第12話 小休憩と新たな疑問

 カエデは、魔物の気配や罠など探りながら広間の中をぐるりと回り、問題がないことを確認すると二人は野営の準備を始める。

 セルジウスが組み立て式の椅子を用意していく、ほぞ繋ぎのような構造を持つ木材で出来た商人が素材採取の際によく持ち込む道具である。

 組み換えによって簡易的な椅子や車輪付きのワゴンとして使用できるのだ。


 カエデは荷物の中から、魔法用の台座を取り出すと放熱魔法を唱えた。

 「カリムフ・ソヴィングファール」


 カエデが唱えた魔法によって、台座の中心部が薄い赤色に輝き始める。

 これにより、寒気の漂う遺跡の広間が少し暖かくなり、二人の緊張した表情にもほっとした空気が広がった。


 二人はポーションを飲んだり、持参した軽い食事をとりながら、それぞれの体力や魔力を回復させていく。周囲が暗い広間の中、台座から放たれる暖かな光が心を穏やかにしてくれる。

 2人分のお茶を用意すると、カエデはふと思い出したように問いかける。

「ねえ、さっき像に向かって何を言ったの? 私には聞き取れなかったけど。」


 セルジウスはその問いかけに不可解そうに眉毛を互い違いに歪めると「なぜ古代魔法を知っているのに、古代語を知らないんだ?」と小さく呟く。

 疑問を振り払うように小さく咳払いをした後に、表情を整え微笑みながら答える。

「"試練を越え、託された願いを叶えるため、ここを訪れた。"、と。これが正しいのかは自信がありませんでしたが。」


「なるほどね。……セルジウスくんはどうして、考古学者になったの?」

 セルジウスが古代語などの知識などを持つことから疑問に思ったのだろう、するりと口からこぼれていた。


 セルジウスには少々唐突に思えたのだろう、しばしの間、逡巡するように視線を彷徨わせる。

「……カエデさんは、なぜ冒険者になったんですか?」

 冒険中のカエデが答えに窮した数度の疑問、それに近い内容であるからだろう。少しだけ躊躇うようにして疑問を投げかける。



「うーん。簡単に言うと生きるため、って感じになるかな。」

 簡単にまとめすぎたためだろう、セルジウスは微妙な表情となっている。

 カエデはこの世界に召喚された日、シグルドとの修行の日々を思い出すように、ぽつりぽつりと言葉を続ける。


「詳しくは話せないけど、私は生家を失った。その時に助けてくれたのが私の師匠だったの。……冒険者にはよくある話、でしょ?」

 カエデ自身はこの境遇についてはもう気にしていなかった。心からの笑顔をセルジウスに向けたつもりだったのだろう。


 それが、セルジウスには強がり気丈に振る舞っているように見えたのかもしれない、少しだけ申し訳無さそうに眉の端を下げると、当初のカエデの疑問に答え始める。

「少し子供っぽくて気恥ずかしいのですが。父から聞いたおとぎ話、英雄と勇者の物語を解き明かしたい。そう思ったのがきっかけでした。」

――勇者、か。私と同じ世界から来た人なのかな……?

 その疑問を飲み込むように、カエデは一呼吸する。


「素敵なきっかけじゃない。」

「約1000年ほど前に三大魔王の一人を滅ぼしたとされる勇者の物語です。私は彼らの物語を、夢中で父から聞きました。そして、私は父に聞いたんです。"英雄と勇者はなんて名前だったの?"と。」

 セルジウスは物語を聞いたその日のことを思い出しているのだろう、静かに瞳を輝かせながら話を続ける。


「父は一言、わからない、と答えたんです。彼らの名はその活躍に対して、その名が謳われる事がなかったんです。」

 セルジウスが一度、気持ちを落ち着かせるようにお茶を一口飲む。


「私は、なぜか、それが無性に悔しいと思ったんです。勇者と英雄の名が知られていないことも、私がそれを知ることが出来ないことも。……彼らの名を知りたい、それが考古学者を目指したきっかけです。」

 セルジウスの視線が、手元のお茶の表面をじっと見つめる。その瞳には、過去から現在に至るまでの情熱と焦燥が入り混じったような色が宿っていた。


 カエデは彼の視線から考古学への情熱を感じたのだろう、つばをゴクリと飲み込むと、質問する。

「それで、彼らの名前はわかったの?」


 セルジウスはその質問を待っていた、と言わんばかりに満面の笑みになると、取り繕うように悔しげな表情をしてみせる。

「ええ、英雄の名だけは。私は彼の名だけは遺跡や文献から特定することが出来たんです。」

「すごいじゃない! なんて名前だったの?」

 カエデは報告のついでにシグルドの居城の資料を読んでみようと考えたのか、英雄の名をメモするために自然に書記魔法を開く。

 セルジウスは自らの成果を誇るように、はっきりとその名を告げた。

「英雄の名は、シグルド。」

「英雄シグルドかぁ。……シグルド?」

 カエデは予想外の名を聞いた衝撃から、書紀魔法を取り落としそうになっていた。

 カエデの心臓が一拍、いや二拍ほど跳ね上がる。

――シ、シグルドって、まさか先生なわけ無いよね。だって先生って今も生きてる人だし。


「シグルド……ね。勇者と一緒に戦ったなんて、すごい人だったんだね。」

 カエデは笑顔を作りながらそう言ったが、その内心はざわついていた。

――いや、偶然でしょ。同じ名前なんていくらでもあるし。でも……先生が過去を秘密にしてたり、私に勇者であることを秘密にさせようとしてる理由が、これだったら?


「ええ、まだ不明な勇者の名前、私は今回の冒険でそれに繋がることを期待しているんです。」

 彼のにこやかな表情を見つめながら、カエデはざわざわと波立つ心を隠すよう、曖昧に笑うのだった。

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