第8話 謎なシナリオ ~前編~


「雑学.....? え? なんで?」


 そこに輝くは《雑学99》の文字。


 雑学とは、あらゆる分野を総合したものだ。天文学、植物学、他色々。それらを総じて雑学という。

 ある意味、特化された専門。本来の雑学とは意味が変わるが、そう表記されているのだ。《雑学》単品の技能はTRPGに存在しない。

 そして何より特筆すべきは、その数値。99。

 地球世界のように便利なダイスロールのない御伽街のダイスは、99までしか出せないダイスである。

 つまり数値が99なら、ファンブル0ということだ。無敵の数字だ。

 これをつけても誰にも知られまい。ステータスは個人情報なので、その内側を他人が見ることは出来ないのだから。


 .....チート? なんでアタシに? モノが雑学じゃ役に立つかは分からないけど。


 ごくっと固唾を呑み、朏はそこにある《雑学》をスロットに嵌め込んだ。


 後に彼女は知る。これがチートなどではなく、彼女の身に起きた不遇が単なる偶然と噛み合い、類稀な相乗効果を発揮したのだと。

 


「これでいっか。まあ形にはなったわね」


 精神分析や応急手当、目星に聞き耳、忍び足など、索敵や隠密に特化した技能を振り分け、朏はステータス鏡面を消した。

 全てのスロットに技能をセットし終えた途端。いきなり彼女のライセンスが激しく振動する。


「え? なに、これっ?」


 あわあわ狼狽える朏を見て、カウンターにいた受付嬢がライセンスの右上を指差した。

 そこには点滅する羽のマーク。


「フレンドからのコールです。ここに触れるとスマホで通話が出来ますよ?」


 .....フレンド? 翔さんかな?


 他にアドレスの交換をした人間はいない。ここは異世界だ。スマホも地球世界とは繋がらなくなっていると昨日聞いた。

 慌ててライセンスに触れ、彼女はスマホを起動する。


「もしもし? 翔さん?」


『あ、朏さん? 今、セッション入り口なんだけどさ。どうやら謎解きのみのシナリオっぽいんだよね。戦闘がないなら初心者向けかなと思って。来てみる?』


「行きますっ!」


 戦闘力皆無な朏には、願ってもないお誘いだ。


『おけ。じゃ、コールのサインを三回タップして?』


 言われた通り朏はコールで瞬くライセンスをタップする。

 すると目の前がくらっと揺らぎ、次の瞬間、彼女は真っ白な部屋の中にいた。

 TRPGでお馴染みなクローズドである。


「ここ.....は?」


「急に誘って悪かったね。時間は大丈夫?」


 少し離れた位置にいた翔は、にこやかに笑いながら朏へと駆けてくる。

 そしてこの部屋が、セッションへの入り口だと教えてくれた。


「ここでリタイアも出来るし、誰かバディを喚ぶことも出来る。探索には種類があって、謎解きのみとか謎解き+戦闘とか、まあ推奨時間で結構分かるんだよね」


 そう説明しながら、翔は真っ白な部屋の壁中央にある羊皮紙みたいな張り紙を指差した。

 そこには、こう書いてある。


《ある海辺の洞窟からか細い悲鳴が聞こえ、行方不明者が続出した。狭き洞を漂う哀れな声音。それを捜して救出し、行方不明者事件の真相を解き明かせ。


 推奨技能 目星、聞き耳、鍵あけ、隠れる、忍び足。知識、交渉、言いくるめ。応急手当、医学、薬学、精神分析。


《所要時間 三~五時間》


 シナリオの概要と、あれば便利な推奨技能。そして大まかな所要時間。

 ここはゲームでいうロビーのような空間で、この取説的な張り紙を元に、おおよそシナリオの見当がつくのだという。

 

「所要時間が短いし、推奨に戦闘技能がないからさ。こういう時は謎解きだけってパターンが多いんだ。みんな初めて見るシナリオらしいけど、謎解きだけってのは初心者向けだからさ。朏さん、まだ個別ポイントもらってないでしょ? これをクリアして貰っちゃおうよ。ね?」


 なるほど。....と、一瞬頷きかかった朏だが、御伽街のゲームは初心者なれど、TRPGそのものなら自ら配信するほどやりこんできた彼女だ。

 張り紙に記載された技能を見て、つと嫌な予感が過る。


「医学、薬学、精神分析..... 戦闘がなくても、心身にかかわるギミックがありそうだよ? それもかなり重篤な?」


「..........っ!」


 思わず眼をしばたたかせた翔も、マジマジと張り紙を見直した。


「たしかに..... でも、どうなんだろ?」


 神妙な顔を見合わせる二人に、他の探索者が声をあげる。


「よくあるよ。治癒系統の技能が念のため的に記載されてることがね」


「そうそう。戦闘技能が推奨されてないなら戦闘はない。それだけで十分じゃないか?」


「概要も行方不明者の捜索と原因解明だしな。楽勝パターンだって。ポイントは少ないだろうけどさ」


 どや顔で笑う他の探索者達。

 その説明の足りない部分を翔が捕捉してくれる。


「戦闘がなく、所要時間の短いシナリオは難易度も低いから、貰える貢献度ポイントも少ないんだよね」


 詳しく聞いてみると、クリア報酬の個別ポイント。これはシナリオの難易度によって変わるらしい。

 謎解きのみだと、0~1。謎解き+戦闘だと0~2。そして二十四時間以上かかる長編シナリオなら、2~5。

 これもどれだけ貰えるかは、貢献度とダイスしだいだ。

 単発、短編シナリオだと貰えない場合が殆どで、それに引きかえ長編シナリオは確定で2ポイントもらえるため、安全と秤にかけても挑戦する者は多いという。


 なるほどと頷きつつも、なんか納得のいかない朏。


 .....戦闘がないから.....か。でも巧妙なギミックとかもあるし、特にクトゥルフの仮想空間は油断出来ないんだけどなあ。毒入りスープなんて、その最たるものだった。


 己の初ロールプレイを苦笑いで思い浮かべる朏。ネットで知り合ったGMと1on1でやったのだが、けちょんけちょんにされたものである。


 物理でなく精神的に。


 各部屋を調べて、そのスープが人体で出来てると知ったり、厨房や図書館のギミックでガリガリSAN値を削られたり、容赦ないシナリオだった。

 スープの温度で知らされる制限時間。謎の少女や不可思議な死体。これでもかとクトゥルフの理不尽が詰め込まれていると実感したものである。


 懐かしい思い出に思考を馳せていた朏は知らない。

 御伽横丁のシナリオ作成者が邪神であることを。

 趣向を凝らすより、もっと直接的な理不尽を突きつけられることも、今の彼女に知るよしはなかった。


 こうして、朏の初リアルセッションが始まる。


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