第5話 謎なゲームシステム ~後編~


「ようこそ、御伽街へ。登録ですか?」


 にっこり爽やかな案内嬢。セミロングボブの可愛い女の子だが、その背中に背負った看板が不穏過ぎる。


《おいでませ。邪神様の街へ♪》


 .....語尾の音符が凶悪だ。なにこれ? ギャグ? 自虐ネタ?


 口角をひきつらせつつも、朏は本屋に併設された探索者ギルドのサービスカウンターで登録した。

 見た感じは図書館のカウンター。差し出された書類も普通の申込書に過ぎず、ギルドといった奇異な雰囲気はない。


「探索者ギルド関係でだけ自分のステータスを確認出来るから。シナリオ踏破の報酬ポイントも、ここで振り分けられるよ」


 そう言いながら、翔はカウンター上の斜めに立て掛けてある鏡に触れた。縦五十センチ、横三十センチ程度の極普通な楕円形。

 だが、翔が触れた指先が淡く翠に光り、波紋のように広がった光は何かを映し出す。

 そこには翔の名前や簡単なプロフィール。そして各種ステータスと技能が描かれていた。

 初めてみる異世界感に、おお.....と朏の目が輝いていく。


「この社員証のラミネートされた探索者ライセンス。これにはめこまれた輝石が、探索者ギルドに保管されている対の輝石と連動してて、色んな情報の記載や記録をしてくれてるんだ。金銭のやり取りも可能。輝石が個人を特定していて、本人以外には使えないから安心だよ?」


 翔はラミネートと言ったが、実際には何の素材か分からない。聞けば、地球のラミネートフィルムに似た感じなのでそう呼ばれているだけなのだとか。

 防水防火は勿論、どんな鋭い刃でも銃弾でもキズ一つつかないらしいから驚きである。


 登録に血が一滴必要だと言われ、朏はピンで指を刺して、カウンターに置かれた掌大の水晶に押し付けた。

 すると水晶の中で光が渦を巻き、ぱあっと輝いたかと思うと五ミリほどの小さな石が零れ落ちる。

 キラキラ光る玻璃ガラスのような輝石。

 サービスカウンターのお姉さんは、それをラミネートした社員証と、登録のために記載した書類の両方に鉤ヅメで留め、再びにっこり微笑んだ。

 

「これにて登録終了です。良いシナリオライフを♪」


「.....はあ。ありがとうございます」


 思わず脱力気味に探索者ライセンスを受けとる朏。それを気の毒そうな笑顔で眺め、あらためて翔は本屋の一角を指し示す。

 通常の書籍に紛れて置かれた探索者エリア。なんの違和感もなく日常的なコーナーになっているのが笑える朏。


「あの辺りがルールブックや過去のシナリオ集エリアだ。まあ、エンド判定はGMだし、分岐も無数。.....全滅ってのもあるからね。攻略の補助くらいにしかならないけど。同じシナリオが起きる怪異も多いから、眼を通しておいて損はないかな」


 翔もまた自然体だ。これにがっつり馴染んでしまっている。


 .....まあ、そんなもんか。これは、この街の日常を知らない新規だけが感じる疎外感かもね。


 翔の説明に頷きつつ、朏はルールブックを手に取り読み始めた。

 妙に明るいパステルカラーの表紙と、可愛いキャラクターの飛び回る説明書き。

 まるでどこぞのゲームの攻略本みたなソレにも、彼女は違和感を覚える。


 .....ルールそのものは難しくない。ダイスも掛けるや割るはなく、単純なハイ&ロー。戦闘時のみ、相手のステータス依存が入る。

 1~5までがクリティカル。96~100がファンブル。この辺は既存のTRPGと、ほぼ同じだ。ただ、ここのダイスは現物を転がすため、二桁が九十、一桁九が最大値である。ゆえに百ファンはない。

 さらに違うのは、クリア報酬で己の数値を上げられること。

 喩えるならば育成TRPG。長く続けることを前提としているのだし、妥当とは思う。


 思いはするものの、なぜか朏は釈然としない。


 .....駒を強くして、どうするの? 実際に成長するのだとしたら、とんでもないバグが起きるんじゃない?


