転生脇役令嬢レディ・ブラックは従者と共に世界を救えるか?
アフターノーツ
第1話
なんてことのないいつも通りの朝に、慣れ親しんだ寝台のシーツの中で侍女に起こされた私は、私として生まれる前のことを思い出した。
これが俗にいう「前世の記憶」というやつなのだろう。時代は令和、日本のとある地方都市で、中小企業の事務員をしていた『私』の記憶。特別裕福でも貧乏でもなく、不幸でも幸福でもない日々の思い出。
――私は学生時代から、ゲームが好きだった。RPGやアクションゲーム、ホラーゲーム、シミュレーションゲーム。対人要素があるものもないものも、ジャンル問わずプレイしてきた。
特にやりこみ要素があるものは大好物だ。メインストーリーをクリアした後に周回するのだって苦にならない。ゲームの世界に没頭している間、私はどこにでもいる普通の人間ではなく、世界の命運を左右する特別な存在になれた。
とにかく、私はゲームが好きで——だからこそ、前世の記憶を思い出してすぐ、私が今生きているこの場所が、ゲームの世界であることに気が付いた。タイトルは『救国の乙女とクレアシオンの花束』。通称『救クレ』は、女主人公とNPCの恋愛と、魔法を駆使したバトル要素を含む女性向けRPGだ。
このゲームのシステムに目新しいところはなく、プレイヤーからの評価も並程度だったように思う。けれど一方で、一部の界隈からは支持の厚い作品でもあった。理由は単純で、シナリオの出来が良かったから。欝々しく、絶望的で、容赦なくNPCが死んでいく。極めつけにシナリオの舞台である『ユークロノミア王国』は、どの分岐を進んでもゲーム終盤で魔物に攻撃され、国民のほとんどが死亡し滅亡するというのだから筋金入りである。
そうつまり私は今日この瞬間、今から約十年後には生まれ育った故郷が蹂躙されるかもしれないことを知ってしまったわけで。そして同時に、私はストーリーにほとんど影響しない……否、“できない”脇役であることも、自覚してしまったのだった。
気を抜くと現実逃避に走る頭を無理やり働かせ、なんとか起き上がった私は、極力いつも通りの振舞いを意識しつつ侍女に身支度を頼んだ。彼女たちはてきぱきと私の寝乱れた髪や顔を整えて、ドレスを着付けていく。こんな風に世話を焼かれることなんて慣れ切っていたはずなのに、前世での日々を思い出したせいか、今朝はなんだか気恥ずかしい。
「お嬢様、朝食はどのようにいたしますか?」
「ううん……部屋に運んでくれる? それから、ジークを呼んで頂戴」
「かしこまりました」
朝の仕事を終えた侍女たちが深々と礼をしてから部屋を出ていくのを見送って、私はようやく息をついた。考えなければならないことは山ほどあるけれど、最初にすべきは現状の把握だろう。
部屋の端に置かれた姿見の前に立って、その場でくるんと回ってみる。それから両手で頬に触れて、軽くひっぱってみたり。最後に前世とは比較にならないほど綺麗な長い髪を一房つまんでみて、その感触から私はこれが夢などではなく、確かに現実であることを受け入れた。
鏡の中にうつる、灰色の髪に董色の目をした女の子に向かって言い聞かせるように、私は声をかける。
「わたしの名前はクラウディア。クラウディア・フレッグバアル。ユークロノミア王国の公爵の娘で、5人きょうだいの末っ子。……いまは10歳だから、ええと」
思い返す。やりこんだゲームのキャラクターとはいえ、モブの詳しい設定なんてぱっと出てこないものだ。だから私と関わりのあったシナリオ上の主要人物——この場合はリンドブルム王太子殿下のプロフィールから、『私』の情報を拾っていかなければならない。
「“リンたん”、じゃなくてリンドブルム殿下が婚約するののが、12歳の頃で……クラウディアは殿下と同い年だから、あと2年。今の時点では非公式とはいえ、もう殿下と私の婚約話自体は出ているし、ここまではシナリオ通りの展開ね。とするとあと2年でわたしは殿下の婚約者になって、18歳で婚約破棄される——18でバツイチかぁ……」
正確にはまだ「婚約』だから、バツイチとは言わないのかもしれない。けれどこの世界での婚約は現代日本のそれと重みが全然違うから、感覚的には似たようなものだ。
あちらの世界でなら私も、悲しいけどまぁまだ結婚前で良かったね、なんて笑えたかもしれない。しかしこちらにおいて婚約とは家名を背負った契約であり、それを一方的に破棄されたとなればとんでもない醜聞だ。傷物令嬢として社交界では陰口を叩かれ、大抵の場合二度と結婚の機会なんて訪れない。
まして相手は王族——第二王子である。それはお家を存続させたい貴族としては致命的で、だからこそゲームでもクラウディアは辺境の領地に送られ、存在を隠されるようにひっそりと生きていくことになるのだ。
とはいえそれだって、王国が滅亡するまでの話だ。クラウディアは脇役、序盤の負けヒロインだから、シナリオ退場後の顛末なんて描かれていないけれど。でもたぶん、普通にそこで死んだのだろうと思う。彼女があえて助かる要素など、作中にひとつもないのだから。
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