第9話 謎なシナリオ ~後編~
「俺はSAN値も低いし、安全策を取るけどね」
「アタシも、そっち派です。戦闘技能皆無ですから」
御互いに苦笑を浮かべる二人。
「俺は戦闘技能のが多くて高いんだけどね。ほら、このガタいだし、元がアスリートだからさ」
翔は、ぐっと腕に力を入れて見せる。そこに浮かぶ見事な筋肉の膨らみと流れ。
如何にも鍛えられてますな腕を見て、朏は少し安心した。
「助かります。アタシ、そっち方面からっきしなんで」
「.....そのちっさい身体で、荒事得意ですと言われた方が怖い。.....俺の場合は別の意味でもヤバいから、長編には参加出来ないけど」
.....ああ、SAN値か。発狂してバーサーカー化したら不味いもんなあ。
あはは、と乾いた笑いを浮かべる朏に、唾棄するような呟きが周りから聞こえた。
「単発でなきゃ、そいつと探索なんかしねーわ。SAN値30もないなんて、機雷と同じだぞ? いつ破裂するか分からない爆弾抱えて探索なんか出来ねーよ」
「ちょっと!」
忌々しげに翔を睨む男性。それを窘めるよう止める女性も、居心地悪げな顔をしている。
.....まあ、分からなくはない。けど、心の底からどうでも良いな。
朏は小さな嘆息をもらして、ばんっと翔の背中を叩いた。
「アタシには頼もしい助っ人だわ。幸い応急手当とか、そっち系が得意だから。減った分、回復するし、安心して?」
にっと悪戯っ娘みたいに笑う朏。それに軽く驚いた眼を向け、翔は困ったかのように目を泳がせる。どう反応したら良いのか分からないらしい。
「.....助かる。俺も頼りにしてるよ」
面映ゆそうな彼に、朏もくすぐったい心地だ。
割れ鍋に綴じ蓋かもしれないが、焼け石に水よりマシだろう。
こんな異常な世界に投げ込まれたのだ。成るようになれと自棄っぱちな気持ちも手伝い、朏は出会ってからずっと親切な翔を信じる。
そんな二人を余所に、定員六人が集まったクローズドで最終確認がされた。
大抵のセッションには推奨人数があり、その半分に足りたら始まるらしい。
よほどの難易度でない限り、フルまで集めることはないそうだ。
翔の説明を聞きながら、朏は御伽街ルールを覚えていく。
「じゃ、このメンバーで潜るぞ? .....松永は少し距離をとれ。お前、メンタル糞雑魚なんだから、俺らの足引っ張んなよ」
「了解」
いかにもな差別的発言。カチンときた朏が何かを言おうと口を開きかけた瞬間。翔の手が、かぽっと彼女の口に被せられる。
見上げる朏に、彼は困ったような笑顔を向けた。
「アレは口が悪いけど探索者の中じゃ真っ当な方の男なんだ。憎まれ口ばかりにみえるが、今のは、何が起きるか分からないから離れていろって意味だよ」
そこまで言われて、ようやく朏も合点がいった。
翔のSAN値が低いことは御伽街界隈で有名らしい。ゆえに翔のSAN値が下手に削られぬよう、あの男が先を行くと伝えたかったのだろう。
.....不器用な奴。それでも言い方があるとは思うけどね。
周囲の見守るなか、件の男性が張り紙を壁から剥ぐ。
それが合図だったのか、部屋の中に乳白色な靄が立ち込め、さあっと晴れわたった瞬間、探索者一行は洞窟の中に立っていた。
朏は唖然として生々しい岩肌な洞窟を見渡す。
湿気を帯びてヌラヌラ光る岩。その下方には苔や藻が蔓延り、うっかりすると足を滑らせそうだ。
彼女は恐る恐る翔の傍に引っ付き、その袖を掴む。細く柔らかな指に袖を引かれ、翔は微かな朱を目元に走らせた。
先程の会話が後を引いているのだろう。バーサーカーとして忌避されまくっている彼にとって、なんの裏表もない朏の素直な言葉は、本人が思うよりその胸に沁み入ったらしい。
.....頑張るよ。俺、低いSAN値になんか、負けないから。
健気な決意を胸にする翔。そんなことも知らず、朏は朏で別なことを考えていた。
.....怖いな。なるべく近くに居よう。翔さんの精神的負担を和らげないと。
それぞれ明後日な思考を巡らせる二人。
そんな初々しい二人を余所に、探索者達は行動を始める。
「所持品はどこまで許されるんだ?」
《三つまでだな。それ以外は禁止だ》
「うえっ?!」
突然、洞窟内に響いた会話。
思わず間抜けな声をあげる朏に、周りの怪訝そうな眼が突き刺さった。
その不躾な視線から彼女をかばい、翔が腕を組みつつ仁王立ちする。
.....え? なに?
御伽街では新規な朏。
ネットの中のロールプレイとは一味違う、生身の人間相手なTRPGの真髄。
それを、これからまざまざと見せつけられる朏だった。
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