 彼女は先ほど見た己のステータスを思いだす。


 腕力9 精神13 知性15 敏捷17 体力10 体格9 容姿10 学歴7


 幸運91 SAN値98 アイデア75 知識35


 目星25 応急手当30 聞き耳25 キック25 頭突き10 他、空きスロット✕5。


 比較的数値の高いモノが最初から装備されていたようだ。ライセンスの示すとおりなら、トータル十の技能が装着出来る仕様。

 スロット外の技能は一律1~30の初期値でのみ使える。各ステータスには特定の計算方法もありアイデアは知性✕5など、決まった法則だ。


 .....知性15でアイデアが75。適正な数値ね。技能はたぶん初期値。職業ポイントとかは貰えるのかしら? クリア報酬をポイントとして振り分け、数値を上げられるなら、このスロットも増やせたりするのかな?


 ルールブックにある技能の種類は百近くあり、探索者は己のステータスと相談して使いやすい技能を任意でつけているらしい。

 この辺も地球にあるTRPGのキャラメイクと変わらない。技能がえらく多いが、人の長所は千差万別。ゲームシステムでない生身の人間相手なのだ。これくらいあってもおかしくはないだろう。


 あれやこれやと思考を巡らせ、黙々読み耽る朏。


 それを背後から見守りつつ、翔は先ほどまでの彼女を思いだしていた。


 いかにもなOL風のスーツ。そして空に向かって悪態をつく姿。

 この地に落とされた者の半数は彼女と同じことをやる。さらに、この地に慣れた者はスーツなど身につけない。だから落とされたばかりな新規の者は一目で分かる。


 商店街の真ん中にポツンと現れた朏。


 .....なんて幸運なのか。中には再び何メートルも上から落下させられて大怪我したり、ビルの屋上端に立たされて絶叫を上げたり、地下の排水溝に投げ込まれ、何日も気づかれなかったりなど、命にかかわる状況なこともあるのに。

 

 もっと酷いと壁に埋め込まれた状態や、闇クラブの檻の中なんてこともある。

 そうなったらもはや命はない。助かったようにも見えるが、壁と融合した部分は元に戻らないし、闇クラブの連中が飛び込んできた獲物を放すわけはなく、どちらも無惨な死を迎える。

 とにかく、ここに現れる時が最初の運試し。

 ダイスの恐ろしさを、これでもかと身に沁みさせてくれる御伽街の洗礼だ。


 .....俺は、たまたま幸運が高くて難を逃れたが。彼女もかな?


 すでに追憶の彼方に消えかかった思い出をサルベージし、翔は片っ端から本を読み漁る朏を静かに見つめ続けた。




「いや、もうホント..... 申し訳ない」


 戦利品をたんまり鞄に詰め込んで、朏は横を歩く翔に平謝りする。

 何のことかな? とでも言いたげな爽やかさ。その笑顔がさらに彼女を居たたまれなくさせた。


 あれから二時間、彼の存在も忘れて片っ端から本を読んでいた朏は、必要になるだろう本を何冊もピックアップする。

 そして満足げに振り返った瞬間、ようやく翔の存在を思い出したのだ。

 何時間もの放置プレイ。彼もまた、どうして黙って待っていたのか。一声かけて帰ったりすれば良いものを。


 .....声かけられていたのにアタシが気がつかなかったとか? でなきゃ、どこまで気づかないか試してたとか? それとも.....


 あらゆる最悪を脳裏に描き、朏はダラダラ冷や汗を流す。

 そんな彼女を見下ろし、翔は無駄に優しい声音で微笑んだ。


『良いの見つかったかい?』


『はい...』


 そう答えるしかない朏である。

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