第11話 セルジウスの勇気
通路を進み続けていると、道の奥から光が差し込んでくる。熱を持たない静かな光であり、天窓といった自然光が射し込むものではないと感じられた。
一歩一歩進むごとに少しずつ光は強くなり、眩しさに目が眩む用になった頃、明るく大きい広間へが見えた。
部屋の中央には満月のように煌めく巨大な魔鉱石が、天井へと吊るされた台座に鎮座しており。その奥には、古代文字とは違う、まるで呪文のような模様の刻まれた物々しい扉がある。
それは扉というよりも、もはや門といったほうが正しい大きさだった。
カエデは光り輝く鉱石に目を奪われるようにつぶやいた。
「すごい……あの魔鉱石だけでも十分なお宝って感じ。」
「ええ、あれは必ず持ち帰りたいですね……。」
セルジウスはそう答えながらも、魔物の死体などを使い手早く罠を確認していく。
「構造的にも即座に致命的な罠は無いようです。中に入りましょう。」
カエデたちはゆっくりと広間に足を踏み入れる。
周囲を見回すと、左側の壁には棺のようにも見える彫刻が3つあり、反対の左側にも同じものが備え付けられていた。
奥の扉の前を注視すると、扉に向かい祈りを捧げるような姿勢で、先程の小像よりも一回り小さい像が置かれていた。
「うーん。いかにも何か出てきますって雰囲気だね。」
セルジウスはその言葉に頷く。そして、カエデは剣の柄へと手を伸ばした。
その瞬間、6つの棺の扉が大きな音を立てながら勢いよく開き、そこから無数のゴーストが飛び出してくる。
「やっぱりね! フリムスブリデント・ファール!」
炎の付与を施しながら勢いよく剣を抜き、素早く迫りくるゴーストを斬りつける。
すると、手応えもなく、まるで霞を切ったかのように簡単に霧散してしまった。
――あれ、前に戦ったゴーストとぜんぜん違うような?
カエデは不思議そうな表情になると、違和感の正体もわからないまま、警告だけを伝えた。
「セルジウスくん、コイツらただのゴーストじゃなさそう。もう少し下がっていて!」
「は、はい!」
そう言っている間に、斬り伏せたはずのゴーストの欠片が、少しずつ、少しずつ、霧のように集まり元の姿へと戻っていく。
「ちょっと! そういうのアリなの!?」
斬り伏せては、再生するゴーストたちを相手にし続け、少しずつ体力が削られていく。
カエデは一歩後ろに跳躍し一呼吸つけると額の汗を左手の甲で軽く拭う。
「セルジウスくん! このままじゃ切りがないみたい、何か解決できる方法を探って!」
「はい!」
カエデがもう一度力強く剣を握り、ゴーストの群れの中心へと駆け込んでいく。
セルジウスはゴーストたちの動きとその再生する様子を目を凝らして観察する。
再生するたびに、まっすぐにカエデへと襲いかかるゴースト、それを端からなぎ倒している。
「"勇気"、"知識"、何度も繰り返されている意味は? なぜ扉の前に像があるんだ……?」
カエデの疲労も限界に近づいてく、魔力が切れかかってきたのか、素早く後退すると一瞬だけ剣から手を離しポーションに手を付ける。
その様子を見ていたセルジウスがなにかに、違和感を憶えたかのように首を傾げる。
「いま一瞬攻撃が弱まった? ……というより、よく考えれば何故僕は狙われもせず思考に集中できているんだ……?」
ふと、天井に吊るされた魔鉱石へ視線を向け、再び像と扉、そして入口の方を見比べる。
「……"慈しみ、並び立つ友を癒やす力"……そうか、これもそうなんだ! カエデさん!」
セルジウスがひらめきに顔を輝かせる。
「武器を降ろして下がっていて下さい!」
「は!? 無理に決まってるよ、相手は何度でも復活してくるんだから!」
「だからこそです! このゴーストたちは恐らく、この部屋の仕掛けそのものなんです!」
カエデが一瞬ためらう。ゴーストたちはますます激しく動き、攻撃を仕掛けてきている。
「信じて下さい! 私が解決します!」
彼の声に真剣さを感じたのだろう、ゴーストの一匹一匹に視線を散らし警戒を続けながら、カエデは剣を鞘に収める。
それを見てセルジウスが一度頷くと、武器も持たないままに、ゆっくりとゴーストの方に歩みだす。
カエデは予想だにしていなかった行動をみて慌てて声を張り上げた。
「ちょっと! 危ない!」
緊張と恐怖からだろう。彼は両手の拳を強く握り込み、額にはじっとりと汗が浮かんでいた。
一歩、一歩と歩みを進めると、周囲のゴーストたちが彼を取り囲むように近寄る。
その顔を、手足を、行動を、舐め回すように、見定めるようにぐるぐると彼の周りを浮遊する。
しかし、ゴーストは決して彼に攻撃をしようとはしなかったのだ。
セルジウスは周囲のゴーストの動きを見て、少しだけ表情をゆるめると、しっかりとした足取りで小像に向けて進んでいく。
「私は敵ではありません。この遺跡の謎を、試練を解き明かしに来たんです。」
ゴーストたちに説明するようにも、自らに言い聞かせるようにも聞こえる声色でそう呟いた。
ゴーストたちがセルジウスの周囲に集まり、旋回するように動き続ける。
彼は、ついに像の前へとたどり着くと、祈りの像の前でそっと膝をつき、何かを像に語りかける。
カエデには聞き取れない言葉であり、それは恐らく古代の言葉だった。
すると、ゴーストたちの動きが徐々に鈍り、まるで霧が晴れるように消えていった。
ゴーストたちの残滓が晴れていくと、天井の魔鉱石が一層強く輝き、その光が部屋全体を満たした。そして、奥の扉からはガチャリと大きく鍵の開くような音がした。
「セルジウスくん! すごいよ!」
「……正直、怖かったです。でも、信じるしかありませんでした。」
彼の言葉にカエデは一瞬驚いたように目を見開き、それからポンと手をたたき頷いた。
「勇気、だね。それを示せたんだ。」
セルジウスは照れたような笑顔を浮かべながら頷くと、セルジウスが奥の扉を見つめながら言葉を継ぐ。
「カエデさん、この扉の向こうは恐らくこの遺跡の最奥……おそらく、何か大きな戦いが待っているでしょう。」
カエデは剣を握りしめながらうなずく。しかし、その顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。
セルジウスも彼女を見て、周囲を見回してから提案する。
「ここは比較的安全そうです。罠もありませんし、ゴーストももう現れることはないでしょう。ここで少し休んでから奥に進むのはどうでしょうか。」
カエデは少し考えた後、軽く肩をすくめて笑った。
「うん……正直、さっきのゴースト相手で結構消耗しちゃった。魔力も、体力もね。」
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