第22話

 六月の中旬、いつものように真理がカウンターの中で拓海と並んでいた。


 拓海が真理に尋ねる。


「あの後、返事はどうだった?」


「んー、『来月なら時間が取れるかも』って。

 お父さんも忙しいから」


 喫茶店の定休日は水曜日、他はすべて営業日だ。


 一般人の休日と都合を合わせるのが難しい職業と言える。


 拓海がため息をついて告げる。


「やっぱり店を閉めて会いに行かないと駄目か」


「私の都合でお店を休むなんて、悪いわよ」


 カランコロンとドアベルを鳴らし、女性が一人入ってきた。


 真理が入り口に振り向き『いらっしゃいませ』と告げようとして固まった。


 年配の女性が店を見回しながら告げる。


「ここでいいのかしら。

 真理は居る?」


「おかあ……さん」


 真理のつぶやきで、拓海が驚いて目を見張った。



 テーブルに案内された女性――敦子が真理に告げる。


「ちょっと私だけ、下見に来たわ。

 真理、あれは冗談じゃないのね?」


 真理は黙って小さくうなずいた。


 恋人と破局したことも、会社が倒産したことも真理は報告していた。


 それから間がないというのに、突然『会わせたい人が居る』というメッセージだ。


 驚くなという方が無理だろう。


 敦子がカウンターキッチンでコーヒーを淹れる拓海を見やりながら告げる。


「あの人が相手のマスターさん?」


「うん、拓海さん」


「いつからのお付き合いなの?」


「……先月」


「いつ知り合ったの?」


「…………先月」


 敦子がため息をついた。


「真理……あまりこういうことは言いたくないんだけど」


「わかってるわよ、それくらい」


「……子供ができたの?」


 真理は首を横に振った。


 拓海がトレーにコーヒーとケーキを乗せ、敦子と真理の前に置いた。


 立ったままの姿勢で、拓海が敦子に告げる。


「はじめまして。千石拓海です。

 この店を父から受け継ぎ、店主をしています。

 真理さんとは、結婚を前提にお付き合いさせていただいてます」


 敦子が拓海を見上げて告げる。


「千石さんも、どうぞおかけになって。

 ――それにしても、綺麗な人ね。

 外国人なの?」


 拓海がクスリと笑った。


「先祖に外国人が居たという程度です。

 ――では、失礼して」


 拓海が真理の隣に座り、敦子と向き合った。


 敦子がおそるおそる拓海に尋ねる。


「このお店、お客さんが居ないようですけど。

 経営は大丈夫なんですか?」


「オーナーが赤字を補填してくれてますから。

 今のところは黒字経営ですね」


 敦子が眉根を寄せて尋ねる。


「それは黒字と言えるんですか?

 オーナーが居なくなったら、このお店はどうなるんです?」


「帳簿上では黒字になっています。

 オーナーが居なくなれば、店は守れないでしょう。

 その場合、僕は貯金を持って別の店に行くだけですよ」


 敦子がおずおずと尋ねる。


「あなた、まだ若いでしょう?

 貯金はどのくらいあるのか、伺ってもいい?」


 拓海が困ったように微笑みながら応える。


「あまりこういうの、良くないとおもうんですけど。

 ――一般的な人の生涯年収、その一割程度はありますよ?」


 敦子の目が見開かれ、言葉を失っていた。


 拓海が困ったような笑みで告げる。


「僕は年俸制で、使う暇もないんです。

 ですから貯まる一方なんですよね」


 真理が拓海に告げる。


「お店を守れなくなることなんて、あるの?」


「ないと思うよ?

 僕らより先にオーナーが居なくなることなんてないし」


 真理がほぅ、と胸をなでおろしていた。


 きょとんとする敦子が、拓海に尋ねる。


「それはどういうこと?

