第13話 最奥、魔王の残滓の目覚め

 二人の会話が一区切りつくと、カエデが手足の感覚を確かめるように何度か手を握る。

「うん。休憩は十分。そっちはどう?」

「私も十分です。……行きましょう。」


 そして、二人は野営の片付けを始める。セルジウスは簡易椅子を元に戻し、カエデは放熱魔法の台座を収めた。

 広間の暖かさは消え、再び冷気が漂う中、二人は大きな扉の前に立った。


 カエデはポーションの確認や装備の確認をすると、剣の柄を握る。

「準備は大丈夫?」

「はい、大丈夫です。」


 二人が視線を交わし、軽く頷き合うと、カエデは扉に手をかけ力を入れていくと、ぎしぎしと軋むような鈍い音を立てて開いていく。

 

 扉が開くと同時に、動物や血、そしてそれらが腐ったような臭いがどんよりと漏れ出してくる。

 部屋の中は、一段と強くひやりとした冷気が漂っていた。


 二人は再度、深く頷き合うと、部屋の中へと一歩一歩踏み込んでいく。

 円形の部屋の壁には、燭台のような物が掛けられており、二人の入場に合わせるように一斉に光が灯った。


 そして、中央には巨大な石碑のような、磔台のようなものがそびえ立っている。

 単純に岩を切り出しただけにも見える無骨なそれには、巨大な、何者かの肩から先、"右腕"が鎖でくくりつけられており、その腕の陰には文字のような物が刻まれている様子が見えていた。


 鎖に拘束されたそれは、人間の腕に似ていたが、あまりにも巨大で異形だった。

 肌は浅黒くひび割れ、所々から黒い血のような液体が滴り落ちている。

 指先は鋭い爪となり、わずかに動くたびに鎖が耳障りな音を立てた。


 それが生きているのか、ただの残骸なのかは、見ただけでは判断できなかった。



 一目で危険であることがわかるそれを見ながら、カエデは、緊張を紛らわすようにセルジウスに問いかける。

「セルジウスくん、右腕は婉曲表現……って話じゃなかったっけ?」

 セルジウスにとっても、全く持って予想だにもしていなかったのだろう。驚愕に目を見開きながら、かすかに唇を震わせている。


 「これは……いや、そんなはずは……。壁画に描かれていた人物、巨大な右腕、これが"勇気ありし者の右腕"?」

 彼は呟くように言葉を漏らしたが、それが自分に向けたものなのか、カエデへの説明なのか、定かではなかった。


 カエデはゆっくりと剣を抜きながら、落ち着きを失わないよう、じっとりと滲み出した汗を袖口で拭いながら努めて冷静に振る舞う。

「とにかく、あの右腕をどうにかしないと、石碑を調べることも出来ないってわけね。」


 カエデは炎の付与魔法を唱えると、剣を右手に構えると右半身を前に出し、警戒するように少しずつ前進していく。

 彼らの前進に呼応するように、鎖がこすれる不愉快な音は激しく大きくなっていくようだった。


 距離にして2、3メートルまで近づいただろうか。剣の先が触れるか触れないかといったところまで接近すると。

 磔台をぐるりと囲むように、なにか紋章のような物が刻まれている事に気がつく。


 セルジウスの瞳がそれを捉えた瞬間、彼の顔が蒼白になった。

 「この紋様。まさか、これは、この右腕は……。」


 彼の言葉に答えるかの如く、右腕がみじろぐように激しく動き始める。


 「三大魔王、蛮勇のアステリアスの右腕!?」

 鎖が弾け飛び、右腕が彼女らに襲いかかるのは、セルジウスの絶叫と同時であった。



 カエデは咄嗟にセルジウスを抱きかかえると、強く一歩後ろへと下がる。

 彼女らが今いた場所は、まるでえぐり取られたように爪痕が刻まれ、赤黒い血と肉片がべったりと付着していた。


 セルジウスをそっと地面に下ろすと、セルジウスに質問する。

「あれは何? 魔王ってどういうこと!?」


「遥か昔、その腕を切り落とされ、姿をくらましたと言われる伝説の魔王! 文献すら残っていないような、おとぎ話のような存在です!」


――魔王、先生の授業でも簡単にしか習わなかった。一般的な伝説と、一言、戦うべきではない、と。

 カエデはちらりと入口の方を見る。いつの間にか閉ざされている扉。そして、遺跡の入口が封じられたことを思い返していた。


「でも,戦うしかないって事だよね!」

 剣を構え直し少しずつ魔力を注ぎ込んでいくと、付与魔法の熱が徐々に強く、大きくなっていく。

「こいつは私が抑える。セルジウスくんはなにか手がかりを探して!」


――とにかく中央から引き離さないと!

 セルジウスの調査を阻むように中央から動こうとしない右腕を睨みつつ、カエデはジリジリと外壁側に押し出せるような位置へと移動してく。


 右腕は周囲を探るように指を不規則に蠢かせ、そのたびに爪が地面をこすり、ぎりぎりと耳障りな音が響く。


 カエデがシグルドの教えを思い出すように、剣を両手に持つと右肩に担ぐような姿勢で上段に構える。

――敵が巨大な獣に近いものであれば、北方の大剣術!

 一年の大半が雪に覆われ、分厚い皮と巨大な肉体を持つ北方の獣と渡り合うために研鑽された。北方地域独特の大剣術の構えである。


「エリムス・ラマンレゲント・グラール!」

 付与魔法と重ねるように、強化魔法を発動すると剣を大きく振りかぶる。

 右腕はその動きを抑え込むように、肘を曲げ"立ち上がる"と勢いよくその手のひらを振り下ろした。


 カエデの振り下ろした刃と爪が激しくぶつかり合うと火花が飛び散る。

 衝撃で足元の石畳がひび割れるが、カエデは一歩も退かない。


「私だって、簡単にはやられないから!」

 炎の付与により、赤く輝く刃が爪を砕き、手のひらに食い込んでいく。

 一歩、力強く踏み込み剣と全身に力と魔力を注ぎ込むと、右腕を弾き飛ばすように剣を振り切った。

 吹き飛ばされた右腕が激しく壁面に叩きつけられ部屋全体が大きく揺れる。


 セルジウスはその隙を見逃さず、石碑の元へと一足飛びに駆け寄った。


 ……そして、壁にめり込んだ右腕の、焼き切れたような傷跡が、音を立てながらふさがり始めていた。

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