第7話 謎なゲームシステム ~後編~


「.....っはぁぁぁ」


 ざっとシャワーを浴びてガウンに着替えた朏は、大仰な溜め息をつきつつ、ボスっとベッドに倒れ伏した。


 .....濃すぎる一日だわ。なによ、異世界転勤って。さらに邪神のいるTRPGの世界? さらにさらにクトゥルフ系? ただのホラーならまだしも、ガチ地雷だらけでKPが殺しにくるゲームじゃんっ!


 全力で信じたくない彼女ではあるが、目の前でカラコロ振られた摩訶不思議なサイコロや、それに付随する怪奇現象を立て続けに実体感した今となっては、さすがに信じざるを得ない。


 しかも翔に聞かされた経験まじりの説明。訪れた書店の本や、そこに併設されているギルドの仕組みまで知らしめられ、否が応にもこの非現実的状況に納得する。

 

 実際、このホテルを紹介してくれながら、翔は探索者ライセンスと融合した社員証の使い方を教えてくれた。


『多分、君も同じだと思うけど。俺らの生活費は会社持ちだよ。ライセンスを提示してサインしたら終わり。支払いは全て会社に回されるから。.....生命の対価だ。豪遊しても罰は当たらないと思うね』


 語尾にいくにつれ、低く唸るように変わる翔の呟き。それは呪詛のごとく重い響きで朏の耳に届いた。


 .....さもありなん。これでは騙し討ちみたいなモノだ。厭悪怨嗟が積もりに積もろう。


 同じ境遇であれど、すでに半年もこの恐ろしい街で暮らしている翔を思うと、朏は憐憫が胸に込み上げる。どれだけ苦労してきたことか。

 なのにこうして親切にしてくれるのだ。その行動の端々に感じる労りに感謝し、朏は深々頭を下げた。


『ありがとうございました。おかげで、この街の基本的なことは理解出来たと思います。.....理解したくないけど、生き残らなきゃですよね。頑張ります』


『うん。御互いに頑張ろ? ここは安全なホテルだけど、中には客を飲み込む暗黒宿や文字通り喰らう食人宿とかもあるから。レストランなんかも気をつけて?』


『うえっ?!』


 .....かなり本気で魔境だなっ? 開幕、翔さんに出会えたのは奇跡なんじゃない? これも幸運やダイスの恩恵かな?


 顔面蒼白な彼女に苦笑いを向けた翔は、スマホのアドレスを交換して帰路につく。

 それをぼんやりと見送りつつ、朏もカウンターでもらった鍵を握りしめてエレベーターにのった。

 疲れが限界を迎えようとしている。今にも膝から崩れ落ちそうで、彼女は必死に部屋へ辿り着き、なんとかシャワーを浴びた。


 .....も、無理ぃぃ。キャパオーバーだよ。誰か助けて。.....うん、誰もいないよね。知ってたけどさ。


 そんな益体もないことを考え、生気のない顔で天井を見上げながら、これからどうしようかと朏は途方に暮れる。


 .....仕事はない。.....みんな、何してるんだろうか? 探索者って、怪異に巻き込まれるまで、何もやることないよね?

 .....研究や訓練? 基礎固めしとくのは得策かな? ステータスの数字はリアルを反映しているようにみえるし。今のところは。


 身体的特徴や学歴なんかの動かしようもないデータは正しいだろうが、体力、筋力とか知識や技能は、努力しだいで向上可能だ。実際に生きている人間なんだから当たり前。


 .....普通のTRPGは職業ポイントなんかの個別ポイントが貰えるんだけど、ここではどうなんだろ? 明日にでも探索者ギルド本部に行ってみようか。書店の派出所じゃ登録と報告しか出来ないようだったし。


 初クリティカルボーナスで貰った脳内マップ。それを無意識に展開して、朏は探索者ギルド本部の位置を確認した。


 .....便利だわ、これ。本部周辺にも色々な店とかあるな。.....ん? 宵闇酒場? .....うわあ、非合法の集まりかぁ。麻薬や売春の斡旋とか。どこでも人間の考えることって変わらないのねぇ。


 特に、この街では非合法が非合法でない。それでも通常の人間が忌避する行為は人目をはばかるようである。


 そんなこんなをつらつら考えながらライセンスを見つめていた朏は、睡魔の寄せ返す波に浚われていく。

 うとうと船をこぎつつ、すう.....っと眠りに落ちる彼女。

 あまりに色んなことが起きすぎた。酷い心身疲労が朏を心地好い眠りに誘う。


 深く眠り込み、翌朝元気一杯になった彼女は、向かった先の探索者ギルドで新たな難題を知った。




「最初のシナリオ踏破をしないと、個別ポイントは手に入らないんですか?」


「はい。技能はつけられますよ? スロットの空き五つありますし、何かつけていかれますか?」


 にっこり笑う受付嬢が悪魔に見える。


 .....ないよりマシだけど。初期値の技能が幾つあってもダイスで成功する気がしないなあ。


 通常のTRPGなら、職業や個性に応じた個人のポイントがあり、それぞれ得意分野や不得意分野を底上げ出来るのだ。

 それがないとなるとゲームの難易度が爆上がりする。


 .....シナリオをクリアするため高い技能が欲しいのに、本末転倒じゃん。どうしよう?


 うーむと頭を抱える朏。


 そして、スマホと同じ仕様だと説明されたステータス鏡面を、彼女はするする指で弄くった。

 そこにズラリと並ぶ職業や技能。戦闘技能などは使える気がしないため、扱いやすいキックと頭突きのみつけておく。


 .....状況把握に必須な目星と聞き耳は外せないよね。あとは..... 移動を補助する忍び足と。逃走率を上げる回避。鍵あけもあると便利だよね。

 .....力がないから、小手先系で補わないとなあ。.....応急手当や知識.....あ~、アタシ、学歴ないからこういう系、初期値低いんだよねぇ..... .....ん?


 するする鏡面をスライドしていた朏の手が、ふいに止まる。

 通常のTRPGより、ずっと職種や技能が豊富な御伽街だが、そこに記載された技能は、まるで彼女のためだけに用意されているとしか思えない技能だった。


 .....なにこれ?


 目を皿にしてガン見する朏。


 ここから、不遇を覆す彼女の快進撃が始まる。

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