 そんなに若い人がオーナーなの?」


 拓海がどう説明しようか困っていると、カランコロンとドアベルが鳴り響いた。


「――おや、変な時間に店を閉めてると思うたら客人か」


 優美がニコリと微笑んで敦子を見つめた。





****


 テーブルに着いた優美が、コーヒーを飲みながら敦子に告げる。


「おんし、真理の母親というとったな? 名はなんと申す」


 敦子がおずおずと応える。


「村上敦子よ。

 お嬢ちゃんは誰なの?」


 優美がニタリと微笑んで応える。


「このビルのオーナー、そしてこの喫茶店のオーナーじゃ。

 儂がおんしの疑問に応えてやろう」


「あなた、どういうお家の子なの?」


「おんし、『座敷童』は知っておるな? あれじゃよ。

 不動産業と投資で儲けた利益で、色々と好きに生きておる」


 眉をひそめた敦子が、真理に尋ねる。


「ねぇ真理、この子はなんなの?」


 真理が困ったような笑みで告げる。


「今聞いた通り、座敷童の優美さんよ。

 疑うなら鏡を使って優美さんを見てみて」


 困惑する敦子が、バッグからコンパクトを取り出し優美を覗き込んだ」


「――この子、なんで鏡に映らないの?!」


 コンパクトと優美を交互に見る敦子に、優美がニタリと微笑んだ。


「じゃから『座敷童』と言うたじゃろ?

 純粋な『あやかし』は鏡に映らん。

 基本的にはな」


 呆然とする敦子に、拓海が告げる。


「このお店はオーナーの思い入れがある店なんです。

 オーナーが金銭面で、僕が味を受け継ぐことで店を守ってる。

 だからこの店がつぶれることは、ありえないんですよ」


 ため息をついた敦子が、コンパクトをしまって告げる。


「なんだかわからないけど、特別な事情があるのね?」


 真理と拓海がうなずいた。


 優美がコーヒーを置いて敦子に告げる。


「儂が見えるということは、敦子にも素質があるのじゃな。

 真理の父親も儂を見ることができれば、話は早いんじゃがなぁ」


 真理が優美に尋ねる。


「そんなに『あやかし』を見れる人って少ないの?」


「多くはない。見れぬ、感じれぬが普通よ。

 千人いて、一人いるかどうか。

 じゃが親子なら、多少は見込みがあろうて」


 敦子は真理と優美の会話を聞きながら、コーヒーを飲んで気分を落ち着けていた。





****


 敦子が真理に告げる。


「ともかく、事情は理解したわ。

 それで千石さんとの関係は本気なのね?

 真理はどうしたいと思ってるの?」


 真理が真っ直ぐ敦子を見て告げる。


「拓海さんと、このお店を守っていきたい。

 一緒に人生を歩いて行きたいの。

 わかってもらえるかな」


 真理の目をしばらく見つめた敦子が、ため息をついた。


「本気、なのね。

 交際期間が短いから、ちょっと心配だけど。

 子供ができた訳じゃないなら、まだ安心かしら」


 優美が敦子に告げる。


「入籍は秋か冬を勧めておる。

 挙式はそのくらいで良いか?

 ――ああ、費用の心配は要らんぞ?

 儂がすべて面倒を見てやる」


 優美があわてて声を上げる。


「待ってください優美さん。

 私一人じゃ決められないわ。

 夫にも相談してからじゃないと」


「じゃが真理は成人しておろう?

 親の許しなど、本来は必要あるまい。

 おんしらが許さずとも、こやつらが挙式したいなら儂は推し進めるぞ?」


 真理が驚いて優美に告げる。


「ちょっと待ってオーナー!

 それじゃあ親子関係がめちゃくちゃになるわ!

 お母さんたちも、孫の顔を見にきづらいだろうし!」


「わかっておるわ。

 じゃが、いざとなれば強引でも入籍してしまえ。

 『あやかし』がらみの事情を理解させるより、その方が早い。

 なに、孫が生まれれば自然と態度は軟化する」


「そんな……」


 敦子がコホンと咳をしてから告げる。


「優美さんは強引な方なのね。

 ――真理、お父さんはなるだけ説得してみます。

 でも早まらないでね」


「うん……」


 真理はしずしずとうなずいた。



 敦子が帰ったあと、真理がため息をついて告げる。


「オーナー、なんであんなことを言ったの?」


 優美はケーキをフォークでつつきながら応える。


「こちらの『本気』を見せておいただけじゃ。

 父親がおんしを心底から心配するなら、飛んでやってくるじゃろう。

 話が早く片付くというものじゃ」


 のんきにケーキを頬張る優美を見て、真理は小さく息をついた。

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