第2話 謎な星
「.....なに? ここ」
変な感覚に襲われ、朏は肌を粟立てた。
何かがずるりとブレるような気持ち悪さ。次元の壁を越えた影響だが、操縦士は説明しない。
無駄に恐怖や緊張を与える必要はないだろうという配慮だが、そんなモノは焼け石に水。
「降りてください。私が案内出来るのは、ここまでです」
言葉足らずで無情な操縦士の言葉に、朏の不安は天元突破していった。
「降りてって..... ここ、空..... ひっ?!」
言うが早いか、すがっていたアクリル坂から、ず.....っと彼女の手がずり下がる。
.....え?
勢い良く開いたヘリコプター後部の床。座席などは壁に固定してあり、思うが早いか、朏とブリーフケースのみ大空に放り出された。
「きゃーーーーーーっ!!」
高度二千メートル。
大地に引かれて落ちていく彼女を切なげに見つめ、操縦士はヘリコプターを反転させる。
「御武運を.....」
万感のこもった一言は、朏の耳に届かない。
「ぎゃーーーーっ!!」
涙の泡沫を撒き散らし、目が飛び出るほど瞠目しながら落ちていく朏。
下手に高さがあって滞空時間が長いのが悪辣だ。あらゆる最悪が彼女の脳裏を過った。
.....死ぬ、死ぬ、死んじゃうってぇぇっ!! うわああぁぁんっ!!
みるみる肉迫する地表。それに硬直して、朏が固く目をつぶった瞬間。
何かに飛び込んだような感覚が彼女を襲い、全身に叩きつけられていたはずの風圧が消えた。
「.....は?」
そして気づけば見知らぬ部屋の中。五メートル四方くらいの不可思議な空間を見渡した朏は、ふと、あるモノに目をとめる。
それは真っ白な空中に浮かぶ小さい星。掌で包めそうな柔らかい光だ。
その星は数度瞬き、朏の脳裏に妙なシグナルを走らせた。
《.....振ってください》
「うえっ?! 喋った?」
だが今の声は耳に届いたわけでない。頭の中に、コーンと響いた感じである。それを理解し、朏は言われた言葉を反芻した。
.....振る? なにを?
疑問符全開な朏の前に、何かが音をたてて転がってくる。
それは十面体のサイコロ二つ。一つは0を含む一桁。もう一つは00を含む二桁。
透明な水晶のごとき輝きを放つサイコロを持ち上げ、その、眼を射るように真っ赤な数字を、朏は呆然と見つめた。
《.....振ってください》
再び脳内に走るシグナル。
.....振れって、このサイコロ?
正直、胡散臭いことこの上ないが、これを振らねば進まないと察した彼女は、恐々サイコロを床に放つ。
かららんっと澄んだ音色をたてて転がる立方体。それは九十と八の目を出してとまった。
《.....九十八。もう一度振ってください》
朏は、言われたとおりにサイコロを振る。次の出目は九十と一。
《.....有り得ない。だが、仕方ない。SAN値と幸運を決定しました。付与します》
「.....はい?」
朏の身体が輝き、何かが体内を侵食していった。虫が皮膚の裏を這い回るかのようなおぞましい感触に、朏の肌がぶわりと総毛立つ。
.....ひいいぃぃっ? なにこれ、なにこれぇぇっ!
べしゃっと倒れ伏し、小刻みに痙攣する彼女を余所に、件の星は勝手な話を進めていく。
《御伽街に、ようこそ。住まいはどこにしますか? 1・御伽橋周辺。2・御伽横丁周辺。3・御伽公園周辺。どれかを選択してください》
妙な感覚も収まり、何気に星の話を聞いていた朏は、ふと酩酊気味な既視感に襲われた。
.....いつか、どこかで似たような言葉を聞いた気が?
だが、とらえどころもないくすんだ感覚を振り払って、朏は星の質問に答える。
「えっと..... あ、御伽横丁で」
辞令にあった地区だ。たぶん、そこに向かうべきだろう。
そうボンヤリ呟いた彼女の前で、サイコロが光りだした。
《では振ってください。申請を御願いします》
.....申請? 振る? .....あ。ああああーーーーーっ!!
