第5話 チェー侯爵家

 リューインはソワソワしていた。


 学園での仕事を終えて帰宅し、たった今リー侯爵家のマリア宛に速達魔法便で手紙を送ったのだ。

 その手紙にはケッツによる尻按摩の予約のお願いは勿論だが、十三年前に助けて貰った事による礼も書いて出してある。

 十三年前にリューインはマリアにより体も心も助けられていたのだ。 


 今から十三年前、リューインが十二歳でジョブ【剣舞姫】を授かり父からこの出来損ないがと罵られ、家を飛び出しフラフラと町を歩いて事を思い出していた……


「この出来損ないが!! 貴様など我が家の娘ではない! 出ていけーっ!!」


 ジョブを授かり家に戻ったリューインに投げつけられたのは父であるソーエンからの罵声であった。


「父上!! なんて事を言うのですか!! リューインはこれまでも懸命に努力してきました! 父上も褒めておられたではないですか!!」


 兄で後継者でもあるセーエンがそう言って庇ってくれているがリューインの耳には入ってこない。そのままフラフラと家を出てしまうリューイン。


「待つんだ! リューイン!」


 兄のセーエンが止めようとするが、ソーエンが更にそれを止めた。


「止めるな、セーエン! 自ら出ていこうとしておるのだ! それよりも最近はさぼってばかりらしいな!」今日は私がお前の剣を見てやる! 訓練場へ行くぞ!!


「くっ、父上、貴方と言う人は!! 分かりました、今から勝負てす父上。私が勝てば貴方は隠居してもらう。私が当主だ!!」


「戯言を抜かすほど慢心したか、セーエン!! 良いだろう! 私に勝てるはずはないがその勝負にのってやろう!!」 


 こうしてリューインの知らぬ所で当主交代を賭けた闘いが始まっていた。リューインがそれを知るのはマリアに助けられて家に戻った後になる。


 フラフラと町を歩いていたリューインは貴族街を抜けて庶民街へとたどり着き、それでも歩みを止めずにスラム街にまで入り込んでしまっていた。


 そこで気づけば周りを囲まれていた。


「ヘッヘッヘ、お嬢ちゃん、こんな場所までやってきてどうしたのかな〜?」

「迷子かい? お兄さんたちが送ってやろうか?」

「その前にちょ〜っとだけお兄さんたちの言う事を聞いてくれかな〜?」


 見た目からして貴族のお嬢様といった格好のリューインに初めは何かの罠かと思っていた男たちであったが、広範囲に調べてみても護衛などが居ないのを確認してリューインを拐おうと迫ってきたのであった。

 この頃のリューインはプラチナブロンドの髪を背まで伸ばしてスッと通った鼻筋に目は大きく、唇は薄めではあるものの、あと二年もすれば美しい女性になる事を十分に伺える容姿であった。

 またその肢体も素晴らしく、十二歳ながら胸はCクラスであり、腰は容赦なくくびれており尻も引き締まっていた。


 リューインは父から投げかけられた言葉に深く傷ついてはいたが、男たちの慰み者になるつもりまでは堕ちていない。

 前に三人、後ろにも三人ほど居ると分かって今の自分の実力では結局は捕まって慰み者になるかも知れないが精一杯の抵抗をする覚悟で構えた。


「ヒュ〜、いっちょ前に構えたりして、お兄さんたちは抵抗しなかったら痛い事はしないつもりなんだけどなぁ〜」

「あっ、でも初めはちょっとだけ痛いかも知れないよ〜」

「まあ、二三発も殴ればいう事を聞いてくれるようになるかなぁ。顔は避けて殴るからね。お兄さん達の相手をしてくれた後にはもっとお金を払ってくれるオジサンたちのお相手をしてもらうつもりだから」


 言うだけ言って目の前の一人がいきなりリューインに殴りかかる。けれども女でまだ子供だと見てかなり手加減している。それがその男の仇となった。


「フンッ、ハアーッ!!」


 リューインは男の突きを掻い潜り懐深くに入り込むと勁を込めてそのがら空きの腹を打った。


「クプッ!?」


 その言葉と共にその場に崩れ落ちる男。それを見て仲間たちはいきり立った。


「このガキッ! 容赦しねぇぞっ!!」

「ヤりやがったなっ! おい、全員でかかれっ!!」


 十二歳の少女相手に大人の男が五人も一斉にかかってくる。

 リューインがいくら真面目に修行を積んできたとしても、多対一の訓練はまだ受けていなかった。

 なので…… 気づけば背後から抱きつかれ、その華奢なお腹を殴られて、抵抗するすべを奪われてしまったのだった。


「このガキが、手こずらせやがって!」

「おい、時間がかかり過ぎたぞ、早くこのガキを連れてずらかるぞ!」


 男たちがグッタリとしたリューインを抱えてその場を去ろうとした時に、リューインを抱えた男がクタリとその場に倒れた。


「どこのお嬢様なの? こんな場所を一人で歩いてはダメよ」


 そこに居たのは身重の身のマリアであった。リューインはその時に妊婦さんがこんな場所に居るのもダメなのではと思ったが、そこは黙っていた。


「助けていただき有難うございます。私はリューインと申します。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか、マダム?」


