【3】 通販サクセスストーリー

 私、有⽥希美(のぞみ)は、バッグの転売サイトを運営している。いろいろなバッグを仕⼊れてきて、社員たちに売らせるのである。毎⽇、いろんなところを駆けずり回って、少しでも⾼く売れそうなものを⾒つけたら、会社に持ち帰ってくるのだ。それを、社員たちが⼯夫を凝らして、サイトに出品するのである。

 うちの社員の中に、最近新しく⼊ってきて、なかなかの売上を出している⼈がいる。名前は桝井裕仁(ますいひろひと)君。歳は40ちょうどで、私より少し年上だ。

 桝井君は、⾏動がテキパキしていて、ほかの社員よりも、かなりよく動くので、ずば抜けたスピードで、出品していくのであった。しかも、仕事にミスが少なく、何でも正確にこなす⼈だった。

 ただ、桝井君には弱点があって、メンタル⾯がかなり弱く、何かあると、すぐに会社を休んでしまうのだ。ひどい時など、1週間、1⽇も出てこないこともあった。私としては、本当は叱咤激励(しったげきれい)して、すぐにでも復帰してもらい、また活躍してもらいたいのだが、それをやると、余計に悪化してしまうと思ったので、グッとこらえて、 「⼤丈夫? お⼤事にしてよ。」

 と⾔うにとどめておいた。


 桝井君は、しばらく働いてはしばらく休み、というのを何度か繰り返していた。このまま放っておいたら、働く能⼒がなくなってしまい、永久に働けなくなってしまうのではないかと思われた。

 そこで、私は作戦を練ることにした。ほかの社員たちに協⼒してもらい、彼の機嫌をとってもらうよう頼んだのだ。

「なんでもいいから、あの⼈のいいところをほめてちょうだい。桝井君は、間違いなくうちの戦⼒だから、失うわけにはいかないのよ。頼むわ!」

 社員たちはある意味、彼を尊敬しているところがあったので、喜んで引き受けてくれたのである。彼が次に動き出した時が、作戦の実践⽇だ。

 桝井君も、⾃分なりにいろいろ思案して、何とか普通に働けるよう、努⼒し、もがいているのだとは思う。その証拠に、仕事を休みはするものの、仕事を辞めたいという⾔葉は、⼀度も聞いたことがない。だからこそ、私は彼のことを、なんとかしてやりたくて仕⽅がなかったのだ。


 そして、桝井君は1週間ぶりに顔を⾒せ、出品作業に取りかかろうとしていた。そこで、私は社員たちに目配せをして、

「今よ! やって!」と合図した。社員たちは、⼝々に彼をほめちぎる。

「君は⾏動が早いね。」

「仕事も正確にやるし。」

「しかも営業成績もいいしね。」

 賞賛のシャワーを浴びた彼は、目をキラキラ輝かせて、光悦(こうえつ)に浸っていた。よし、作戦は恐らく成功だわ。あとはこれが続くことを願うのみね。

 そして、実際、彼はその後、よほどのことがない限り、仕事を休むことはなかったのだ。好成績をキープし続けたことは、⾔うまでもない。


 ⼈は、働くことをやめてしまったら、あとは退化していくのみだ。彼にはそうなってほしくはなかった。働き続けることの喜びを、知ってほしかったのだ。

 私は、本来は短気な⽅なので、ほかの社員には、時には声を荒らげて叱ることもあるのだが、彼にはそうしなかった。その理由は、もちろん、彼のメンタル⾯を、考えてのことでもあるのだが、私は彼に対して、特別な思いを、抱くようになってしまったからでもあるのだ。

 私は、このサイトの運営を、将来的には、桝井君に任せたいと思っている。今のところ完全に、私情になってしまうが、私を虜(とりこ)にした彼に、ぜひとも、引き継いでほしいのである。

 しかし、そのためには、彼にはメンタル⾯を克服して、ほかの社員を納得させられるくらいの成果を、上げてもらわなければならない。でも、そういうことであれば、おそらく彼には、⼤きな負担になってしまうだろう。また出社できなくなってしまうのなら、本末転倒だ。

 それならば、いっそのことサイトは完全に⼿放して、2⼈で細々と、幸せに暮らす道を選んだほうがいいのかもね。彼の成⻑を待たずに、今度のクリスマスに思い切って、彼に思いを告げてみようかな。




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