第2話

 そう、シナリオ通りに進むと私は約10年後に死亡する。しかも魔物に殺されるのだ、きっと無残に惨たらしく死ぬのだろう。さらにそれは私に限った話ではなく、王都に残った両親も姉兄も、先ほど私の身支度を手伝ってくれた侍女もほかの使用人も、友人のご命嬢たちだってきっと同じ。何人が生き残れるのか、それとも誰一人生き残れないのか。そもそも本当にゲームと同じように、この国は魔物におそわれるのか。

 考えるほどに頭痛がする


 ……いや、ダメだ。気持ち悪くなっている場合でもない。私はよろよろと窓際に近寄って、思考を切り替えるべく外へ視線を向けた。なんとはなしに窓を開ければ、心地よい風が室内を吹き抜ける。それに促されるようにして、深呼吸。ここまではゲームと同じ設定の私が、ゲームと同じルートを巡っていることを確認しただけだ。重要なのはこの先、どう行動するかである。


 『救国の乙女とクレアシオンの花束』の世界には、魔法が存在する。それも、よくあるスタンダードな設定の魔法が。魔法陣を描いて呪文を唱えたり、儀式を行ったら不思議なことができる、みたいな。ゲームでは主人公のレベルが上がるたびに扱える魔法が増えていく仕様だった。主要なキャラクターにもそれぞれ得意な魔法が設定されていて、キャラクターとの友好度を上げると、戦闘時にその魔法で協力してくれたりもする。

 では私——クラウディアはどうか。設定されている魔法が戦闘向きであれば、前世の知識を活かして身の回りの人くらい守れたかもしれない。

 しかし悲しいかな、クラウディアはやっぱりどこまでいっても脇役なのである。


「いまから死ぬ気で訓練したとしても、結局魔物と戦ったらすぐ死んじゃうだろうなぁ……」


 呟いて、ため息を吐く。言わずもがな私の魔法の腕前は人並み以下で、とても戦場で役に立つとは思えない。主人公みたいに経験値を集めてレベルアップできるわけでもないから、訓練を積んで劇的に上達したりもしない。私が直接魔物たちを吹っ飛ばして万事解決、なんて都合よくはいかないだろう。

 だから、それでも何かを成そうとするなら——誰かを救いたいと思うなら、頭を働かせるしかない。どうすれば最悪の未来を変えられるのか、そのために何が必要なのか。私一人じや足りないというなら、いろんなひとやものを利用すればいい。

 これはその最初の一歩だった。規則正しいノックの音が響いて、私は扉を振り返る。


「どうぞ」

「失礼いたします。お待たせして申し訳ありません、お嬢様」


 挨拶とともに入ってきたのは、金色の癖毛を後ろで一つに結った、赤い瞳の美少年だった。

 私より少しその年上の少年の名前は『ジーク・スコルハティ』という。彼は片手を胸に添えて、恭しくお辞儀をする。そして顔を上げた途端に、きょとりと目を瞬かせた。

 やがて慌てたように早足でこちらに歩み寄り、「何かあったのですか?」と気遣わし気に眉を寄せる。

 それだけ今の私はひどい顔をしていたのだろう。放っておいたら医者でも呼びに行きかねないほど心配そうなジークの様子に、私は思わず苦笑した。ついでにさりげなく柱時計を確認する——侍女たちが出て行ってからそれなりに時間がたっている。もうすぐ食事が運ばれてくるだろうから、込み入った話をするならそのあとのほうがいい。あんまりひとに聞かせたい話でもないのだし。


「ねぇジーク、相談したいことがあるの。ちょっとお行儀が悪いけれど、食べながら話してもいい?」


 すると彼は、薄く微笑んだままあっさりとうなづいた。


「それが貴女の望みならば喜んで」と。

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