 良く見れば妊婦さんの左右に女性が二人立っていた。この当時はノラの母のミラとミセルの母のリエルがマリアの付き人であった。


「まあ!? リューインちゃんと言えばチェー侯爵家のリューインちゃんなの? どうしたのいったい。あ、私はマリアよ。マリア·リーと言います」


 敵ではないが父が毛嫌いしているリー侯爵家の者だと知りマリアは無意識に身構えてしまい、直ぐに構えをといて反省した。

 もう父の言うことなど聞かなくても良いのだという哀しみもあった。


「フフフ、分かるわぁ、無意識に身構えちゃったのね。でも大丈夫よリューインちゃん。仲が悪いのはあなたのお父様と私の主人なんだから。私たちまで仲良くしちゃいけないなんて決まりは無いでしょう。それに、あなたの演武を二度見させて貰ったけれども、それはもうとても感心したわっ!! あなたが五歳の時と八歳の時に陛下の前で演武をしたでしょう。五歳の時にも素晴らしいと思ったけれども八歳の時には更に精進した事が分かってとても驚いたのよ! 今のあなたはどう成長してるのか、私はとても楽しみにしてたのよ!」


 手放しで称賛されるがリューインはジョブが外れジョブであった為に父から罵声を浴びせられたので素直に喜べない。黙ったまま、涙を堪えていると


「どうしたの? リューインちゃん。あ、こんな場所で長く話をするものじやないわね…… ミラ、リエル」


「はい、分かっておりますよマリア様」

「マリア様はあまり動いてはダメですよ」


 いつの間にか周りをまた囲まれてしまっていたようだ。

 先ほどよりも多い八人の男たちが周りには立っていた。


「ヒョウーッ、炊き出しに来てたお貴族様の若奥様じゃねぇかっ!! 俺ぁ一度妊婦をヤッてみたかったんだ! お誂え向きだな!!」


 その言葉にいち早く反応したのはミラであった。


「お前がヤるのではない、ヤラれるのだ!!」


 ミラの言葉が終わった時には男は既に意識を失っていた。いつの間にとリューインが驚いていると


「リューインちゃんは私の後ろに居なさいね。大丈夫よ、あの二人も強いし私もこんな体だけどまだまだ動けるんだから!」


 知らぬ間に向かってきていた男の一人をリューインを庇いながらマリアの蹴りが迎え撃った。


「八脚拳【舞闘脚】!!」


 リューインはその蹴りに魅せられてしまった。


 その後、男たちを全員気絶させて衛兵がやって来た。だが、マリアもリューインも侯爵家の身内である。事情を聞かれると迎えが来るまで部屋に待機する事になった。

 その時にリューインはマリアに話をした。自分のジョブがチェー侯爵家にとって外れジョブであった事。それで父から出ていけと言われた事などを。


 マリアは話を聞いた後にリューインに言った。


「くだらないわね。ジョブなんて強さに何の関係もないのに。未だにジョブ至上主義なあなたのお父様もうちの主人も、ホントにダメな男たちだわ。いい、リューインちゃん良く聞いてね。私のジョブは【鍼灸師】よ。でも実家では誰よりも強くなったわよ。それにミラのジョブは【娼婦】よ。でも私の付き人で私に次いで強いわよ。だからジョブなんて強さには何の関係もないって私たちが保証するわ。だからあなたも自暴自棄になんてならないでこれまで以上に精進しなさい。きっとあなたなら当代随一と言われる使い手になるわ!」


 リューインは泣いた。泣いてマリアに抱きついて、優しく背を撫でられて更に泣いてしまった。


 泣き止んだ頃には迎えが来たと衛兵に言われる。だがリューインはマリアの方の迎えたろうと思っていたのだが、実際にはリューインの兄、セーエンが知らせを受けてリューインを迎えに来ていた。


「リューイン! 良かった、無事で。あ、失礼致しました、この度は私の妹を救っていただき心より感謝いたします、マリア·リー侯爵夫人。私はリューインの兄で本日よりチェー侯爵家を継ぐ事となり正式にチェー侯爵となりました。以後、よろしくお願い申し上げます」


「まあ、素敵なお兄様がいらっしゃるじゃないリューインちゃん」


「お兄様! それは誠にございますか?」


「有難うございます、リー侯爵夫人。リューイン、本当だとも。私が父上をちゃんと説得タコ殴りして家を継いだ。だからお前は何も気にせずに我が家に戻ってくれば良い。母上も心配しておわれたぞ」


「は、はい! お兄様! マリア様、本日は本当に有難うございました! あの、不躾ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、マリア様の技である【舞闘脚】を私なりにアレンジして技を編み出してもよろしいでしょうか?」


「うれしいわ、リューインちゃん。いつか完成したならば私にも見せてちょうだいね」


「はい! マリア様、必ず!!」


 あれから早十三年もの月日が流てしまった……


 リューインはそう思いながらもケッツの尻按摩よりもマリアと会えるかも知れない事を楽しみにして返事が来るのを待つのであった……

 

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