第10話 謎な洞窟 ~ひとつめ~
「彼女は昨日やってきたばかりの新規だ。個別ポイント獲得のために俺が誘った」
それを耳にした途端、あからさまな溜め息がそこここから聞こえる。隠す気もないのだろう。その溜め息には言い知れぬ落胆が滲んでいた。
「バーサーカー抱えた上に初心者つき? 勘弁しろよ」
「あ~..... でも、ほら? 謎解きだけだしさ? 私達だって最初は周りに教えられてやってきたんじゃん?」
「.....まあなぁ。しょうがない、俺らが先行するから、なるべく前には出るなよ?」
それぞれ気の合うバディなのか。朏達を含めた二人三組の探索者らは、どこからともなく響く声の主と、当たり前のように会話を続ける。
「.....この声って?」
「GM。星の奴とは違う声だけど、どうやらGMは複数いるみたいなんだよね」
.....邪神とやらかな? 複数か。そうだよね。クトゥルフも同じだし。
手持ちぶさた気味に聞いてみれば、地球のTRPG同様、GMが状況説明や誘導をしてくれるという。
勿論、基本的に動くのはプレイヤーたる探索者だが、行き詰まったりするとヒントも与えるのだとか。
持ち物なんかもGMの指示通りにしか使えない。いくら沢山所持していようと、GMが許可しない限り、それを手にすることは出来ないのだ。
ネットのゲームならKPに申請すれば大抵の物を手に入れられるものだが、ここはリアルに忠実らしい。
所持している物からしか選べない仕様だ。
「はあ~..... 本当にTRPGなんだねぇ」
「そういや、朏さんはTRPG経験者なんだよね? 基本的なことは知ってそうだから手間が省けて助かるよ」
陽だまりのように微笑む翔の背後で、空気を読まない男が、いきなりがなりつけた。
「お前らも所持品決めろっ! 探索、始めらんねぇだろうがっ!」
「はいはい。俺は飲料水と携帯食。あとは手回しライトかな」
そういうと翔の両手に品物が現れ、ぎょっと眼を見張る朏。
「え? これ、今どこからっ?!」
「どこって《収納》から..... あ。あーっ! ごめん、教えてなかった?!」
う~あ~.....っと両手で顔を押さえ、思わず翔は仰け反る。
聞けば、探索者ライセンスを得ると同時に《収納》と呼ばれる異次元ポケットも貰えるのだという。
言われて確認した朏のライセンスにも、その収納らしきマークが出ていた。
そこに触れた状態で出し入れ可能な便利グッズ。ここにあらゆる物品を用意し、探索者達は許可された物を取り出しつつセッションに挑むのだ。
.....そういや、武器だの防具だのの話をしていた時、翔さんも《収納》に常備しているって言ってたっけ。リアルでなく、不思議アイテムのことだったのね。
肝心なことを教え忘れた後悔でドン底に落ち込む翔。それにトドメを穿つかのごとく、背後でがなっていた男が罵詈雑言を吐き捨てる。
「はあっ?! 探索するってのに装備もないのかよっ? 水もなくて探索やれっかっ! ゲームじゃないんだぞ? リアルなんだっ! 足手まといどころの話じゃないじゃないかっ! もう、お前ら帰れよっ!! ついてくんなっ!! ここにいろっ!!」
そう罵り、彼はバディらしい女性の腕を掴んで洞窟奥に進んで行く。
それに倣ったのか他の二人も奥へと消え、朏と翔はスタート地点に取り残された。
うなだれ言葉も紡げない翔。そんな彼は、振り絞るような掠れた声で小さく呟く。
「.....ごめん。俺の不出来だ。ここを動かず、セッションが終わるのを待とう。ポイントにはならないけど、クリアさえすれば君の個別ポイントは手に入ると思うから.....」
つらつら並べられる彼の言葉。よくよく聞けば、スタート地点はセイフティーゾーンに当たるらしい。
初心者などを連れている場合、ここで待たせて、ベテランがセッションをこなし、初期ポイントだけ得るというパワープレイもあるのだそうだ。
.....ホントにゲームだね。その天秤に載るのが現実の魂でなきゃ、アタシも楽しめるんだけど。
「あいつの言葉は正しい。不確定要素を連れての探索なんか自殺行為だ。幸い、今回は謎解きだけみたいだし、すぐに終わらせるから俺らは待ってろってことだよ」
説明されればそう聞こえなくもないが、朏は納得出来なかった。
むすっと膨れっ面な彼女に水のペットボトルを差し出して、翔は力ない笑みを浮かべる。
「飲んで? 俺の説明不足のせいだし」
「あ、お構い無く。KP、所持品申請だ。ザックの御茶と飴とペティナイフ」
《許可する》
呆気に取られた翔の前で朏は肩にかけているザックを下ろすと、その中から物品を取り出した。
「物入れは、その《収納》とかだけじゃないよん♪ リアルの鞄、忘れてない? こんな異常事態だもの。非常時の備えくらい鞄に忍ばせてあるわよ」
そう宣い、にっと笑う朏。
.....そうか。俺らはこのゲームに慣らされ過ぎていて。手荷物という概念がなくなってたんだな。
己の思考の落とし穴に気がつき、苦笑いしか出来ない翔は、GMのくぐもった嗤いに気づいていなかった。勿論、他の探索者も。
距離が離れると御互いの会話は伝わらないらしい。
朏がちゃんと物品を持ち歩いていたとも知らず、先行する二組。
これが、このシナリオの分かれ道になるなど、夢にも思わない探索者らである。
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