第4話 謎なダイス ~後編~


「じゃあやっぱ、ゲーム同様、職業とかもあったり?」


「あるね。俺も伝え聞きでしかないけど、普通のTRPGよりずっと沢山あるらしいよ?」


 どうやら技能とかも山ほど存在しているようだ。

 翔は元スポーツメーカーの営業マンだったらしく、職業をアスリート。技能は交渉系と体術系を好んでつけているという。

 朏はまるで、どこぞのMMOかSAOにでも紛れ込んだ気分だった。

 ステータスや技能。そんな御大層なモノがポイントを振り分けるだけで上がるとは思えない。

 それはきっと数字のみの話だろう。実際の肉体や知能には関係ないはずだ......と思いたい。


 .....ゲームの強制力とかあるかもだしなあ。これが夢のVRとかだったら、全力で喜べるのに。.....現実かあ。


 翔の説明に耳を傾けつつ、何気に街中を眺めていた朏は、己の視界に入ったモノに眼を見張る。

 そしてソコを恐々指差し、彼女は翔に尋ねた。


「.....あれって?」


「あれ? .....ああ、そっか。初めて見るよね。俺も最初は面食らったわ」


 苦笑いな翔。


 朏の指差した場所には、多くの武具防具。見るからに鋭そうなロングソードやゴツい斧もあれば、最新の機関銃やハンドガンなど多種多様な殺傷武器が並んでいる。

 

 .....バタフライナイフ大特価って。世も末な幟立ってんなあ。


 たはは.....っと現実逃避したい朏を、翔が無理やりリアルに引き戻した。

 

「君も少し用意しておいた方が良いよ? 俺も《収納》に入れて持ち歩いているし」


 .....どこの魔境よっ! え? 銃刀法とか..... ああ、あるわけないか。むしろ、こういうのが必須な街なのね? ここはラグ◯ンシティなのねっ?! 刃傷沙汰や発砲事件が多いとか言ってたし?

 .....ってことは。見かけは普通でも中身が違う店や、下手に踏み込んだら即死確実なヤバい場所とかあったりするんじゃ??


 平然と宣う翔を余所に、言い知れない恐怖に煽られた朏は唖然と周りを見渡した。すると、ふいに脳内にシグナルが走る。


《.....振りますか?》


 .....あ。ああ、そういう。


 こんな時にはありがたい仕様だ。知らないことでも、GMに尋ねられる方法があるってのは。


「周辺に目星でダイス!」


 《目星》これはTRPG定番の技能で、今の状況や場所、特定の物品に対して情報を得る技能だ。

 ダイスに成功すれば詳細な情報をGMからもらえるが、失敗したら何ももらえない。


《2D10。どうぞ》


 朏が呟いた途端、宙にサイコロが現れ、かららんっと地面を転がった。


 出た目は00と2。


《クリティカルっ!! .....武器防具や、専門医療機器。毒薬を含む薬品店など、通常の世界では滅多に見られない店舗が多く存在しています。初回クリティカルボーナス報酬として御伽街マップを進呈。脳内で開閉可能。外観からは分からない特殊な店の表示と取説つき》


 .....クリティカルて。マジでクトゥルフかよっ! 何ですか? ひょっとしてファンブルもあったりしますかっ?!


《ございます》


 .....ですよねーっ! ってか、人の脳内で喧しいっ! 知ってたわ、この野郎っ!! 


 わなわな震える朏を心配そうに見つめる翔。その彼の腕を借りて、彼女はふらっと壁際に身を寄せた。

 がっくり項垂れる朏の姿に困惑を隠せず、彼は無意識に呟く。


「今の.....ダイスだよね? 何の? 特に異変はなかったように思うけど?」


 気づけば転がったサイコロはいつの間にか消え、脳内のシグナルも沈黙していた。


 .....ダイスは見えるのか。でもGMの声は聞こえていないのかな? ああ、秘匿案件とかもありそうだし、情報の共有は本人の判断か。


 はあ.....っと大仰に溜め息をつき、朏は目の前の街中を《目星》で探索したのだと説明する。


「街中で.....? ああ、なるほど。ゲームの時と同じなんだね? 出来るんだ? そういうの。俺は思いつかなかったなぁ」


 どうやら彼は、平穏な時にダイスを使うということはしなかったようだ。


「だってさ、クリティカルならともかく、ファンブルとかあるんだぜ? 何もないのにダイス振って体力やSAN値削られることになんてなったら、とんでもないよ」


 クリティカルは大成功、ファンブルは大失敗で、結果に+αの追加ボーナスがつく。良い効果ならともかく、悪い効果に悪い結果をマシマシされるなんて悪夢でしかない。

 セッションで失ったそれらも終了と同時に回復するらしいが、リアルSAN値までは治らないのだ。

 疲労困憊なまま眠りにつき、自然回復を待つほかないという。そんな事態を招くダイスを、なんでわざわざ平穏時に行なわなければならないのか。

 

「ああ..... たしかに」


 ファンブルとかの存在を知っておれば、多分、朏もダイスしなかっただろう。

 否応もない状況ならともかく、日常生活にまで危険を持ち込みたくはなかった。


 うんうんと一人頷く朏を見て、翔も胸を撫で下ろす。


 .....良かった。どうやら彼女は、まともな神経をしてるらしい。中には、そのクリティカルを狙って、無謀なダイスを繰り返すヤツもいるしな。


 そういったヤツが探索の仲間にいたりすると、邪神のゲームよりも、その仲間のせいで窮地に陥りかねない。

 リライブチケットが無くば、パーティ全滅の危機すら招くと翔は朏に愚痴った。


 .....探索者。ここでも、そう呼ばれてるのか。


 プレイヤーシートやルールブック。キャラメイクなど、普段身近だった用語のアレコレ。

 妙な日常感に戸惑いつつも、朏は翔の案内する本屋に足を踏み入れた。


 そして彼女は知る。


 ここが地獄の一丁目であることを。

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