第14話 不死と再生と焦燥

 石碑の文字を追うセルジウスの耳にも、カエデの剣と右腕の爪がぶつかる金属音。それが響いていたのだろう。

 カエデが一歩も引かずに右腕と相対する姿にちらりと視線を向けると、セルジウスは唇をかみ締める。

「僕が急がないと……!」

 彼は震える手で文字を指しながら、必死に解読を続けていた。


 カエデは彼が石碑の前にたどり着くのを見ると、呼吸を整え剣を上段へと構え直す。

 付けたばかりの傷がじわじわと塞がっていく様子を見て、汗が一雫、顎から滴り落ちた。


 壁にめり込むように動きを止めていた右腕が、ゆっくりと動き始める。

 指の一本一本を握り込むように壁面から剥がしていくたびに関節からはパキパキという音が響き、壁面が崩れ落ちていく。

 全ての指が外れ、自由になると右腕全体を震わせるように激しく動き……叫んだ。


「バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 その声は、音というよりも空間そのものを震わせるようだった。耳をつんざく叫びが広間全体を揺らし、頭蓋骨の奥へと直接響き渡るような感覚にカエデは一瞬だけ目を細めた。


 5つの指がそれぞれ意思を持つかのように激しくごめき地面に食い込むと、カエデ目掛けて一直線で突進してくる。

 指一本一本が地面へと突き刺さるたびに、部屋全体がかすかに揺れ天井からは砂がパラパラと落ちた。


 突進してくる右腕に対して、カエデは膝を曲げ重心を下げると、いなすような形で右腕の左へと回り込む。

 そして、巨大な手首が目の前を通るその瞬間、一瞬のすきを見逃さないように刃を振り下ろす。

 関節の隙間を縫うようにするりと刃が通ると、振り抜いた刃先から炎が弾け、右腕はその勢いで地面をゴロゴロと転がった。


――何だろう、体が軽い?

 カエデは右腕の様子を見ながら、自らの剣を一瞬だけ見る。

 全身の動きを確かめるように、何度か軽く跳躍すると、ほんの僅かな差だが普段よりも軽やかに動けているようだった。


「気のせい、じゃない。これは何か……。」

 自分の中に流れる魔力が、まるで何かに引き出されているような感覚に、カエデは不思議そうに首を傾げた。


 そして、手首の傷跡からは、じゅうじゅうと肉の焼け落ちるような音が響き、黒煙が立ち上っている。

 煙の中から新たな肉がじわじわと湧き出し、血管や筋肉が絡み合うようにして元の形に戻っていく様子に、カエデは思わず眉をひそめた。

「これ、どれだけ斬っても意味がないんじゃないの!?」



 部屋の中心、カエデたちの戦闘の振動でセルジウスはよろめき、どこまで文字を追ったかを確かめるように再度、石碑に向かい直していた。

 彼は震える手で石碑に浮かぶ文字をなぞる。

「"封印"、"環境"……くそっ! あいつの血で文字が読めない!」

 カバンから水筒を取り出しそれを文字にかけると、乱暴に袖口で石碑を拭っていく。

「"右腕"これは、剣のことか? "祈り"……いや、違う。"願い"……願いを捧げる?」

 セルジウスの背後では肉が焦げるような音とカエデが軽やかに立ち回る足音が響いている。


「ここで僕がミスをしたら、カエデさんが……」

 心の中でその想像を振り払うと、必死に次の文字を追い始めた。



 カエデはセルジウスが集中している姿を視界の端にとめると、もう一度剣を振り上げ、飛びかかってくる右腕めがけて、剣を突き刺した。

 手のひらの中心へと深く食い込んだ剣を、引き抜くと、赤黒い体液がこぼれ地面を濡らしていく。

 右腕が、まるで屈辱に耐えるかのようにブルブルと揺れながら、動きを止め、傷口を再生させていく。


 その様子を観察していたカエデは、何かに気がついたのか、構えを変えた。


「もしかして、再生するたびに、全身の動きが一瞬止まる?」

 そうしてカエデは、こわばっている筋肉を解すように、全身を、手足を軽く揺する。そして、緊張を何処かに置き忘れたように脱力した構えとなる。

 腕を伸ばしきり、剣をぶら下げるように下段に構えると、ゆるりと一歩を踏み出した。


 再生が終わり、動き出そうとしている右腕の、その指先をまるで軽いものを切るかのように、かすめ取るように斬り上げる。人差し指の第二関節、その隙間を縫い、指先が舞う。

 切り上げたその切っ先を、返す用に持ち替え斬り下ろす。今度は小指が跳ねるように飛ぶ。


 それぞれの傷口から、触手のような血管が伸び、切り落とされた指に突き刺さると元の位置へと戻っていく。

 指が切断面につく瞬間、じゅっと鈍い音が響き、傷口覆うように肉が盛り上がる。


 カエデは目の前の異形を睨みながら、自分の中でわずかに芽生えた仮説を確かめるように動きを止める。

 体勢を崩さない範囲で軽く跳躍し、右腕が再生する瞬間をもう一度観察している。


 そして、カエデは確信したように大きく頷いた。

「やっぱり、再生するときは動けなくなるんだ!」


 カエデは手がかりを見つけたといった表情で、軽く鋭い斬撃を繰り返す。

 手、腕、指、関節や皮膚、様々な場所に休み無く傷を付け続ける。


 そうして、時間を稼いでいるとセルジウスの声が響いた。

「カエデさん! 手がかりを見つけました!」

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