そこでようやく、朏は既視感の正体に気がつく。
「TRPGかあぁぁーっ? ええっ? リアルでっ?!」
TRPGとは、テーブルトークRPGの略で、現実の人間達が誰かの作ったシナリオのヒントを頼りにトークで物語を進め、エンディングを目指すゲームだ。
その際の謎解きや分岐、窮地突破に使われるのがサイコロだった。
キャラクターらにはステータスや技能が振り分けられていて、出目によりその結果が決まる。
例えば、
持っていない技能は初期値しかなく、常識の範囲な数値が振られていた。もちろん高くはない。
そういった多分に運の作用する諸々を交えて進めていくゲーム。それがTRPGである。
大抵は数値を下回れば成功。上回ると失敗。高い数値のモノほど成功しやすい設定だ。
技能やステータスの中には重複する能力もあり、それを口にすることで、どれかに固定してサイコロを振れる。これを申請という。
怪しげな植物が何なのか確かめたいが、植物学を持っておらず初期値だったとした場合など。
他に薬学や知識を持っていて数値が高いなら、代わりにソレでダイスすることも可能なのだ。
無論、GMの判断しだいなところもあるが、下手な初期技能よりはマシな結果となるだろう。
朏は趣味でクトゥルフTRPGの配信をしていた。似たようなことを何度も聞かれた経験を持つ。どうりで先程から妙に既視感を覚えたわけだ。
.....申請。.....ってことは、この質問に対して使える技能が、アタシには重複してるってわけね?
理解してしまえば慣れたもの。朏の眼が挑戦的に煌めく。
「アンタがGMってことで良いのかな?」
《便宜上は、そうなります》
.....便宜上?
「じゃ、質問。これは移動、あるいは何か別の思惑ありなダイス?」
《移動です。.....が、移動先の出現場所がダイスによって決定されます》
.....ビンゴっ! やっばあ。屋根の上とか、マンホールの中とか、とんでもな所に飛ばされちゃ堪らないわ。
知識は使えないだろう。この街の情報を朏は全く持っていない。
.....目星? いや、それも街を目にしてなくば使えない。
自分にどんな技能が振られているかも分からないし、体感でしかないステータスに頼ることも出来ない、この切迫した状況。
.....不親切過ぎるっ! こういう時、当てになるのは。
「幸運でダイスします」
この星みたいなやつが、さっきのダイスでSAN値と幸運を付与するとか言っていた。その通りなら、今の朏の幸運は九十一。おそらく、ステータスの中でも一番高い数値のはずだ。
《了解。2D10で。振ってください》
Dはサイコロの数。10は十面という意味である。つまり2D10は十面のサイコロ二つを振ること。
「幸運でダイスっ!」
朏が声をあげると、先ほどのサイコロが宙に現れ、勝手に落ちて転がった。
そして出た目は六十と八。
シャキーンっと耳慣れた擬音が聞こえ、件の星もそれに倣うよう瞬く。
《成功です。御伽横丁商店街に移動します》
そう星が呟いた瞬間、周囲の景色が変わり、いつの間にか朏は人々の行き交う雑踏に立っていた。
そして彼女は呆然と空を見上げ、次には忌々しげな表情で毒づく。
「柏木次長ーーーっ! 覚えてやがれよぉぉーーーっ!!」
いきなり現れた女性が突然叫んだにもかかわらず、周りは静かだった。
いや、雑踏なりにガヤガヤしてはいたが、特段朏に興味を抱いた風でもない。
何事かと振り返る人はいるものの、ただそれだけ。すぐに興味を失い、それぞれの思惑に向かっていく。
つまり、この場所にとって彼女のような奇行を目にするのは日常ということだ。
その異常性に気づきもせず、振り仰いだ大空に向けて、キャン×キャン悪態をつきまくる朏だった。
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