。


 無意識に両手をあわせ、朏は亡くなった行方不明者らの屍を後にする。

 そして詳しい話を菜摘に尋ねながら、探索を進めていった。


「でも、抗う術はないとあるよね。つまり、通常の医学とかでは治せないってことかも?」


 考え込む三人。


 これは邪神を名乗る奴らのゲームだ。呪いとか、別な系統の疫病という可能性もある。

 実際、瘴気に巻かれたらしい一真達は、あっという間に動けなくなるほどひどい状態に襲われた。

 その直撃を辛くも免れた菜摘だが、引き返す間に症状が進行し、動けなくなる。そこまで即効な病が、普通の病原体であるわけない。


 .....疫病、疫病。闇の眷族が起こした事象なら、対抗出来るのも怪かしと相場は決まっているよね。

 .....病気を治す怪かし? 外なる神々にそんなん居たっけ? ツァトゥグアなら、対価と引き換えに何か授けてくれそうだけど、アレはほぼ命がけだからなあ。


 大体これがクトゥルフの素地を含むなら、救済すら用意されていない可能性もあった。

 比喩でなく死が救済となる場面だってあるのだ。そんな四面楚歌なシナリオだとしたら、生きて戻れるはずもない。

 クトゥルフ神話に出てくる多くの外なる神々。ある意味、正しきTRPGのこの世界で、朏は木を見て森が見えない状況に陥る。


 .....が、それを知らぬ翔が、のほほんと呟いた。


「日本には何百万も神様いるし。中には、病気を退ける神様もいるかもな」


「.....無病息災とか、どこでも聞きますしね」


 何気ない翔と菜摘の会話。


 それを耳した朏は、羊皮紙の一文に眼をやる。


 .....三ツ又の脚。あーーーーっ!!


「そうだよ、三ツ又の脚っつったら、八咫烏とアイツ.....っ! 疫病なんだ、間違いないっ!」


 .....なんつったっけ、アレ。三本脚で海にいて、疫病から人々を守ろうとした怪かし。


 突然叫びだした朏に急かされ、菜摘は羊皮紙を見つけた場所まで案内させられた。


 何が起きたのか分からないまま、三人は洞窟奥へと向かう。




「ここで羊皮紙を見つけたわ」


 そこは奥まった空洞。先行した四人が、目星や知識、アイデアなどで探索しまくったらしいが、出目が良くなくあまり情報を得られなかったらしい。

 ここをスルーしても先へ進めたため、そのまま奥へと進んでしまったとか。

 探索者として誉められた行動ではないが、仲間が危ない状況なのだ。それも頷けた。


「了解。まずは見える範囲の壁に目星でダイス」


《2D10、どうぞ》


 かららんっと地面に転がるサイコロ。


 そこで、例の軽快な擬音が洞窟内に鳴り響いた。


《んな.....っ! 2っ?? .....追加ボーナス、1D6で、どうぞ》


 この御伽街独自なルール。


 クリティカルを出した場合、その効果をブーストする追加ダイスを振れるのだ。これを使い、先程、朏は応急手当で菜摘の病気を治した。

 ただこれはファンブルでも同じ。最悪に最悪を足される極悪な仕様である。


 追加で振ったサイコロの出目は3。


《.....よくよく見た壁は地味に柔らかく、剥げそうな部分があります。その箇所は十三。うち五つから妙な気配を感じる》


 GMが情報を出した途端、壁のそこここが淡く光る。その中の五つが薄い紫の陰を帯びていた。


 それを見て、三人はそれぞれ柔らかい岩壁を手探りで探し、その脆い部分を指で剥がしてみる、.....と、その下から絵が現れた。

 だが、それを見た途端、周囲の空気が凍りつく。


「なんだ、これ?」


 ぞわっと背筋を震わせ、翔が数歩後ずさった。そこにあるのは、人の手を張り付けた額縁。

 朽ちて干からびた手が、ベッタリと張り付いている。

 異臭すら放つソレを見て、菜摘と朏も、ひゅっと息を呑んだ。


《ミイラの手を見た君らは凄まじく動揺したね? SANチェックだ。1D6でどうぞ?》


「6っ? 普通、3じゃないのっ?」


《ここで振るのはダイスロールじゃない。実物のサイコロだ。最低でも四面なんだよ》


 言われてみたら、その通りだった。ネットのダイスロールのように便利な数値のサイコロなど現実には存在しない。

 

 .....1D2なんて、サイコロじゃないものね。二面ならコイントスだわ。


 それぞれダイスした結果、朏は2、菜摘が1。.....そして、翔が4だった。

 ここでも妙に運の無い翔。


「.....くっそ。間が悪い。けど、まだ大丈夫だから」


 .....いや、全然大丈夫じゃないじゃん? あと1で不定だよ?!


 短時間に大量のSSN値を失ったりすると精神に多大なダメージを受け不定に入る。それが何度も繰り返され、残りSAN値が一定値を下回った瞬間、探索者は発狂するのだ。

 翔のSAN値では、軽い状態異常を引き起こすだけの不定すら余裕がない。

 

 毅然とする翔だって不安なはずだ。その空元気を見抜いた朏。このダイスの出目すら彼のリアルSAN値を削っているに違いない。

 目に見えない隠し要素だってあるだろう。このまま翔に探索を続けさせるのは無謀だった。

 けれど、多分ここが分かれ道なのだと朏は察する。ここを素通りしてしまったがため、一真達は窮地に陥った。ここにに必ず何かあるはずだ。


《あ、ちなみにその手は行方不明者のモノだよ? 腐って落ちた四肢とかのコレクションなんだ♪》


 .....いらん情報ーーーーっ!


 脳内で毒づく朏の予想どおり、GMの発言で翔や菜摘の顔色が悪くなる。


 .....わざとやってんな、こいつーーーっ! .....まあ、邪神なんてそんなもんか。


 GMの言った妙な気配の場所は、あと三つ。そのうちのどれが当たりなのだろうか。


 神妙な面持ちで考え込む朏。


 .....ん? 邪神? 


 自分の思考を反芻して、朏の目がみるみる見開いていく。


 GMは妙な気配と言っただけで、それが謎解きの手がかりとは言わなかった。それに翔の説明どおりならGMは邪神なのだ。


「質問だ、妙な気配とは良いモノか悪いモノか」


《.....胸がざわつく気配だな。良いか悪いかは、探索者の判断だ》


 .....この野郎っ!


「逆だわっ! 妙な気配のする場所は避けて、そんな感じのしないところを剥がそうっ!」


 ちっ.....と、低い舌打ちが三人の耳に聞こえる。


 .....ヤバいヤバい。GMとはいえ得体の知れないコイツは邪神側なんじゃん。こちらの疑問に答えることはしても、助けることなんかしないに決まっていたんだわ。


 あらためて気持ちを引き締め、朏らは壁に埋め込まれているはずの手がかりを必死に探した。

 

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